第6話 鳴海朋香は宣言する

「それじゃあ、朋香さん。簡単に自己紹介の方お願いします」


「わっかりまーした!皆さんおはようございまーす!名前を聞いて皆さんびっくりしたと思いますけど、一昨日までアイドルやっていた鳴海朋香でーす!よろしくねー☆」


 朋香は陽気な挨拶をして横ピースをした。

 そんな朋香を見たクラスの男子共は雄叫びを上げる。

 中には号泣してる奴までいた。


「……おい、圭太。これは一体どういうことなんだ?」


「俺が知るわけねぇだろ。俺だって驚いてるんだから。とりあえず本人に聞くしかねぇよ」


「ガチ恋勢のお前ならなんでも知ってると思ったんだけどな。じゃあ後は頼んだぞ」


 前の席に座っている萌来が振り向いて訊ねてきた。

 しかし、何も聞かされていない俺が答えられるわけもない。


「まだ時間もあるから朋香さんに質問のある人はいるか?」


 教室中に「はい!」という返事と大量の手が上がる中で俺は席を立った。

 そして一言だけ朋香に言い放つ。


「おい!朋香!どうしてここにいるんだ!」


「え?転校してきたからだよ?」


「それは誰でも分かるわ!どうして俺のいるこの高校に転校して来たのか聞いているんだ!」


「それは……もちろん……圭ちゃんと一緒にいたいからだよ♡」


 頬を赤らめた朋香が照れながら言う。


「………………………」


 一瞬だけ教室が固まった。


「「「「「な、な、な、なんだって〜〜〜〜~~~~~~〜!」」」」」


 そして教室中に絶叫が響く。

 この瞬間、朋香に向けられていたクラス全員の視線は全て俺に向けられた。

 いや、まあ間違いなくそうなりますよね。


「あ、皆さんは知らないと思いますけど、私と圭ちゃんは幼稚園の頃からの幼なじみなんです。実は私がアイドルを引退した理由は圭ちゃんに会いたかったらなんですよ」


「朋香、あんまり余計はことは言わないでくれ……」


「先に色々と言っておいた方がいいでしょ?私に変な虫が付いたら圭ちゃんも嫌じゃない?」


「確かにそれはそうだが……今のこの教室の惨状を見てくれよ……」


 先程まで元気だった男子は全員椅子から崩れ落ちて何か唱えていた。

「俺の朋香さんが……」「終わるのが早かったな、俺の青春」「幼なじみはチートやろ……チート」「圭太、俺と人生代わりやがれ」「……圭太、あとで〇す」

 生きる希望を失った哀れな男子諸君、どんまいだ。

 あと最後に〇すって言った奴は誰だ、〇ぞ。


「これくらいやっとけば大丈夫でしょ。あとはこれを学校中に広めれば、この学校で私達を邪魔するものは誰もいない。あははははっ!」


 お前は世界征服を企む悪の組織のボスかよ。


「朋香さん、あまり学校で変なことはしないで下さいね?」


「はぁぁぁぁ!?先生は私が誰だかご存知ないんですか?私は次世代のカリスマ高校生アイドルの鳴海朋香ですよ!私がやると決めた以上は絶対にやりますから。先輩でも、先生でも、たとえ校長だろうと私に歯向かう人は返り討ちにしますから。私と圭ちゃんのラブラブな高校生活の邪魔だけはしないでね♡」


