第36話「花より団子」

 しばらく紅葉を堪能した後、俺達は再びバスに乗り、市街地に向かう。


「今度は夏海と来てみようかしら」

「いいんじゃないか。きっと喜ぶよ」


 亜弥と夏海があの紅葉街道を並んで歩く姿が目に浮かぶ。そこに俺の姿も入れたいところだが、さすがにやめた。


 プシュー、とバスは駅のバス停に到着する。行きの時よりも少し距離が長く感じたのは気のせいだと信じたい。


「買い物でもしようか」

「あら、あなた買いたいものでもあるの?」

「いや、ないけど。亜弥は?」

「特にないわね……」


 と言いつつ、買い物には結構前向きな様子だ。


 時刻は午後3時を少し回っていた。買い物で散策しながら、カフェで休憩するのもいいかもしれない。


「その前にお茶にしましょう? どこかいいお店はないかしら」


 どうやら考えていることは同じ見たい駄。いや、ひょっとしたら彼女は花より団子タイプなのかもしれない。

 現に、彼女の目は甘いものを見るそれと同じだ。


「ちょっと小腹が空いてきちゃった。佐伯くん、行きましょう」


 スタスタと亜弥は駅ビルに入っていく。

 亜弥が甘いものが好きというのは昔から知っていたけれど、まさかここまでとは思いもしなかった。

 なんてことを考えていたら、早くも彼女と見失いそうだ。


「待って」


 すぐさま俺は亜弥の後を追いかける。

 追いついた時の彼女の第一声は「先に行っちゃうところだった」だった。プリプリとほっぺたを膨らませながら言うので何とも可愛らしい。


 歩くこと数分、俺達はフードコートのデザート店へ足を運んだ。

 テーブルや椅子にパステルカラーを多く使っているような店だからか、客のほとんどは女性ばかりでなんだか俺が浮いてしまう。


「なんだか恥ずかしいな」

「堂々としてればいいのよ」


 と彼女はアドバイスする。しかしこのなれない空間は、もはや異国の地に等しい。


 亜弥に促されるまま、俺はテーブルに座る。

 反対方向では彼女が真剣な目でメニューを見る。


「やっぱりパフェにしようかしら。いや、クレープもいいわね。ああ待って、ケーキもいいし、悩むわあ」


 なんだか今日の中で一番目がキラキラと輝いていた。やっぱり花より団子タイプなのだとここで確信する。


「あなたは何か食べたいものはないの?」

「いや、君と同じでいいよ」

「そう」


 やけに冷たい返事だった。再び亜弥はメニューとにらめっこを始めた。

 こんな風になっている亜弥は、なんだか子供っぽくて可愛かった。付き合っていたとこには見せたことのない一面だ。

 彼女が変わったのか、それとも元々こうで俺には見せたことがないのか、それはわからない。

 けれど、今こんな彼女を堪能できるのは、昔の俺には申し訳ないが、今の俺の特権なのかもしれない。


「決まった?」

「決まった」


 多分ここまで10分くらいかかったと思う。亜弥は店員を呼んだ。


「この『季節限定のオススメモンブラン』2つ」

「かしこまりました」


 悩んだ割にはシンプルな答えだと思う。


「ショートケーキもあったのに、それにはしないんだな」

「迷ったのよ。でも私、季節限定っていう言葉に弱くて」

「なるほど」


 偏見だが、多分「特売品」とか「プレミアム」という言葉にも弱そうだ。何となくだがそんな確信が持てた。


 デザートなので料理が運ばれるのに時間がかかると思ったが、案外そんなことはなく、すぐにモンブランがやってきた。


 一口頬張ると、モンブランの甘さが口の中で広がる。他の店とは明らかに美味さのレベルが違う。


「すごい美味しい」


 俺がそう呟いているのも気にならない様子で、彼女は俺以上にモンブランを堪能していた。

 ゆるゆるになった彼女の頬が、最高だと叫んでいる。


 彼女が全部完食したところで、ようやく目が合った。ポッと顔がまた真っ赤になる。


「美味しかった?」


 その追撃に耐えられなくなったのか、亜弥は下を向いた。やっぱり彼女は可愛い。

 俺も残ったモンブランを堪能する。一口目に食べた時よりも甘さが口いっぱいに広がり、体中に染み渡る。


 店を出た後は、目的もなく駅ビルの中を探索した。服屋に行ったり、靴屋に行ったり、食器を見に行ったりもした。


「ねえねえ、この服夏海に似合うかしら」

「これなんてどう? 夏海には子供っぽすぎるかしら」

「このお皿可愛いわね。クッキーが映えそう」


 なんだか似たような光景をどこかで見たような気がする。こういうところでも、亜弥と水野先生は相性良いのかもしれない、と思ってしまった。


「あなたは何か気に入ったものはないの?」

「こういうファッション系には疎いから。何がいいのかもよくわからん」

「なら私が見てあげようか」

「いいよ。服は今のところ間に合ってるから」


 正直一人ファッションショーを開催されるのが少し面倒だった。あとはちょっと恥ずかしい。


 その後も時間が経つのを忘れ、ウインドウショッピングを続ける。

 特に買いたいものもないが、ただ並んでいる商品を眺めているだけでも少し楽しい。それは相手が亜弥だからかもしれないけれど。


 スマートフォンの時計を確認すると、既に18時を回っていた。


「どこかお食事でもしましょうか」


 彼女の提案に俺は乗った。このまま帰るのもなんだかもったいない。


 俺達は駅ビルを出て、駅とは反対方向に歩いた。なんでも美味しい中華があるらしい。

 中華、と聞いて俺の腹減りのメーターも、ぐんと空を表示した。どうやら俺も思っていた以上に食い意地があるらしい。

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