第75話「連休の予定」
早いもので、もうすぐゴールデンウィークに突入しようとしていた。
今年は学生にとっては5連休というとても長いスパンの連休であり、社会人にとっても1日と2日に有休を取得できれば最大9連休まで休むことができる。
さすがに有給は取得できないが、この連休は大いに活用したい。
「先生ってさ、ゴールデンウィークは何してるの? 仕事?」
「いいや、特に予定は入っていないけど」
いつものように夏海ちゃんは亜弥が焼いたクッキーを食しながら質問してきた。
「じゃあさ、今度の水曜日に練習試合があるんだ。よかったら見に来てほしいな」
「もちろん行くよ」
「やったあ」
そういえば彼女のバレーの試合を見るのは夏の総体が最後だ。
今年は無事に亜弥と恋仲になれたことだし、今まで以上に積極的に彼女の試合を応援したい。
「で、場所は?」
「隣町の中学校の体育館なんだけど」
夏海ちゃんが場所を説明している間、亜弥の表情は少しだけ曇っていた。
この隣町は、以前花見でいったあの町だ。
瞬時に、あの忌々しい出来事がフラッシュバックする。
「ああ、なるほど……」
「いや、まだ詩織がその学校の関係者とも限らないしね。まだ『独身』かもしれないし」
独身、という言葉を亜弥は強調した。
しかし誇らしげな彼女を否定するように、夏海ちゃんは苦言する。
「いや、あの人多分結婚してるよ?」
「え、それって本当?」
「うん。指輪してたから、多分そうなんだと思う」
「そう……」
すっかり自信喪失してしまったみたいで、亜弥は肩を落とし、目に見えたように落胆する。
「そういえばさ、亜弥って中学時代、石黒と一緒のグループだっただろ? 仲良かったはずなのに、結構険悪そうな雰囲気だったけど、何かあったの?」
「別にそんなに仲が良かったわけじゃないわよ。高校に進学してからあまり絡まなくなっただけだしね。向こうは私のことどう思ってるのか知らないけど」
「恨まれてそうだね、あの感じだと」
ちびっ、と夏海ちゃんがまたしても口を挟む。今度は牛乳を飲みながらのことだった。
「それならそれで構わないわ。私、前から詩織のこと苦手だったのよ。口を開けばすぐに誰かの悪口だし、ちょっとしんどかった」
あはは、と亜弥は苦笑いしながら紅茶を飲む。
なんだか、女子同士の交友関係の闇を垣間見たような気分だ。
ひょっとしたら夏海ちゃんの友人たちの間にもそういう目には見えない亀裂があるのかもしれない。
ちょっとだけ彼女たちが怖く感じた。
しかし、亜弥が石黒のことを少し敬遠していたのも納得だ。
彼女との思い出にはろくなものがない。
目が合っただけで何か言ってくるし、陰でクスクス笑われていることだって知っている。
おそらくだけど俺は石黒からサンドバッグ替わりにされていたのかもしれない。
「……ま、まあ詩織が子持ちとは限らないじゃない。私、まだ30代だし、夏海の親の中だとまだ若い方だし」
言葉を重ねるにつれ、必死さがひしひしと伝わってくる。
そこまでしてマウントを取らなくても、俺は亜弥の方が素晴らしい人間だと思う。
こんな暗い話題を続けていても仕方がない。何か別の明るい話題にしよう。
「夏海ちゃんはさ、連休は部活以外で何か予定はあるの?」
「特になかったかな。友達からは何も誘われてないし、旅行の予定もなかったよね、お母さん」
「え? ええ、そうね」
ぶつぶつと一人の世界に没入していた亜弥がようやく戻ってきた。
無時に我を取り戻してくれたようで、カアッと顔が真っ赤に染まっていくのがよくわかる。
「だったらさ、私、お母さんと先生とでまた一緒にどこか出かけたい! ねえ、いいでしょう? なんなら泊まりでもいいよ!」
「泊まりなんて、そんな予定立てられるわけないでしょ。丸1日オフは最後の日曜日だけなんだから」
「そりゃわかってるけどさ、でもお願い。お花見はあんな感じで終わっちゃったからさ、またやり直したいんだよ。いいよね? ね?」
ここまで懇願してくる彼女も珍しい。
断る理由もないし、これは彼女の提案に乗る以外道はない。
「わかった、いいよ。折角の連休の旅行だし、どうせなら県外とか行きたいよなあ」
「どこにそんな余裕があるのよ」
呆れたように亜弥が口を挟む。
「でも確かにいつもより遠い場所に行くのも悪くないわね。そうだ、ほら、あそこにしましょう」
亜弥が提案してきたのは、CMなどで最近話題になっているテーマパークだ。
最近新しいアトラクションができたらしく、かなり人気なのだとか。
電車で1時間の距離にあるため、程良い遠さだ。
「よし、今度の日曜日はそこに行こう。その代わりその日の予定の家庭教師の時間を別の日に埋め合わせたいんだけど、大丈夫?」
「問題ないわ。また夏海の予定が定まったら連絡するわね」
「お願いする」
時間もいい感じに過ぎたので、ここいらでお暇することにしよう。
「そういえば夏海ちゃん、もうすぐテストだね」
「あー、言わないで。折角忘れてたのに」
夏海ちゃんの学校では、連休が明けたらすぐにテストだ。
「大丈夫。ちゃんとできるって。ほら、ちゃんと頑張ろう」
「はーい」
少し口を尖らせながら、夏海ちゃんは亜弥と一緒に玄関を出た。
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