 先生に対して威圧的な態度を取る朋香。

 さすがの先生も萎縮してしまっていた。

 とはいえ、こいつは「元」だからな。

 別にそんな権限も権力も持ち合わせてはいないだろ。


「さ、さすがにそうは行きませんよ!校長先生に歯向かいでもしたら即刻退学ですからね!無論、私に対しても同じです!」


 先生も少しやる気を出したみたいだ。

 頑張れ、先生。負けるな、先生。

 俺は心にも思ってないことを胸の内で呟いた。

 だって間違っても朋香には勝てないんだもん。


「それは残念ですね。校長はもう私の支配下ですよ」


「そ、それはどういうことですか!?」


「これに決まってるじゃないですか〜」


 朋香は指で丸を作り「お金」を示すジェスチャーを作る。

 俺はこの時朋香が何をしたのか全てを悟った。


「と、朋香さん……あなた……まさか!?」


「そーうでーす!校長先生を買収しました!いぇーい!」


 朋香は腕を組んでドヤ顔で答える。

 先生の顔から血の気が引いていたが、クラス全員はそれ以上にドン引きしていた。


「そ、そんなことが可能なんですか!?」


「だから最初に言ったじゃないですか〜。私は次世代のカリスマ高校アイドルですよ?出来ないことなんて無いんですよ」


 出来ないことが無いとは言ったって校長先生を買収するのは色々と問題があるだろ。

 一体いくら積みやがったんだ。


「ち、ちなみにいくらで買収したんですか!」


 うわっ、このクソ教師聞きやがったよ。

 そこは知りたくても黙ってスルーする流れだろ。


「えーと、いくらだったかな?多分だけど……二億とかだった気がする」


「…………」


 あまりの金額の大きさに教室中に戦慄が走る。

 とても想像出来る金額じゃない。

 百万円の束だって見たことないのにそれを優に超えているんだぞ。

 さすがは世界を魅力したアイドルだ。


「ということで先生、私がこの学校のトップなので下手なことはしないで下さいね。邪魔したら即刻クビにしますから♡」


「わ、分かりました。以後、気をつけます……」


 先生は俯いたままの状態で教室から出て行く。

 とんでもない高校一年生が誕生した瞬間だっだ。


「おい!朋香!いくら何でもやりすぎだろ!」


 見かねた俺は暴走気味の朋香に怒鳴った。


「やりすぎ?私今朝はそんなにオナニーしてないよ?」


「今この状況で誰がお前のオナニーについて問いただすんだよ!」


「いや、だって、って圭ちゃん言ったじゃん?」


「何でもかんでも下ネタとして考えるな!話がややこしくなって進まないだろ!」


「それよりも、圭ちゃんは大事なことをひとつだけ見落としているね」


「なんだよ?」


「私は今、「」って言ったんだよ?」


「それがどうしたって言うんだ?」


「もーう!なんでわっかんないかなー!つまり、私は今朝オナニーをしてきたんだよ!」


 元次世代のカリスマ高校アイドルは教室で堂々とオナニー宣言をする。

 あまりにま予想外すぎる一言にクラス全員が口を開けたまま放心状態になってしまった。


「お前!このクラスの空気どうすんだよ!」


「どうもしないよ?私はありのままの姿を皆に見せるだけだよ。あ、もしかしてオナニーした後に手をちゃんと洗ったのかを心配してるの?それなら大丈夫、シャワー浴びてから来てるから」


「心配なのはそこじゃねぇよ!朋香、お前はこれで本当に良いのか!?このままだと変態のレッテルを貼られたままで高校生活を送ることになるんだぞ?」


「私は一向に構わないよ。圭ちゃんと一緒にいられればそれだけで良いの。そのために、稼いだお金でこの学校を選んで校長を買収したんだから。他の人なんて知らない、圭ちゃんが私を見てくれればそれで十分」


「……絶対に後悔するなよ」


「圭ちゃんが私から離れなければ後悔なんてしない。だから私の愛を真剣に受け止めてね。私は圭ちゃんが大好きだから」


「分かった。俺も朋香のことが大好きだから出来る限りのことはするつもりだ」


「じゃあ、今からちょっと行くところあるから着いてきて!」


 そう言うと、朋香は教室から出て行った。

 俺は急いでその後を追う。

 まもなく授業が始まるが大丈夫かな。


「……それで、なんで放送室?」


「まあまあ、すぐに分かるって」


 朋香はマイクのスイッチを入れて音量を調節する。

 そして全校放送に切り替えて朋香はマイクに近づいた。


『えー、あー、おはようございます!皆さん聞こえていますか?私は今日この学校に転校してきた鳴海朋香です。ご存知の方もいると思いますが私は一昨日アイドルを引退しました。何故、引退したかと言うとこの学校にいる神崎圭太くんと一緒に学校生活を送るためです。私は彼の幼なじみで愛しています。そして彼も同様に私のことを愛してくれています。』


「お、おい……朋香!何を言って――」


『そんな私からお願いというか、命令があります。絶対私達に近づかないで下さい。近づいたら問答無用で攻撃します。私に近づく男は全員退学処分にするので、ご理解よろしくでーす。圭ちゃんに近づく女は吊し上げてその顔面、二度と表で見せられないくらいにボコボコにしちゃうでよろしくでーす。私達のラブラブな学校生活の為にご協力よろしくお願いしまーす♡』


 こうして朋香のスピーチは終わった。

 今ので俺達のこれからの未来も同時に終わったと思う。


「……朋香、俺まだこの学校に入学して二ヶ月も経ってないんだけどさ。無事に三年間生きていけるの?」


「そんなに心配しなくて大丈夫だから〜。何のために校長まで買収したと思っているのさ。ここからが私の腕の見せどころだよ☆」


 朋香は自信ありげに笑顔で答えた。

 俺の高校生活は幼なじみの転校サプライズからの学校侵略によって大きく変わってしまった。





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