第15話 鳴海朋香と買い出し
「……なあ、朋香?」
「ん?圭ちゃん、なーに?」
「そのサングラスはかけてないとやっぱりダメなのか?」
「当たり前だよ。私まだ引退して一週間も経ってないんだよ?うろちょろしてたら人集り出来ちゃうから顔はまだ隠さないと」
スーパーへ向かう道中、朋香のかけているサングラスの話になった。
大きな丸渕レンズに茶色をベースとしたフレーム。シンプルながらとても洒落ている。
さすがは元アイドルの備品だ。
「てか、そのサングラス何処に隠し持っていたんだよ。最初俺の部屋に突入した時にかけていたか?」
「あー、それね。谷間に挟んでいたから。私、大体の小物って谷間に隠し入れとくんだよね。その方が身軽になるしさ」
それにしたってサングラスはまあまあの大きさがあるぞ。
お前の谷間は某ネコ型ロボットの四次元ポケットみたいになっているのか。
「ちなみに他には何が入っているんだ?」
「ちょっと圭ちゃん?ここで私にパーカーを脱げと……?いくらなんでもそれは大胆過ぎない……?」
「誰も脱げとは言ってないだろ。入っているなら入っている物だけを言えばいいだろ!」
「……圭ちゃんのえっち♡」
朋香はサングラスを少し下げて、上目遣いで俺の方を見る。
少しだけ見える朋香の瞳に俺は思わずドキッとしてしまう。
ド変態のくせにこういう仕草するとクソ可愛いんだよな、畜生が。
「残念だけど、今日はサングラス以外は何も入ってないよ。セックスする気満々で来たから全部出してきた」
「それなら何出してきたんだよ?」
「え?中出しがしたい?」
「誰もそんなこと言ってねぇよ」
「圭ちゃんって路上プレイも好きだったのね」
「好きじゃねえよ。勘違いすんな」
「……私はお家かホテル派なんだけど……圭ちゃんが好きならしょうがないよね。私は圭ちゃんの望み通りにするだけだよ」
「おい、人の話を聞け」
「私の知らないうちに圭ちゃんは更なる高みへと登り詰めたんだね。そうとなれば、今すぐにでも人目の付かない路地裏にでも……って圭ちゃんがいない!?」
盛り上がっている朋香を一人置いて俺は先へと進んでいた。
「全く、朋香には付き合ってられねぇよ」
俺がそう呟くと、後ろからもの凄いスピードで何かが迫ってくる音がした。
そして俺が振り返ろうとした瞬間にそれと衝突。倒れ込み、全身に強烈な痛みが走る。
「私を置いて一人で行くなんて中々良い度胸してるんじゃないの?」
「一人で騒いでたし、別に良いかなと思って」
衝突してきたのは案の定、朋香だった。
朋香は俺の上に乗って「はぁはぁ」と息を切らしている。
「……私一応は彼女なのよ!?」
「そういえばそうだったな。その設定すっかり忘れてたわ」
「設定言うな!」
「理論上は設定だろ?」
次の瞬間、俺の顔面を狙って朋香が右ストレートを打ち込んできた。
俺はそれを間一髪でキャッチする。
「次、言ったらガチで〇すからね♡」
「は、はい……」
今のはさすがに俺がバカだった。
朋香のあの鋭い目、あれはガチで〇すやつだ。
この台詞は禁忌だ。二度と使わん。
「買い物、しゅーりょーう!」
「まだ家に着いてないだろ。気を抜くなよ」
「何その「お家に帰るまでが遠足ですよ」みたいな、先生がよく言う台詞ベスト5に入りそうな言い方は」
「そのつもりで言ったんだけどな」
母さんに頼まれた物は一通り買ったので、後は本当に家に帰るだけだ。
何もなく無事に辿り着けばいいけどな。
行きだけであれだけのことがあったんだ。帰りはもっと凄いはず。
「朋香、右手の買い物袋寄越せよ。俺が持つから」
「大丈夫だよ?私持てるもん」
「いいから。そのために俺がいるんだろ」
「でも……」
「早くしろって。お前に重い物持たせるわけにはいかないだろ?」
「……うん。分かった」
朋香は少し照れながら俺に袋を渡した。
「やっぱり両手で持った方が安定感あるな」
「……圭ちゃん頼もしくなったね」
「いきなりどうしたんだよ。これくらい普通だろ?」
「ううん。そんなことないよ。身長も伸びたし、昔よりもっとカッコ良くなった。圭ちゃんは私の理想の男性になってくれたよ」
朋香は満足そうに俺の方を見ながら語ってくれた。
カッコ良くなったかは別だが、今の俺の身長は朋香よりも十センチ以上は差がある。
「三年も経てばそれくらいは変わるだろ」
「小学生の時はまだ私の方が身長大きかったんだよ!?」
「まあ、少しだけだけどな」
「少しでも大きかったことには変わりないんですぅぅぅぅぅ!」
朋香は口を尖らせて不満をあらわにする。
「そこまで意地張ることないだろ」
「別に張ってないし?ムカついてるだけだし?」
「やっぱり張ってんだろ?」
「張ってないって!」
「いいや、張ってる」
「張ってない!」
「張ってる」
「張ってない!」
俺達は互いの顔を睨み合い、しばらく沈黙の状態が続く。
「おい!これいつまで繰り返すんだよ!」
「圭ちゃんが言うのやめればいいじゃん!」
「お前が認めればいい話だ!」
「だから張ってないってば!」
路上でこんな言い争いをするのは俺達くらいだろう。
先を行く人達が心配そうな視線や冷たい視線を送ってくる。
「あぁぁぁぁぁ!これ以上話しても無駄だ!早く帰るぞ!」
「そうだよ!早く帰って圭ちゃんとセックスするんだから!」
「違ぇよ!飯食うんだよ!あほ!」
「あれ?そうだっけ?」
「じゃあこの買い物袋は一体何なんだよ!」
「圭ちゃんと私の愛の結晶♡」
「…………」
俺は無言で歩き出した。これ以上付き合っていたら一生家に帰れない気がした。
「ねぇ、圭ちゃん。最後にこれだけは聞いて?」
「……なんだよ」
「私ね、やっぱりアイドル引退して良かったと思うの」
「……どうしてだ?」
「またこうして圭ちゃんの隣を歩くことが出来たから。ステージの上よりも圭ちゃんの隣の方が私は落ち着くし安心だよ」
朋香は俺に少し歩み寄って甘い声でゆっくりと囁く。
「……絶対今言うタイミングじゃないだろ」
「あー!圭ちゃん顔真っ赤!照れてる!」
「て、照れてねぇし!」
「ツンデレは損しかないよ?」
「余計なお世話だ!」
不意に朋香はこういうことを言うから油断出来ない。
そして同時にアイドルで身に付けた人を魅了する力を俺だけに使うのは反則過ぎる。
「なんだか私、デート行きたくなってきたな〜」
「明日、暇なら行くか?」
「いいの!?冗談半分で言ったつもりだったんだけど」
「時間あるし、俺は構わないぞ」
「やったぁぁぁぁぁ!圭ちゃんと一緒に行きたいところ沢山あるの!」
「俺もデート行きたいと思っていたから丁度良かったよ。明日が楽しみだな」
「うん!もう今日ワクワクで寝れないかも!」
最後に朋香は今日一番の笑顔を俺に見せてくれた。
さっきまでの言い争いは一体なんだったんだろうか。
俺達の仲はすっかり元通り以上になっていた。
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次回、16話にしてようやくデート回に突入します。
ちなみに作者が最後にデートをしたのは3年前です。(どうでもいい)
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