第9話 鳴海朋香は帰らせてくれない
今日は色々な事件が起きたが、どうにか無事に放課後を向かえることが出来た。
残るのは帰るだけだ。そして俺が席を立つと、
「ちょっと、圭ちゃん。待ちなさいな」
教室の扉へと向かう俺の前に朋香が立ち塞がった。
なんだか険しい顔をしている。
「……なんだよ、朋香。俺は早く帰りたいんだけど」
「私まだ弁当の感想聞いてないんだけど?」
「はぁ?そんなの別に良いだろ?」
確かに昼休みは萌来との学力勝負で感想を伝える時間が無かった。
俺もその後すっかり伝えるのも忘れていたのだけれども。
でも、褒めたら調子に乗るから言いたくも無かったというのも本音だ。
「良くない!私が愛情込めて作った弁当の感想を圭ちゃんは伝えてくれないの?圭ちゃんはそんなに非情な男だったの?」
「朋香にだけは非情とか言われたくない」
俺の前にいるこの女は既にクラスの二人を下僕化させた無慈悲な女王様だ。
国内指名手配されてもおかしくはないだろう。
「とにかく!早く感想を教えて!美味しかった点と修正して欲しい点の両方だからね?」
「とりあえず弁当箱がデカすぎる、以上だ。じゃあ、また明日な」
「ちょいちょい!待ていぃぃぃぃぃ!」
俺はさりげなく答えてその場から去ろうとした。
しかし、朋香は声を荒げながら俺の制服の襟を掴んだ。
「なんだよ!答えただろ!離せよ!」
「味は!?味!味の感想無しってさすがに酷すぎない!?」
「味か……?普通に美味かったぞ?」
「なんで……そんなにあっさり……なの……?」
俺の受け答えがあまりにもショックだったようで、朋香の顔は真っ白に燃え尽きていた。
「じゃあなんて答えればいいんだよ?」
「もっとこうさ!爽やかな感じでさ!「朋香の作ったおかずはどれも俺好みの味付けだったよ。また作って欲しいな、キランッ☆」みたいな感じでさ!」
「お前は俺に対してどんな期待を抱いているんだよ!俺はそんなタイプじゃねぇだろ!てか、俺のモノマネ上手いな!」
「実はこれも三年間の修行の賜物でして。圭ちゃんを想う気持ちが強くなりすぎて私自身が圭ちゃんになってみようかと思った結果、声だけは真似出来るようになりました」
朋香は両手を握り天を見上げ祈りを捧げるポーズを取る。
申し訳ないが、俺は宗教の類じゃないんだけどな。
「全く、無駄な努力しやがって」
「む、無駄じゃないもん!これのおかげで私は三年間頑張れたんだよ?」
「へぇ?それで何をどう頑張れたんだよ?俺に詳しく説明してくれよ?」
「いいよ?私が辛くて悲しい時に自分で圭ちゃんの声を真似して、自分に聞かせることで元気を出していたんだよ」
「……そうなのか」
「そうだよ!」
「……朋香、せっかく頑張ったところ申し訳ないんだけどさ。それ虚しくなったりしない?」
「……確かに……私、何してたんだろ?」
「「…………」」
この時、俺達に謎の空白の時間が生まれた。
俺と朋香は苦笑いで見つめ合ったままで膠着状態が続く。
「そ、それで!味はどう!?」
「まだ続けんのかよ!」
「当たり前でしょ!ちゃんと答えないと明日も二段弁当で作ってくるよ!?」
「あ~~~~~!分かったよ!答えれば良いんだろ!答えれば!」
二日続けて二段弁当を食べるのも嫌だったので、渋々俺は答えることにした。
そもそも、俺自身もどうして食べる前提で話を進めているんだろう。
「それでは圭ちゃん!どれが一番美味しかった!?」
「……俺は唐揚げが一番美味しかったかな」
「やっぱり!?そうだよね!大成功だよ〜!」
「大成功?どういうことだ?」
「実を言いますとね、圭ちゃんのお母さんから圭ちゃんの好みを全部聞きまして。それを全て忠実に再現しているんですねぇ〜」
「それは詐欺だろ!そもそもどうやって俺の母さんから好み聞いたんだよ!?」
「簡単だよ、簡単。私のお母さんと圭ちゃんのお母さん繋がってるし連絡取って教えて貰えばいい話じゃん?」
案外、盲点だった。
俺は一度、自分の頭をポンッと叩いて気持ちをリセットする。
「……ちなみにそれを教えて貰っていた時期っていつ頃なんだ?」
