第4話 俺の両親は鳴海朋香のことが好きすぎる

 朋香が帰った後、夕方の五時過ぎに両親が買い物から戻ってきた。


「「圭太、ただいま〜」」


「おかえり」


「なんか疲れてる顔してるが何かあったのか?」


俺の顔色を見た父さんが心配して声をかけてくれた。


「父さん達が買い物行っている間に、朋香が来たんだよ」


「あら、朋香ちゃんやっぱり来たのね」


「え?なんで母さんはそんな知ったような口調で言うのさ?」


「実は家を出た直後にね、朋香ちゃんのお母さんからlineが送られてきてたの。『今日、朋香が圭ちゃんに会いに行くかもしれないからよろしくね』って」


「母さんって朋香の母親と連絡取ってたの?」


「当たり前じゃないの。中学からの親友よ?」


「父さんは知ってたの?」


「親友なのは知っていたが、連絡まで取っているとは思っていなかった……」


「マジかよ……」


 父さんが予想以上にショックを受けている。

 そのショックの受け方はまるで母さんに不倫でもされたかのようだった。まあ、うちの両親は超ラブラブなのでそんなことは万が一にも起こらないけどな。

 だって三十歳後半の親がペアルックのパーカーを着て買い物行くなんて考えられないだろ、つまりはそういうことだ。


「どうして俺には教えてくれなかったんだよ!」


「だって、あなたに教えたらとんでもないこと言いそうで怖いんだもーん」


「とんでもないことってなんだよ!もっと具体的に教えてくれよ!」


「具体的?そうね……分からないわ、てへっ☆」


「そうやってすぐに誤魔化すな!……可愛いからいいけど」


 そんな二人のやり取りを見て俺は嫌気がさす。

 なんだが先程までの俺と朋香のやり取りをみている感じがしてきたからだ。


「……二人ともその辺にしてくれよ。母さん、俺腹減ったよ」


「「はーい」」


 俺の言葉に二人は声を揃えて返事をした。

 ここまで仲の良い夫婦は世界を探しても我が家くらいだろうさ。


「じゃあ、圭太が朋香ちゃんと何話したのかは夕飯食べ終えてからゆっくりと聞かせてね」


「……俺も聞きたいぞ、圭太」


「わ、分かったよ」


 今日起きたことを二人に話すのは正直あまり乗り気ではない。しかし、母さんが朋香の母親と連絡を取り合っている以上はバレる可能性は100%だ。ここは素直に話すしかない。

 夕飯を済ませた俺達はソファに座る。俺が自分から口を開くことはせず、しばらくの間は沈黙が続いた。


「それで今日は朋香ちゃんと何の話をしたんだ?」


 まず最初に父さんが先陣を切って俺に訊ねてきた。


「普通に昔みたいな感じで話をしただけだよ。変態なのは悪化してたけどな」


「相変わらず「圭ちゃん、セックスしようよ!」って言ってくるのか?」


「父さんやめてくれ。全く似てないから」


「圭太は冗談きついぜ!似てるだろ!?あっははははっ!」


 父さんが毎回のようにする朋香のものまねはものまねというには程遠いものだった。

 単純に父さんのキモさだけが倍増するだけだ。


「朋香ちゃんの変態っぷりには本当に困ったものね。それで結局セックスはしたのかしら?」


 母さんは素で当然のように言う。

 最初に言っておくが、母さんは朋香に負けず劣らずの変態だ。


「するわけないだろ!母さんまで何言ってんだ!」


「あら?してないの?圭太は情けないわね。そんな男の子に育てた覚えはないわよ?」


「俺も女子とセックスしなさいって言われて育った覚えは全くないんだけどな!」


「朋香ちゃんとならいつでもセックスしていいわよ?どこの馬の骨かも分からない男に取られる前に早いところ孕ませて嫁に来て貰った方が良いわよ。あんな上玉と幼なじみになるなんて人生は千回やり直したって不可能よ」


「考えがヤクザとギャングのそれと同等以上で怖すぎるわ!」

 

