第114話「美人と遺伝」
今日の主役は夏海ちゃんだというのに、聖良さんはバクバクと吸い込むように寿司を食べていった。
「食べないと大きくならないよ」
「食べ過ぎるのもどうかと思います」
「私は太らないから平気」
聖良さんはVサインを夏海ちゃんに向けた。
一方で、そのサインを亜弥は快く思っていなかったようで、しかめっ面を彼女の向ける。
もしかしたらすぐに太ってしまう体質なのかもしれない。
だったら毎週の自作スイーツを辞めればいいのに、と思ったが、あの絶品が食べられないとなると少しもったいない気がするので言わなかった。
言ったところで水平チョップをお見舞いされるだけだろうけれど。
そんな亜弥だが、マグロやハマチ、サーモンなどの生魚系の寿司にはあまり手を出しておらず、玉子や軍艦巻きなどをよく取っていた。
「生魚、食べられないんだ」
「あまり好んで食べようとはしないわ。あのぷにゅっていう柔らかい感触が苦手で」
しかし職場での付き合いだったり、冠婚葬祭等で出されたら食べるそうだ。
「えー、美味しいのに」
「まあ、味も嫌いじゃないのよ。でも、私は焼いた魚の方が好きだから」
聖良さんの言葉を受け止めながら、亜弥はハンバーグ巻を食べる。
最近はこういう寿司の他にも、フライドポテトやスイーツなど、サイドメニューも充実しているらしい。
当然、聖良さんは見境なく食らいついていく。
「よく食べられますね」
「うーん、昔から食べる方だったからなあ。そういう体質なんだよ、私」
「それで太らないんだから、羨ましいです」
出汁巻き玉子を口にしながら、夏海ちゃんは聖良さんを見る。
確かに聖良さんも亜弥と負けず劣らずのスタイルの良さだ。
しかし夏海ちゃんだって母親である亜弥の遺伝子を強く引き継いでいるので、いずれ母親と同じくらい、もしかしたらそれ以上の美人になる可能性だってある。
「大丈夫だよ。夏海ちゃん、今のままでも可愛いもん」
「そ、そうですかね。えへへ」
「そうだよ。だって、お母さんすごく美人なんだもん」
唐突に話題に上がり、亜弥は顔を真っ赤にする。
「え、ええ? 美人だなんて、そんな……」
「美人ですよ? ねえ? 佐伯さん?」
予想はしていたが、聖良さんは俺にも話を振ってきた。
とはいえちゃんと答えるのはなんだか恥ずかしい。
ちらりと亜弥の方を見て、コクリと小さく頷きながら中トロをかき込んだ。
「ですって」
「もう、ちゃんと口にして言いなさいよ」
亜弥は口を尖らせたが、その言葉遣いは少し嬉しそうだった。
ふふふ、と小さな笑みが彼女からこぼれ落ちる。
そんな母親の様子を、夏海ちゃんはまじまじと見つめていた。
「そういうのは2人きりでやってほしいな」
「そう? 私は別にいいと思うけど」
「でも、親がいちゃいちゃしてるところはあんまり見たくないかなって」
「あー、それはそうかも」
ケラケラと聖良さんは笑った。
とりあえず、君は俺に告白しようとしたという事実を今一度思い返して同じセリフを言ってほしいものだ。
……さすがに自意識過剰だろうか。
「でも、2人はお似合いだよ。私なんかよりもずっと。だから、夏海ちゃんはお母さんと先生のことをちゃんと応援してあげて」
聖良さんの口調が変わった。
しっとりと、切なさが込められていて、それまで話半分で聞いていた夏海ちゃんも思わず彼女の方を向く。
流し目の聖良さんは、やっぱり綺麗だった。
これならすぐにいい相手も見つかるかもしれない。
「さ、食べましょう」
そんな儚げな雰囲気をぶち壊すように、聖良さんは次々に皿を取っていく。
もう20皿は軽く越えているだろう。金額は想像したくもない。
「私、そろそろお腹いっぱいになってきたわ」
6皿食べた亜弥とは随分と胃袋の容量が違うのだろうと改めて実感する。
夏海ちゃんも亜弥と同じくらいで、俺は10皿丁度だから、やっぱり聖良さんの胃袋が異常なのだ。
「よく大食いの人って消化しきれずにそのまま出したり、戻したりするそうなんですけど、実際どうなってるんですか?」
「いやー、私はそんなことないですよ。ちゃんと身体の中に入ってます」
「それで太らないんだから、すごいわよねえ」
羨ましそうに亜弥が呟く。
俺からしてみれば、亜弥も十分細いと思う。当然10代の頃と比べたらやはり肉はついたと思うけれど。
聖良さんはその後も回転寿司の締めとして、海鮮ラーメンを注文した。
寿司屋でラーメンと言うのもどうかと思ったが、これを何の苦も無くぺろりと平らげてしまう彼女もやっぱりおかしい。
見ているだけで腹が膨らみそうだ。
お会計はそれぞれ分割払いができなかったので、まとめて亜弥が支払う形で俺達もお金を出した。
やはり一番出費が多かったのは聖良さんだ。
俺の倍以上の寿司を食べ、挙句ラーメンまで平らげた。
本当はビールも飲みたかったらしいが、飲み過ぎだと誠司さんに怒られたらしい。
回転寿司屋を出て、聖良さんを送るために俺達は駅まで向かった。
「今日はありがとうございました。ご飯までご一緒しちゃって」
「いいのよ。また遊びにいらっしゃい!」
「ぜひ!」
ペコリと頭を下げ、彼女は改札を通り過ぎていった。
なんだか嵐のような人だったなあ、と今日一日を振り返って思う。
「すごく明るくなったわね、聖良さん」
「そうだね」
明るすぎて少々体力が持って行かれそうになった時が何度かあったけれど。
だけどこのキャラクターだったら学校でもすぐに人気になるだろう。
まあ、多分学校の中ではそれなりに猫を被ると思うけれど。
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