第8話 鳴海朋香の意外性

 チャイムが鳴り四時限目が終わると、朋香は俺の机に風呂敷で包まれた謎の物体を置いた。


「朋香、この馬鹿でかい物は一体何なんだ?」


「何ってお弁当だけど?」


「弁当!?これがか……!?」


「そうだよ?ほら~!」


 朋香が風呂敷を解くと、中から明らかに一人分とは思えないサイズの弁当箱が出現した。

 どう考えてもこれはピクニックとか運動会レベルだろ。


「……どうすんの、これ?」


「一緒に食べよ♡」


 朋香はそう言って弁当箱の蓋を開けた。


「……食べるのはいいけど、この量を二人で食べ切れるのか?」


 中身を見て動揺した俺は朋香に訊ねた。

 卵焼き、煮物、ポテトサラダ、唐揚げ、エビフライ、ハンバーグ、鮭の塩焼き、一段目だけでも確かに凄い量が入っている。

 多分だが俺の予想だと、二段目にはおにぎりが入っているはず。


「何言ってんのさ〜!圭ちゃんなら食べられるよ~!ファイト!ファイト!」


「これは気合いでどうにかなる量じゃないだろ!てか、その言い方だとまるで俺一人で食べるみたいじゃないかよ!俺はフードファイターか!」


「え?違うの?」


「違うに決まってんだろ!」


 真顔で答える朋香に俺ツッコまずにはいられなかった。


「もーう!叩いたら痛いじゃん!せっかく私が早起きして作った弁当だよ!?全部食べて貰わなきゃ困るよ!」


「手作りなのはめちゃくちゃ嬉しいけど、もう少し考えて作ってこいよ!どうせこの下は全部おにぎりなんだろ!?」


「あっ……やっぱりバレてた?」


 朋香は頭を軽く叩き「テヘッ☆」と言う。

 あまりの可愛さに許してしまいそうになったが、俺は耐えて言い返す。


「どうしてお前には0か100しかないんだ!頼むからさ、丁度良いところ選んでくれよ!」


「丁度良いところって?例えば?」


「そ、それはだな……せめて中身をこの一段だけにするとか?」


「それで圭ちゃんお腹一杯になるの?」


「なるからそう言ってんだろ!この分からず屋!」


「……なあ……お前らさ、昼休みくらい静かにしたらどうだ?」


 俺の前の席に座っている萌来が俺達の会話に嫌気を差したのか、声を掛けてきた。


「あんた、誰よ?私と圭ちゃんのラブラブな昼休みの邪魔する気?邪魔するなら今すぐロープで縛って窓の外に放り投げてバンジージャンプを味合わせてあげてもいいんだよ?」


「……朋香、こいつは俺の友達の萌来めぐるだ。そんな危ないことはしないでくれ」


「こんなガリ勉小僧みたいなのが圭ちゃんの友達なの!?うわぁ……圭ちゃん、選ぶ友達絶対に間違ってるって!」


「ガ、ガリ勉小僧……」


 予想以上に萌来の精神にダメージを与えていた。

 きっと自分でも分かっていたことだったのだろうが、実際に他人から言われると人というのはそれ以上に傷付くものなのだ。


「俺が誰と友達になろうと俺の勝手だろ」


「違いますぅぅぅぅぅ!圭ちゃんの友好関係は私にだって影響するんだから私にだって選ぶ権利はあるんですよーだ!」


「お前さすがに自由勝手過ぎるぞ!」


「いやぁ、それほどでも☆」


「褒めてねぇよ!ばか!」


 照れながら「えへへっ」と言って頭を掻く朋香に対して俺は軽くデコピンした。

 可愛かったから特別にこれくらいで勘弁しといてやるよ。

 

