第111話「キラキラと輝くもの」

 夏海ちゃんのクラスは残念ながら2位に終わってしまった。

 とはいえ後世に語り継ぎたいくらいのリレーを見ることができたので、満足だ。

 ただ、隣にいる亜弥はかなり悔しそうに夏海ちゃんの賞賛の拍手を送っていたけれど。


「いい試合だったけど、悔しいわ」

「でもみんなすごく輝いてた。あの子たちが羨ましいよ」

「そうね。確かにあの子たち、すごくキラキラしてた」


 ふふ、と微笑みながら彼女は聖良さんに目をやる。


「あなたも来年にはそれのキラキラを目の当たりにするかもしれないのね」

「そうかも。すっごく楽しみ」


 聖良さんはキラキラと目を輝かせる。彼女は、将来いい先生になりそうだ。

 俺なんかよりもずっと生徒から信頼されて、学校で一番人気になっていそうな気がする。


 その後も3人で適当に談笑しながら、演目を1つ1つ見ていく。

 どの種目でも、出場している生徒たちは皆キラキラと輝いていて、俺にはそれが眩しすぎた。


「こういうのを見るとたまに思うんだ。俺が子供の時は、あんな風にキラキラ輝いていただろうかって」


 夏海ちゃんが出場している綱引きを見ながら、俺はポツリと呟いた。

 仕事をし始めてしばらくの頃はあまりそんなことは思わなかったけれど、歳を重ねるにつれて、そういうことを考える機会が多くなった。

 塾で生徒が「こういうことをした」と嬉々として語る姿に、自分の昔の面影を重ねてしまう。

 その度に「俺はこんな風に輝けていただろうか」と羨ましがってしまう。


「大丈夫です」


 聖良さんが自信満々で答える。


「多分、そう思うのはないものねだりだからですよ。私には、佐伯さんはずっと輝いて見えます。だからきっと、子供の時の佐伯さんもキラキラと光る何かを持っていたと思います」


 そうだといいのだけれど。


 ……ん?


「ちょっと、あなた、勝手に口説かないで頂けるかしら?」


 俺と聖良さんの間を割って入るように、ずいっと亜弥が口を挟む。

 しかしそれでも聖良さんは動じない。


「口説いてなんかいませんよ。事実を言ったまでです。それとも、私が本当に貰っちゃいましょうか」


 うふふふふ、と聖良さんは不敵な笑みを浮かべた。

 どうやら挑発する時は敬語に戻るらしい。


 やってやろうじゃないの、と亜弥は売られた喧嘩を買ってしまった。

 仲がいいのか悪いのか、よくわからない。


「私の方が、彼と一緒にいる時間が長いんだから!」

「一緒にいた時間じゃありません。愛の大きさですよ」

「フラれてるくせによくそんなこと言えるわね」

「今はそんなこと関係ないでしょう?」


 口喧嘩の声量がだんだん大きくなってきた。周囲も俺達の方に注目し始める。

 こんなところで喧嘩をおっぴろげないでくれ。恥ずかしくて仕方がない。


 俺は2人の手を取り、彼女たちを引き連れて正門前まで逃げた。


「喧嘩するなら家でやってくれ」

「ごめんなさい……」


 しゅん、と2人は肩をすぼめ、声を揃えて頭を下げた。


「で、はっきりさせておきたいわ。聖良さん、あなた、洋介のことをどう思ってるのかしら?」


 亜弥が彼女に問いかける。

 正直俺もこの辺りはちゃんと明確にしておきたいところだ。


 聖良さんは、その問いにフフッと笑みを浮かべた。


「なんとも思ってない、ことはないけれど、もう恋愛感情はないよ。さっきはからかい過ぎちゃった」


 その言葉に嘘は含まれていないように思えた。

 けれど、彼女はポーカーフェイスを演じるのが上手いから、そのままその言葉を信じるわけにもいかない。


「本当かしら」

「本当だって。でも、亜弥さんがあまりにも遅すぎると、私が取っちゃうかも」

「それだけはさせないわ」


 遮るように亜弥が言葉を放つ。

 それを受けて、聖良さんは少し安堵の表情を浮かべていた。


「それを聞いて安心した。佐伯さんに選ばれたあなたは、本当に幸せだなって思えるから」

「そうね。幸せよ」

「なら、私は2人が羨ましくなるくらいに幸せになるだけです! やってやります」

「ふふふ、結婚式楽しみにしてるわ」

「私も、楽しみにしてます」

「アラフォーの花嫁衣裳なんて、さすがに似合わないでしょう?」


 亜弥の花嫁姿。

 パッと思い浮かんだのが、純白のドレスだった。

 花束絵を手に持ち、慈愛の表情を浮かべてこちらを見てくる。


 ……いい。


「ちょっと、また変なこと考えてないでしょうね」


 ぐにっと亜弥に軽く右のつま先を踏まれ、妄想の世界から現実へと帰ってきた。


 結婚か。


 まあ式を挙げるか挙げないかは別にして、籍は近い将来入れておきたいという欲はある。

 その時、亜弥は嫁になって、夏海ちゃんは義娘に……なんだか想像がつかない。


「ところで、さっきからずっと気になってたんですけど、どうしてタメ口と敬語が混ざってるんですか?」

「ああ、亜弥さんからこの間『友達なんだからもう敬語はいらない』って言われて。でもなかなか癖が抜けなくてですね」

「聖良さんも、洋介に遠慮しなくてもいいのよ」

「そんな、恐れ多い」


 聖良さんが両手を突き出したのと同時にお昼を告げるアナウンスが鳴った。


「聖良さん、よろしかったら一緒にお昼でもどう?」

「もちろん喜んで」


 やっぱりこの2人はなんだかんだで仲がいいのだと思う。

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