第79話「テーマパーク」

 日曜日、俺はいつものように駅の前で彼女たちを待つ。

 昨日は今日の分の振り替えとして家庭教師を見たが、夏海ちゃんは落ち込むことなく普段通り問題を解いていた。

 強くなったな、とますます実感する。

 

 そんな昨日のことを思い出していると、横断歩道を吉岡親子が笑顔を振り撒きながらこちらにやってきた。


「先生、相変わらず早いね」

「まあ、癖だな」


 夏海ちゃんの格好はいつもとかなりテイストが違っていて、デニム生地のショートパンツに黒タイツというかなり大胆なファッションをしていた。

 亜弥も動きやすいレギンスパンツを履いている。はしゃぐ気満々だ。


「ね? 早く行こ? もう人でいっぱいになっちゃう」

「焦らないの。先生困っちゃうでしょ?」


 少し呆れつつ、はしゃぐ夏海ちゃんを見て、亜弥は嬉しそうだった。

 家族でどこか遠出するのも、花見を除けば久しぶりのことだし、夏海ちゃんもテンションが上がっているのだろう。

 相変わらず表情は動いていないが、それでも口角は少し上がっているし、目もキラキラと輝いている。

 よっぽど楽しみなことが伝わってきた。


 電車に揺られること約1時間、約束していたテーマパークに到着した。

 ゴールデンウィーク最終日と言うこともあり、かなり多くの客で賑わっていた。

 中学生や高校生グループもたくさん見かけたが、やはり圧倒的に家族連れの客が一番多い。


「俺、何気にここに来るの初めてだな」

「私も最後に来たのって、一体いつ以来かしら」

「多分私が小学校に入る前だったと思う。私も全然覚えてないけど」


 どうやらここにいる3人があまりなじみのない場所なのだそうだ。


 さすがに全国区で有名なテーマパークと言うこともあって、かなり敷地が広い。そのためどこから攻略すればいいのかわからない。

 全部のアトラクションは難しいにしろ、夏海ちゃんには思う存分楽しんでもらいたいのだ。


「まずどこから行こうか」

「あの、CMでやってたあそこ、行きたい」


 確か最近新しいエリアができたそうだ。

 しかしその場所を地図で確認してみると、なんと今いるエントランスと真反対の方向にある。

 ここから回るのはかなり非効率的だ。


「とりあえずそこに行くまで、気になる場所があったらまずはそこから回ろうか。それでいい?」

「うん」


 夏海ちゃんの了承も得たことで、俺達はその新エリアに向かうことにする。

 アラフォーの俺にとってはかなりキツイハイキングになりそうだが、運動不足の解消だと思えばどうということはない。


 初めてこういう場所に訪れたが、なかなかどうして心が沸き立ってしまう。

 エントランスから伸びるメインストリートは、60年代アメリカ映画のような建造物が多く立ち並んでいて、ロマンを感じる。

 しかもハリボテなどではなく、どの建物もちゃんと入れるようで、中はパークのグッズなどが売られているようだ。


 メインストリートを抜けると、中央広場があって、そこでは毎日キャラクターの着ぐるみによるパレードが行われているらしい。

 まだパレードまでは時間があるため、次のプログラムはスルーすることにしよう。


 歩くこと数分、目的地である新エリアに到着した。

 ここは日本を代表するゲームをリアルで再現する、というコンセプトで作られており、ゲームのキャラクターの着ぐるみたちと触れ合えるほか、実際のゲームの世界観を体験できるという場所になっているそうだ。


「夏海ちゃん、このゲームやったことあるの?」

「うーん、私あんまりゲームやらないから」


 そういえば夏海ちゃんの部屋にはゲーム機らしきものはなかった。

 最近はスマートフォンによるアプリゲームが主流となりつつあるが、きっと原因はそれだけではない。


「俺も名前だけは聞いたことあるけど、やったことはそんなにないんだよなあ」

「私もよ。でも、ちょっと興味はあるかも」


 ちらりとアトラクションの待ち時間を見ると、看板に赤い文字で「ただいま時間待ち」と大きく記された張り紙を見つけた。

 その隣に、ズラリと長蛇の列が並んでいる。列の先が見えず、少し並ぶのが億劫になってしまった。


「……俺は遠慮しようかな。並ぶの苦手だから」

「でもせっかくここまで来たんだし、先生、一緒に行こうよ」

「そうよ。ここまで歩いて骨折り損だなんてあんまりだわ」


 やらない派が1に対し、やる派が2。多数決では俺の方が負けだ。

 仕方ない、ここは折れるほかない。

 それに、無駄話でもしていれば、あっという間に1時間なんてすぐに過ぎてしまうだろう。


「わかった。並ぼう」


 わーい、と夏海ちゃんは笑ってピースサインを送る。

 この笑顔が見れるなら、待ち時間くらい平気だ。


 最初はかなり待つのではないか、と焦りを感じていたが、思った以上にスムーズに行列が動いていく。

 これなら1時間と言わず、すぐに俺達の番になりそうだ。


「友達とは来ないの?」

「うん。みんな部活で忙しいし、私そんなに友達多くないから」

「……ごめん」


 地雷を踏んでしまったかもしれない、と俺は彼女の謝る。


「いいよ、全然。事実だし。友達多いとその分疲れちゃいそうだから」

「それって、誰かが言ってたの?」

「ううん、めっちゃ友達多い子が、裏でかなり愚痴こぼしまくってるの見ちゃったから」

「……そっか」


 それ以上、夏海ちゃんの交友関係については踏み込まなかった。

 亜弥も、詳しく聞こうとはしなかった。

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