第67話「決戦前」
お昼時を通り越しておやつの時間だ。
亜弥はフードコートでパフェを食べている。
これは3時のおやつなどではなく、昼食だ。
ここまで時間が遅れてしまったのは、一度訪れた時にかなり人が混んでいて座れるような場所もなく、さらにどのお店にもかなりの行列が並んでいたからだ。
「まだお腹空いていないし、いろいろ見て回ってからにしましょう」
と亜弥が提案してきたので、その提案に乗ることにした。
それが12時過ぎの話だ。
で、今は15時になろうとしている。
相変わらず人は多いが、さすがに昼の時ほどではなく、ポツン、ポツンと空席もチラホラみられるようになった。
「せっかくだし、誕生日ケーキの代わりにパフェが食べたいわ」
「パフェ」
とことん甘いものが好きだな、と少し微笑ましく感じる。
俺も13時半頃はかなり空腹のピークに達していたが、今となってはもうすっかりそれを通り越してしまった。
彼女はパフェを注文し、窓際の席に向かった。
とりあえず小腹が減ったので、亜弥と同じものを頼むことにする。
「可愛いわね、あなたがパフェを食べるなんて」
「君に言われたくないな」
「私はいいのよ。甘党だって公言してるんだから、今更恥ずかしがることなんてないわ。でもあなた、そういうの食べないイメージだから」
「いつも君の家でクッキーを食べてるだろう」
「それはそれ、これはこれよ」
ふん、と彼女は鼻を鳴らし、大きな口でパフェを頬張る。
まるで大きくなった小学生のようだ。
「美味しい?」
「ええ、とっても」
ニコニコと満面の笑みで彼女は微笑んだ。
それを見て、なんだかとっても嬉しくなる。
この笑顔が見れただけでも、亜弥をデートに誘ってよかったと思える。
彼女に送れること約3分、俺もパフェを食べ終わった。
空きっ腹に丁度いい分量で、甘すぎず程良い後味だ。
「この後どうする?」
「そうね、夏海には帰るのは遅くなるかもって連絡は入れてあるけれど……あんまり遅すぎるのもあの子に悪いわ」
「なるほど」
しかしそれも計算のうちだ。
俺達は食器を返却口に戻し、その後もフラフラとモール内を散策する。
特に買うものはなかったが、亜弥が被服コーナーでじっと観察したり嬉々としてはしゃいでいるのを見るのはかなり楽しかった。
「これ、夏海に似合うと思わない?」
「ああ、十分似合うと思う」
しかし、時間が進むにつれ、次第に緊張感が増していく。
まるで、ピンと糸が張り詰めたかのような空気感を感じた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
いつもよりも汗が多い気がする。ハンカチを持ってきて正解だった。
この汗が上着着用に付け加えた店内の暖房の影響だけではないことくらい、さすがにわかる。
ふう、と一度呼吸を置いてみるが、それでも高鳴る鼓動を抑えることはできない。
この後、亜弥に告白する。
そう思ったら、なんだか平常心を保てずにいられなくなってきたのだ。
「やっぱりどこか具合でも悪い? 汗も目立つわ」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと暖房が効きすぎてるのかも」
「ならいいんだけど、最近風邪が流行ってるから、何かあったらすぐに言ってね」
「ああ、問題ない」
今のところそういう不調ではないが、この恋の病は全身を蝕んでいた。
ドキドキと鼓動は激しくなるばかりで、発汗は止まらず、緊張から全身の震えが止まらない。
何度深呼吸しても、収まりはしなかった。
「一通り見て回ったし、そろそろここを出ましょうか」
「ああ、そうだね」
再び亜弥と手を繋ぐ。
手汗が心配だったが、それ以上にこの後のことが気がかりでどうしようもない。
すると、俺の不安を読み取ったのか、彼女はぎゅっと優しく握り返してきた。
「落ち着いた?」
同じタイミングで外に出ると、またしても冷たい冷気が吹いてきた。
しかし今回は上着のおかげで難なく乗り切れたし、この風のおかげで少し落ち着きを取り戻せたと思う。
「うん、平気。ありがとう」
「どういたしまして」
ぎゅっと俺も手を握り返した。
そこから俺達は再び駅に戻り、バスに乗った。
行き先はもちろんあの紅葉の場所だ。
「もう紅葉なんて全部散ってるわよ」
「調べたんだけど、夕方になるとライトが幻想的で綺麗なんだって。秋はもちろん紅葉が映えてより一層綺麗なんだけど、オフシーズンの今でも十分だって観光案内に書いてあったから」
「そうなのね」
初めて知った、と言ったような感じで彼女は頷く。
前回はまだ明るいうちに帰ったから、ライトアップした光景を知らないのかもしれない。
かく言う俺もここに訪れるのはまだ2度目なので偉そうなことなんて言えないけれど。
バスが紅葉街道前のバス停に止まる。
さすがに秋のシーズンほど下りる客はいなかった。
朱色のないこの街道はやっぱり寂れていたけれど、それはそれで趣があっていい。
「オフシーズンに来るのは初めてかも」
そう言いながら少し強く俺の手を握った。
前回はまだぎこちなかった手繋ぎだけど、今となっては強固な絆を感じ取ることが出来る。
ぶらぶらと歩き、紅葉街道を抜けると、いろんな店が構える通りまでやってきた。以前はここの鮎料理を堪能したのをよく覚えている。
「ここの鮎料理、美味かったよな」
「そうね、また食べてみたいわ」
なんて話をしながら、俺達は通りを後にする。
本当はあの鮎料理店以外にも訪れたい店はあるけれど、今日はそんな気分ではないし、そんな胃袋は持ち合わせていない。
少し歩くと、空が紫になり始めた。ぼうっと、街の明かりが優しく光る。
最近になって夕方が長くなってきたけれど、それでもまだ16時半だ。
「綺麗ね。まるで天の川の上を歩いているみたい」
「そうだな」
亜弥らしい可愛いたとえだ。
この遊歩道はどうやら特殊な作りになっているらしく、光に照らされると白っぽい無数の光が反射するようにできている。
それがまるで星のように輝き、宇宙を歩いているような錯覚に陥るのだ。
俺は彼女の手をほどき、立ち止まる。
不思議と、そこに緊張感はなかった。
「大事な話があるんだ」
決戦の場所は、ここしかない。
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