「んーとね、中三の春とかかな。最後の仕上げ辺りだね」
「その頃からもう辞めるって決めてたのか?」
「え?うん、まあ、そうだね。お母さんとお父さんにはもう少し前の時点で言っていたけど」
「……そうか」
「……圭ちゃん、もしかして怒ってる……?」
「何言ってんだ。怒るわけないだろ。お前が決めたことに俺が文句言わねぇよ」
「圭ちゃんは優しいね、ありがと」
朋香は少し不安げな様子だったが、俺がフォローを入れると軽く微笑んだ。
変なことしないで笑っていれば、それだけで十分なんだけどな。
どうしていつも余計なことをしたがるのか、俺には理解出来ない。
「もう一つだけ聞きたいんだが、その時点で俺の母親はお前が引退するって知っていたのか?」
「あー、多分だけど知ってたんじゃないのかな?私のお母さん口軽いし、言っちゃってる可能性あると思うよ?」
「なるほどな。貴重な情報ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして(?)」
朋香は少しだけ首を傾げながら言った。
どうやら家に帰ってからは母さんを尋問する必要がありそうだな。
「なあ、朋香。弁当美味かったから明日からも作ってきてくれよ」
「ほんとに!良いの!?」
「ああ、唐揚げって言ったけど全部美味しかったしな。あれなら毎日食べたいよ」
「なんかそうやって普通に言われると照れちゃうな……へへへっ」
「照れることないだろ。お前が自信を持って作ってきた弁当なんだからさ」
「もーう!圭ちゃんってば!恥ずかしいじゃん!」
朋香は頬を赤らめながら俺をビンタした。
俺の顔には綺麗に朋香の手形が付く。
「い、いてぇだろうが……何しやがる……」
「えーと、愛情表現?」
「そんな痛い愛情表現は求めてねぇよ!もっと俺には優しくしろ!こんなこと毎回やられたら俺の身体が持たねぇよ……」
「ビンタ程度で何言ってるのさ~」
「程度!?俺の顔をちゃんと見ろ!これを見ても同じことが言えるか!?」
「いやあ~、見事な手形だね~。記念に一枚撮っておこうか」
そう言うと朋香はスマホを取り出して俺の顔をカメラで撮った。
「何撮ってんだ!さっさと消せ!」
「嫌でーす。あ、ついでに待ち受けにしちゃおうかな♡」
嬉しそうに朋香は撮った写真を眺めている。
そしてすぐに待ち受けに設定した。
「あ~~~~~!もういいわ!俺は帰る!」
「圭ちゃん、待ちなされ!」
再び朋香は俺の前に立ち塞がる。
「まだ何かあるのかよ!早く帰らせてくれよ!」
「圭ちゃんは部活やってないの?」
「部活?面倒くさいからやってないぞ?」
「なんで?昔はサッカーとかバスケやってたじゃん?しかも小学校のクラブチームで中々上手い方だったんでしょ」
「どうしてお前はそこまで俺について詳しく知ってんだよ。そんなこと教えたことなかっただろ?」
「圭ちゃんのお母さんが自慢気に話していたの聞いただけだよ。それで中学のクラブチームからもお誘いあったらしいじゃん?なのに、どうして続けなかったの?」
元凶は母さんか。さっきから何かと話題に絡んでくるな。
朋香の母さんよりも俺の母さんの方が百倍くらい、口が軽いんじゃないのかと思ってしまう。
「別に……なんか急にやる気が無くなったからだよ」
「ほんとに?なんか怪しいな~?」
「これ以上、追求するつもりなら俺は帰るぞ?」
「……う~ん……分かった。これ以上は聞かないことにする」
朋香は数分悩んだ末にようやく諦めてくれた。
ここだけの話だが、俺がスポーツをやらなくなったのは朋香の応援をしたかったからだ。
両立するくらいなら、ガチ恋レベルになって朋香が引退するまでの最後を見届けようと俺は考えたのだった。
「それで、部活の話はこれで終わりか?」
「ううん!圭ちゃん、私と一緒に部活を作ろう!」
「は……?」
突然の朋香からの部活設立案件に俺は呆然とするしかなかった。
どうやら今日の俺の放課後はまだまだ続くみたいだ。
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