 この会話聞かれていたら即刻逮捕だろうな。

 盗聴器が仕込まれていないことだけを俺は願った。


「そうかしら?父さんも同じ考えだと思うわよ?」


「……そうなのか?父さん?」


「…………」


 父さんは黙ったまま天井を見上げる。


「良かった、父さんは違うん――」


「俺はな~~~~~!早く朋香ちゃんに「お義父さん」と呼ばれたいんだ〜〜〜〜!」


 両手を高々と上げて父さんは宣言した。


「どうやらお父さんも私と同じ意見みたいね」


「この変態夫婦め……」


 俺の両親は高校生の同級生で同じクラスだったらしい。

 一年生の時に父さんが母さんに一目惚れ。そして告白が成功し、交際がスタートした。

 そして二人付き合ったその日にセックスしたらしい。もうこの時点で意味が分からない。


「変態だなんて心外よ。ねぇ、お父さん?」


「そうだ。俺達はただ朋香ちゃんが大好きなだけだ」


「ならもっと他に言い方があるだろ!?」


「そう言われてもね……私達まともな生き方してないし……」


「確かにそうだな。二人揃って高校中退してるからな」


 俺は二人が高校三年生の時に妊娠が発覚した子だ。流産という選択肢もあったが、周りの反対を押し切って二人は俺を産むことにした。

 二人の考え方が歪んでいるのはこういうことがあったのも大きな原因だろう。


「こんな私が言うのも変だと思うけど、少しは朋香ちゃんのお願いも聞いてあげた方が良いわよ?今はまだ圭太にしか言わないけど、圭太がずっとその調子のままなら、そのうち朋香ちゃんは他の男の子に言うかもしれないわ」


「それは一理あるな。もしかしたら朋香ちゃんは性的欲求が溜まりやすい体質なのかもしれないし。圭太に頼んでいる以上は圭太が責任を持って処理してやるのが一番だぞ」


「それはまあ善処するけどさ……俺まだ二人に言ってない重要ことがあるんだけど」


「「なに?」」


「俺、朋香と付き合うことになった」


「……圭太、すまん。もう一回言ってくれ」

 

 状況を理解出来ない父さんが一度聞き返す。


「朋香が俺の彼女になったんだよ」


「……つまり圭太が朋香ちゃんの彼氏ってことよね?」


 次に母さんが首を傾げながら俺に訊ねる。


「そうだよ」


「「…………」」


 二人はソファの背もたれに寄りかかると、口を開いたまま動かなくなった。


「ちょっと、どうしたんだよ?」


「「け、け、け、圭太……!おめでとう……!」」


「え、あ、ありがと」


 二人は滝のような涙を流しながら大きな拍手を俺に送る。

 衝撃の光景に俺は思わず動揺した。


「良くやったな!圭太!これで我が家は安泰だ!」


「よっしゃ!これで朋香ちゃんは私の物よ!」


 大袈裟だが素直に喜ぶ父さん。

 そして、何かを勘違いしている母さん。

 母さんはめんどくさいから無視しておこう。


「……まあ、そういうわけだから無理にセックスしたりしなくても大丈夫っしょ?」


「ダメよ。朋香ちゃんがしたいって言ったらしてあげなさい。それが男よ」


「マジで言ってんの……?」


「ちゃんとコンドーム付けて避妊処置してやれば大丈夫よ。私達は一回も付けたことないけど。ねぇ〜、お父さん♡」


「あれはいちいち付けるのがなんか面倒くさくてな。生でやるのが一番手っ取り早い」


 その結果、生まれたのが俺というわけか。

 なんか腑に落ちないな。


「別に子供作りなさいって言っているわけじゃないの。朋香ちゃんのためにも頑張りなさいって言ってるのよ」


「とてもそうは聞こえないがな……」


「圭太、つまり朋香ちゃんは圭太と付き合うためにアイドルを引退したわけなんだろ?昔から朋香ちゃんがアイドルに憧れていたのは俺達もよく知っている。そんな朋香ちゃんがお前のために引退して会いに来てくれたんだぞ?その気持ちを裏切るのか?」


「別にそういうわけじゃ……」


「男なら大好きな女のために全力を尽くせ。父さんは母さんのために死に物狂いで頑張って働いてきた。自分の気持ちには嘘を付くな、そして後悔だけは絶対するな。朋香ちゃんが選択した道をお前が先陣を切って進んで間違ってなかったんだと最後まで引っ張ってやるんだ。それがお前の使命だ」


 父さんの言葉にはやけに説得力があった。

 それはきっと周りの反対を押し切って生まれた俺と母さんをここまで支えて来たからだろう。

 俺が生まれてからは親戚とは疎遠となり、最初の方は苦労したと母さんから聞いていた。

 どんな形であれ、家族のために頑張っている父さんを俺は心の底から尊敬している。


「分かったよ。二人の言う通り、朋香のために俺が出来ることはなんでもやってやるよ」


「圭太、それでこそ俺の息子だ!頑張れ!」


「期待してるよ、圭太。あっ、でもたまにはゴム外して生でセックスしちゃってもいいのよ♡」


「それだけは絶対にしねぇよ!」


「中出し上等よ♡」


「うるせぇ!もう俺は部屋に戻るからな!」


「うふふっ……朋香ちゃんとお幸せにね~」


 せっかく良い雰囲気で終わるところだったのに全てが台無しになってしまった。

 もしかしたら俺の天敵は朋香ではなく、母さんなのかもしれないな。

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