第113話「3人+1人」

 なんだか、1日が終わるのがあっという間だった気がする。

 体育大会が終わり、皆撤収の準備に取り掛かっていた。

 去年と同じで、ぞろぞろと正門近くに人だかりができており、去年は本当に早めに帰ってよかったなと内心ほっとしている、


「あら、あなたは今年は浮気しないのね?」

「は?」

「だってあなた去年は聖良さんと一緒に帰ったじゃない。私を置いて、2人で」


 少し冷たい口調で、亜弥が俺に言い寄ってきた。

 俺を見る目も少し蔑視が入っている気がする。

 これが彼女の意地悪だというのは何となく察しがついているが、そうだと断言できない演技力に圧倒されてしまう。


「いや、違うんだよ、あの時は……」

「酷い! 私のことは遊びだったんですね!」


 聖良さんもノリノリだ。頼むから話をややこしくしないでほしい。


 ずいっと2人は俺の方に身体を寄せた。

 じーっと見つめてくる彼女たちの圧に耐えられそうにない。

 2人を直視できず、顔を手で覆い、下を向いてしまった。


「……ごめん、そういうことするの反則」


 すると2人はお互いに顔を見合い、クスクスと笑い合った。


「冗談よ、ごめんなさいね。あなた、やっぱりからかうと面白い反応をするから」

「本当ですね」

「まったく……」


 テントの中は閑散しているとはいえ、まだ人もいる。

 こんなところを見られて変な噂を立てられたらどうするつもりなんだ。


 はあ、と溜息をつきながら、俺はテントの片付けに向かった。

 慣れない力仕事で大変だったが、周りの人たちとの協力もあってすぐに片付いた。


「手伝うわ」

「いや、いいよ。あとちょっとで終わるし。ゆっくりしてて」

「でもあの子待っている間、かなり暇なのよね」

「しかしなあ」


 もう残されている作業はほとんどない。

 なんなら、俺がいなくてもすぐに終わりそうな雰囲気だ。


「……わかった、一緒に待つよ」

「やった」


 彼女は少し子供のようにはしゃいだ。

 やっぱり愛らしいな、と感じてしまうのは性だろう。


 一緒に彼女の帰りを待つこと数十分、生徒たちがぞろぞろと昇降口から出てきた。

 夏海ちゃんの姿を探したが、彼女はまだ見つからない。


「前はどのくらい待ったの?」

「1時間くらいかしら」

「うわあ」


 周囲の保護者はほとんどいなかった。

 待機している人は皆駐車場に止めてある車の中で待機している。


「どうして娘さんを待っているんですか?」

「亜弥が子供園の時からの行事でね、運動会の終わりには家族3人で近くの回転寿司に行ったのよ」

「回転寿司!」


 聖良さんの食い意地レーダーが反応した。

 というか、まだいたのかと半ば呆れてしまう。


「よろしければ一緒に同行しても?」

「ええ、構わないけれど、洋介も一緒に行くわよね?」

「え、ああ、いいのか?」

「当たり前よ。夏海もきっと喜ぶわ」


 なんて会話をしていると、夏海ちゃんが俺達の方に向かってくるのがわかった。


「お疲れ様、夏海」

「夏海ちゃん、よく頑張ったね」


 亜弥と俺は口々に彼女にねぎらいの言葉をかけた。

 聖良さんは夏海ちゃんに拍手を贈っている。


「え、先生はともかく、なんで聖良さんまでいるの?」

「今からお寿司ご馳走してもらおうと思って」

「え、奢るのはあなたよ?」


 亜弥の言葉に、聖良さんの身体は硬直した。

 ぷに、ぷに、と夏海ちゃんが彼女の頬をつつくも、微動だにしない。


「さすがに冗談よ。洋介が奢ってくれるわ」

「それも冗談だよな?」

「本気よ。さ、行きましょう」


 俺の問いかけを軽くあしらい、亜弥はずけずけと闊歩する。

 こうして独裁者は生まれていくのだろうか、とふと感じた瞬間だった。


 俺達は我が道を突き進む彼女を見失わないようについて行った。

 石化から解放された聖良さんも俺達の後を追う。


 回転寿司は学校から歩いて十分近くのところにあった。

 やっぱりどこの家庭も考えていることは一緒のようで、中学生を連れた客が多い印象がある。


「何年ぶりだろう、回転寿司なんて」


 聖良さんは相変わらず目をキラキラと輝かせている。

 やっぱり彼女の食い意地と言うものはすさまじい。夏海ちゃんも少し引いた目で聖良さんを見るくらいなのだから。


 とはいえ俺も久しぶりに訪れた。

 こういう食べ放題系の店は1人ではあまり入らなくなった。

 どのくらい食べていいのかわからず、食べ過ぎると良くないし、逆に商品を取らなさすぎるとかえって損をした気になってしまう。


「で、本当に俺が払うのか?」

「冗談に決まってるじゃない。私が払うわよ。それともあなたが払ってくれるの?」

「奢ってもらうのもなんだか申し訳ないし」


 亜弥は少し呆れた感じで俺を見つめる。


「このくらい別にいいわよ。あなたは気にしないで遠慮なく食べて」

「いいんですか? やったあ! 何食べよっかなー」


 こういうところで調子に乗ってしまうのが聖良さんだ。

 目をキラキラと輝かせながらメニューのタブレットを眺め、ルンルン気分で次から次に流れてくるものを食べていく。

 ここが流れてくるレーンの一番最後の席でよかった。


「……聖良さんの分は、ちゃんと自分で払ってね?」

「ですよねー」


 意外と素直に聞き入れてくれてよかった。

 これでもし亜弥が聖良さんの分まで払うことになったら、おそらく財布はピンチになっていただろう。

 彼女に食事を奢る時は、どこか食べ放題の店にしないといけない気がする。

 

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