第81話「カラオケ大会」

 その後も俺達はパークを満喫した。

 いろんなブースに向かい、様々なアトラクションを楽しんだ。

 圧巻のパレードだって見たし、日々のストレスが吹っ飛んでいくようだった。


 しかしその分歩いただけの疲労が身体にのしかかってくる。


「こんなに歩いたの、久々かも」

「私も、ちょっと疲れちゃった」


 クタクタになっているアラフォー組と比較して、夏海ちゃんはまだまだ元気そうにニコニコと笑う。

 さすが運動部だ。


 俺達は設置されてあったベンチに腰掛けた。

 今まで昼食を除けば立ちっぱなしで歩きっぱなしだったから、足が相当悲鳴を上げている。

 翌日の筋肉痛が恐ろしい。


「二人とも運動不足気味じゃない?」

「夏海の体力がおかしいのよ」


 くたびれた感じで亜弥が返答する。

 確かに夏海ちゃんはは汗ひとつ流さず涼しい顔をしている。

 さっき万歩計を確認してみると、この時点で1万歩以上は歩いたからそれなりの疲労はあるはずなのに、彼女はそんな素振りひとつ見せない。

 俺達の体力がなさすぎるだけなのか、それとも夏海ちゃんの体力が異常に多いのか、あるいはその両方か。


 でも夏海ちゃんのことだから、いつもの部活の運動量よりは明らかに少ないだろうな。


「夏海ちゃん、楽しかった?」

「うん、とっても。またこの3人で行きたい」


 それはよかった。

 彼女の表情から見て、その言葉に偽りが入る余地がないのは明らかだった。


 次にどこか遊びに行けるなら、8月頃になるだろう。

 夏海ちゃんは部活で忙しいはずだし、次に出かけるとしたら海や山など自然を堪能させたい。


 時計を確認すると、16時を既に回っていた。

 ここは夜遅くまで開いているため時間には余裕があるが、俺達の体力はそこまで残っていないため、パークで遊ぶのはここで終わりにしよう。


「そろそろ帰ろっか」

「えー、まだ遊びたい」


 ぶう、と夏海ちゃんは口を尖らせる。

 まだまだ空は明るいし、ここを去るとはいっても夕飯までにはまだ時間がある。

 それに今から帰って晩御飯の支度をする体力も亜弥には残っていないだろう。


「亜弥はどうしたい?」

「え? そうね……もうこれ以上歩き回るのはしんどいけど、さすがに今から帰るのもなんだかもったいない気がするわ。夏海も遊び足りないみたいだし、どこか丁度いい場所があればいいのだけど」


 それは俺も同じ意見だった。

 どこかにいい場所はないだろうか、とスマートフォンで近くに遊べそうな場所がないかを探す。

 すると、あれよあれよといろんな検索結果が表示された。


「なるほど、カラオケか」


 俺がカラオケと単語を言うと、露骨に夏海ちゃんは嫌そうな顔をする。


「え、カラオケだけは嫌だ」

「そっか、夏海ちゃん、歌苦手だったもんね」


 そういえば半年ほど前、合唱コンクールが嫌だと散々駄々をこねていたのを思い出す。

 別にそこまで下手ではないと思うけれど、夏海ちゃんからすれば自分の歌声はあまり好きじゃないのだろう。


 そんな夏海ちゃんをよそに、ぐっぐっ、と亜弥は上半身のストレッチを始めた。


「カラオケなんて何年も行ってないわ。腕が鳴るわね」


 得意げに亜弥は独り言を呟く。こっちは行く気満々みたいだ。


「……亜弥はこう言ってるけど、夏海ちゃんはどうする?」

「カラオケだけは嫌だ」


 頑なに否定をし続ける夏海ちゃんの方を亜弥はポンと叩いた。


「大丈夫よ。お母さんが歌いたいだけだから。ね、お願い。いいでしょう?」


 なんだか親が子にねだる様子を見るのは新鮮だ。

 夏海ちゃんははあ、と溜息をつく。


「それならいいけど」

「やった!」


 まるで子供のように亜弥ははしゃいだ。どれだけ行きたかったんだ、と俺も少し呆れかえってしまう。


 パークを出て歩くこと数分、近くのビルにあるカラオケ店にやってきた。

 俺もカラオケを利用するのは随分と久しぶりだ。最後に訪れたのがいつだったのかも思い出せない。


 部屋に案内されると、早速亜弥はパネルを操作して採点モードを導入する。

 もう何年も行っていないからどうやって操作すればいいのかわからないのに、亜弥はスムーズにタッチパネルを操っていた。


「慣れてるんだね」

「勘よ」


 そんな風に胸を張っても、誇れるものではないと思う。


 1曲目は亜弥がリクエストした曲だ。

 俺達が高校生の頃に流行った曲だが、おそらく夏海ちゃん世代の子にはあまりピンと来ないだろう。

 事実、夏海ちゃんはぽかんとした表情だった。

 こういう選曲のチョイスは時が止まってるんだな。


 しかし亜弥の歌声は上手で、プロと差し支えないほどだった。

 歌声がよく響き渡り、このカラオケボックスはまるで小さなコンサートホールのようだ。


「この曲、私の十八番なのよ。まずはこれで小手調べ」


 全て歌い切った亜弥は、画面を注目する。

 点数は、92点。かなりの高得点だ。


「まだまだ私も衰えていないわね」


 そう誇らしげに呟いた彼女は、またしても曲を入れた。

 今度は最近CMなどでよく耳にする曲だ。タイトルは今初めて知った。


「やっぱお母さん、めっちゃ歌上手いわ。羨ましい」


 憂鬱そうに、夏海ちゃんはオレンジジュースのストローを噛む。


「でも、とても楽しそうだよ。歌って、元々そういうものじゃないかな。上手い下手とか関係なく、自分が楽しいって思えたらそれでいいんだと思う」


 俺もなんだか歌いたくなってきた。

 慣れないタッチパネルを操作し、1曲入れる。

 歌番組でも毎年のように紹介される、カラオケの定番ソングだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る