第80話「ジェットコースター」
俺達が今から乗ろうとしているのは、ゲームシリーズのひとつを再現したものになるそうだ。
そのゲームと言うのは様々なキャラクターがいろんな乗り物に乗ってレースをするという内容らしい。
今回のアトラクションは、それを模したジェットコースターのようなものとなっている。
ジェットコースターなんてもう何十年も乗っていないが、あまりいい思い出もなかった。
が、夏海ちゃんは今か今かと順番を待っている。
「これ、本当に俺も乗らなきゃダメ?」
「ダメだよ。もう並んじゃったんだし」
夏海ちゃんからの厳しい指摘が入る。
確かに後ろもすごい行列だし、蛇行し並んでいるため抜けようにもなかなか抜け出すことはできなさそうだ。
弱った俺を亜弥は見逃しはしなかった。
「あら、あなた、もしかしてこういう乗り物苦手なの?」
ニヤニヤと嘲笑するように彼女は笑った。
和泉の笑みは気持ち悪いのに、亜弥のこういう表情は少しばかりドキッとしてしまう。
「……ああそうだよ、苦手だよ、こういう絶叫系は! いっつも死ぬかと思うもん」
「大丈夫だよ、一瞬で終わっちゃうからさ」
ポン、と夏海ちゃんに背中を叩かれる。
なんだか情けないな、大の大人がこんな子供に慰められるのは。
看板に記載されていた待ち時間よりも少し早くに俺達の番が回ってきた。
好奇心よりも緊張や不安の方が勝っている。
カートを模した乗り物は、基本2人乗りの設計になっていて、それが後ろに何列も連なっている、という構造をしていた。
「ほら、先生とお母さんは一緒に乗って」
「いや、夏海ちゃんはお母さんと」
「いいから早く! 後ろつっかえてるんだから」
半ば強引に、俺と亜弥は同じ席になった。その後ろに夏海ちゃんが座る。
夏海ちゃんの隣が心配だったが、隣は女子大生くらいの人だったので、少し安心した。
おそらく俺達と同じで3人組でここを訪れていたが、2人組のグループからはみ出してしまってこんな風になってしまったのだろう。
ガコン、とゆっくりカートが動く。
それに連動する形で、安全バーが胸元にがっちりとハマった。
いよいよ地獄のような恐怖の時間が始まろうとするわけだ。身震いが止まらない。
「そんなに緊張することないわ。よっぽどのことがなければ死ぬことなんてないから」
「いや、そういうことを言ってるんじゃないんだよ」
少し核心からずれたところを亜弥は指摘する。
忘れかけていたけれど、この人は少し天然が入っていた。
「冗談よ」
「ホントかな」
「本当に決まってるじゃない」
どうだろうか。
しかし彼女が誤魔化す時はもっと必死なので、どうやら本当に冗談で行ったものだと思われる。
コースをゆっくりと進みながら、カートは移動する。
俺と亜弥は一番前の席になっているため、かなり視界が開けている分、落下への恐怖も大きい。
「大丈夫よ。後ろの席なんか、前の景色全然見れないまま落ちていくから、その分怖いわよ」
「楽しそうだね」
「まあ、あなたを見てるからかしら」
またしても彼女はニヤリと微笑む。
その小悪魔のような挑発的な表情に、怒りの感情など沸かなかった。
アナウンスはここの世界観の解説などを面白おかしく話しているが、正直今の俺にはそれを一から十まで全て聞く余裕などはなかった。
あるのは、ジェットコースターへの恐怖心のみだ。
後ろの方では女学生と夏海ちゃんが楽しそうに話している。
女学生の方が夏海ちゃんに声をかけたのだろうか。
変なこと吹き込まれていなければいいのだが。
カートが登る度に少し身構え、ほんの少しでも下がると心臓が飛び出そうになる。
自分がここまでジェットコースター系の乗り物に弱いとは思いもしなかった。
これでもし1回転でもされてしまったら、俺は気絶してしまうかもしれない。
そんな小さな上昇下降を繰り返していると、アナウンスが「そろそろ」と言う意味深な言葉を告げた。
それに伴って、カートも今まで以上にガコンガコンと上昇していく。
「大丈夫そう?」
「ちょっと、大丈夫じゃないかも」
ガクガクと身体が震える。
落ちるのは一瞬。そうとわかっていても、なかなか恐怖心は拭えないものだ。
そんな俺の手を、亜弥は優しく握ってきた。
「大丈夫、私がいるから」
それはまるで、夢叶わず志半ばで心中してしまう男女のようだ。
縁起でもないことを、と思ってしまったが、おそらくそんな風に解釈したのは世界中を探しても俺しかいないだろう。
しかし、その言葉でかなり心が救われた気がする。
ガコン、と上向きになっていた景色が急に下を向く。
考える隙もなく、カートはどんどん加速していき、心臓が身体を突き破ってしまいそうになる。
「きゃああああああああ!!!!!!」
隣の席の亜弥は大きな声を上げて楽しんでいる。が、俺にそんな余裕はなく、ただ落下に耐えることしかできなかった。
落下の時間は永遠のようで、あっという間のようだった。
到着場所で降りた時は、全身の力が抜け落ちていて、まともに立つことすら難しかった。
「ほら、しっかりしなさい」
亜弥に引っ張られ、俺はカートを降りた。
体力も軒並み削られているのは、年齢のせいだと思う。
「先生、本当にジェットコースター系苦手なんだね」
「昔はここまでじゃなかったんだけど、ここまでダメだったとは思わなかった」
夏海ちゃんはまるで何事もなかったかのようにケロリとしていた。
心臓に毛でも映えているのではなかろうか。
ぜえ、ぜえ、と息をつきながら、俺は出口を見る。
するとさっきまで夏海ちゃんの隣にいた女性がペコリと頭を下げてくる。俺も反射的に頭を下げた。
「そういえば、あの人と結構仲良さそうだったけど、何か話してたの?」
「えっとね、お父さんとお母さん、とてもラブラブだねって」
「ラッ……」
あまり使わない単語で表現されたことが恥ずかしいというのもあるが、傍から見て俺達が夫婦に見えることが、照れくさかった。
それ以上にそんな話をを俺達の真後ろで展開されていたことが何よりも恥ずかしい。
亜弥もさっきまで元気だったのに、途端に力が抜け落ちてペタンとその場にしゃがみこんでしまった。
きっとあの手を繋ぐところも見られてしまっただろう。
とりあえず、誤魔化すように笑うことしかできなかった。
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