「……あの、朋香さん?」


「なに?というか、その前にさ。あなたには私の名前を呼ぶ権利なんて無いんだけど?ガリ勉小僧くん?私の名前を呼んで良いのは圭ちゃんだけだからね」


「朋香それはさすがに無いだろ」


「当たり前のことだよ。私と同等か、それ以上の人じゃないと呼んじゃだめ。なんたって、私は次世代のカリスマ高校生アイドルだからね!」


「それなら朋香、萌来と勉強で勝負してみろよ?」


「勉強……?どうして私が……?」


「この萌来は学年一の秀才だ。そんな萌来がお前に勝てば同等か、それ以上の存在に値するだろ?」


「……まあ、確かにそれはそうだね。良いよ?その勝負受けてあげる」


 自信ありげに朋香は答えたが今のこいつはどこまで勉強が出来るのだろう。

 アイドル業が忙しくて勉強なんてほとんどしていないとは思うのだが。

 小学校の頃は俺が勉強を教える立場だったから今も勉強に関しては苦手なはずだ。


「圭太良いのか?間違いなく俺が勝つと思うんだけど……」


「ああ、朋香にお前の実力を見せてやってくれ。少しは痛い目にあって貰った方が俺としても都合が良い。それにお前だって悔しいだろ?」


「勿論だ、こんな屈辱を味わったのは生まれて初めてだ。絶対に勝ってやるよ」


 こうして学年一の秀才と「元」次世代のカリスマ高校生アイドルの学力勝負が決戦されることとなった。

 俺はそれを半ば強制的に朋香の弁当を食べながら観戦するのであった。

 ちなみに弁当は死ぬほど美味い。


「それで何で勝負するの?」


「ふふふっ……それはこれだ!」


 萌来が取り出したのは、なんと東大の過去問題集だった。それも二冊。


「萌来!それはいくら何でもやり過ぎだ!」


「圭太止めるな!これ以上は僕のプライドが許さない。これで勝てば僕はもう無敵だ!あはははっ……!」


 朋香が転校して来てから皆の精神状態が不安定なのだが大丈夫だろうか。

 萌来まで壊れてしまったら俺は一体どうすればいいいんだ。


「……朋香?今ならまだ棄権出来るぞ?」


「だいじょーぶだよー。私なら多分余裕よ、よゆーう」


 その自信は一体どこから出てくるものなのだろう。

 あまりにも腑抜けた声過ぎて大丈夫要素など微塵も感じられない。


「それじゃあ、スタートだ!」


 今回やるのは数学の問題。

 50点満点で点数が高い方が勝ちというシンプルなルールだ。


「二人共、頑張れ~」


「圭太、うるさい。黙って食べてろ」


「圭ちゃん?食事中は静かにね?おにぎりで口の中パンパンにしちゃうぞ♡」


「あ、はい……すいませんでした……」


 応援しただけなのに、俺は逆に怒られてしまう。

 そして二十分後、両者共に解き終わる。

 公平な審査になるようにクラスの男子に採点をさせた。


「まず、最初に萌来からだ。萌来の点数は49点だ」


「当然だな!」


 萌来はドヤ顔をして眼鏡をクイッと動かした。

 さすがは萌来といったところだな。東大を目指しているだけのことはある。


「次は朋香だな。朋香の点数は……え?」


「おい!なんだよ!圭太!早く発表しろ……って、は……?」


 朋香の答案用紙を見た俺と萌来は思わず固まってしまった。

 そこには信じられない点数が書いてあったからだ。


「朋香の点数……50点。満点だ。今回の勝者は朋香だ」


「やったぁぁぁぁぁ!私の勝ちぃぃぃぃぃ!」


「うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 萌来はその場に崩れ落ちた。

 正直、俺も驚きを隠せないでいる。

 まさかあの萌来が負けるとは思わなかったぞ。


「朋香、お前どうして解けたんだよ?」


「そりゃ解けるでしょ?私一応偏差値74はあるんだよ?」


「「は?」」


 俺と萌来は耳を疑った。


「あの全く勉強出来なかったお前が偏差値74?」


「そうだよ?」


「どうして?」


「どうしてって勉強したからに決まってるじゃん。圭ちゃんの彼女として恥じない女性になるために、この三年間色々と努力したんだよ?料理もその中の一つだよ」


 勉強したからって、そう簡単には偏差値74にはならないだろ。

 愛の力ってすげーなって思った瞬間だった。


「これで萌来の負けが決まったんだけどさ。どうするの?」


「そうだね~。ほぼ互角っていうのは分かったから特別に朋香「様」って呼ぶなら、これからも呼ばせてあげてもいいよ?」


 自分の得意分野で負けて、挙句の果てに様付けで呼ばなくてはいけない。

 これは萌来にとって屈辱的なことだ。さて、この状況で萌来はどうするのか。


「朋香「様」!是非これから勉強の方ご教授頂きたいです!」


「………!?」


「嫌よ。あなたみたいな陰気なガリ勉小僧なんて相手にするわけないでしょ?」


 朋香はゴキブリを見るような蔑んだ瞳で萌来を見下す。

 それよりも萌来が様付けで呼んだことの方が衝撃的だった。


「おい!萌来!お前はそれでいいのか!?」


「良いに決まってんだろ!僕は負けたんだ!敗者は勝者に従うのがルールだ!」


 こんなところで萌来の真面目な性格が裏目に出てしまったか。


「勝負も終わったし、圭ちゃんお弁当食べよ♡」


「朋香様!是非僕にご教授頂きたいです!」


「しつこいわね!これでも食らって大人しくしててよ!」


「ぐほっ……!」


 朋香は萌来の腹に回し蹴りを入れる。

 萌来は教室を飛び出して廊下の壁に激突して気絶した。


「……お前、これも三年間で習得したのか?」


「そうだよ?これは圭ちゃんを守るため♡」


 こうして俺達の短い戦いはこうして幕を下ろした。

 一人の尊い犠牲を決して忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る