第35話「ツーショット」
鮎ご飯を食べ終わった俺達は、会計を済ませ、店を出る。腹も丁度いい感じに膨らんだ。
「さて、この後どうしようか」
予定なんてない。場所を決めたら、後はその辺をのらりくらり。それが俺の旅行スタイルだ。
まあこの後街の方に戻ってショッピング、という手もある。
「私、もう少しこの紅葉を見ていたいわ」
「わかった」
彼女がそう言うので、また俺達はこの周辺をブラブラと歩いた。
人通りは少なかったから、手は繋げなかった。
「夏海にも見せてあげたかったわ。こんなにも綺麗なのに」
「じゃあその分写真に収めようよ」
「そうね」
パシャリ、パシャリ、と亜弥はスマートフォンのシャッターを押す。そんな風にはしゃいでいる彼女を俺は眺めていた。
すると不意に亜弥は俺の方にスマートフォンのレンズを向ける。写真を撮られるのは苦手だ。反射的に顔を隠してしまう。
「ねえ、いいじゃないちょっとくらい」
「嫌だ。恥ずかしい。そもそも俺の写真を撮ってどうするんだ」
「亜弥に見せるのよ。大丈夫、SNSには載せないから」
「そういうことじゃなくてだな……」
はあ、と溜息をつきながら、俺は顔をガードする。しかし亜弥は食い下がる様子はない。
俺もやられっぱなしは嫌なので、スマートフォンのカメラを彼女に向けた。
「ちょっと、やめてよ」
「いいじゃないか。減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃないわよ。恥ずかしいじゃない……」
ブーメランが彼女に刺さった。さすがに亜弥もそのことに気づいたようで、グサリと心臓にブーメランが突き刺さった音が聞こえたような気がした。
「1枚だけでいいから」
「嫌だ」
「ケチ」
その後しばらくはそういう言い合いが続いたが、俺が折れたことで事態はなんとか収拾した。
「もう、ピースくらいしたらどうなの?」
「恥ずかしいじゃないか、そんなの」
「恥ずかしいことないわよ。ほら」
俺にピースを促す亜弥はなんだかウキウキしているようだった。ひょっとして、俺をいじって楽しんでいないだろうか?
反撃第2弾だ。
「君も一緒に映ってくれるならいいよ」
「はあ?」
ここまで声が荒れた彼女を俺は知らない。また紅葉みたいに顔を赤く染める。
「どうして?」
「いや、なんとなく。わがまま」
「何よそれ、意味わかんない」
いくら亜弥でもこんな突拍子もないことを言われたら怒ってしまうだろう。やってしまった、と俺は頭の中を反省の一色に染めた。
しかし亜弥は不機嫌な様子を浮かべつつ、俺の方に幅を寄せる。
「ほら、撮るから。何かポーズして」
「え?」
彼女は手を伸ばし、スマートフォンをインカメにする。
自撮りをするのに慣れていないのか、それとも俺と一緒にいるのが恥ずかしいのかわからないが、とにかく亜弥は耳まで真っ赤だった。
それは俺も同じだったため指摘はできなかったけれど。
パシャリ。
シャッターの音だけが鮮明に聞こえる。雑踏や人混みの音は全く耳には届かなかった。
「やっぱり恥ずかしいわ。なんでこんなことさせたのよ」
「いや、ちょっとからかったつもりだったんだけど……」
「……バカ!」
プリッとフグのように頬を膨らませ、プイッとそっぽを向いてしまった。やっぱりやらかしてしまったかもしれない。
しかし拒否をしなかったところを見るに、下衆な話だが彼女もまんざらではなかったのかもしれない。
いやいや、亜弥には今なお思い続けている人がいる。これはきっと友情の範疇だ。
なんて勝手に自己解釈していたところ、1件のメッセージが届いた。相手は隣にいる亜弥だった。
なんだろう、直接言えばいいのに、と思いつつメッセージアプリを開く。
「うわ……」
メッセージの代わりに、さっき撮った写真が送られてきた。
俺も亜弥もどちらも表情はガチガチで、亜弥が近づいてくれたとはいえやっぱり距離が離れているので俺が見切れてしまったりバランスが保てていなかったりと、写真映りが悪い。
「こんなの、夏海には見せられないわ」
隣では亜弥がポツリと呟いている。確かにこれを彼女が見たらどう思うだろうか。
しかし、亜弥とツーショット写真を撮れたことは思わぬ収穫だった。まあ見栄えは悪いが、一つの宝物ができた。
こっそりと俺はこの写真を保存する。あとで削除されてしまったらたまったものではない。
「…………どう、しよっか」
「……」
答えはなかった。多分冷静になれる時間がほしいのだろう。俺だってほしい。
「もう少し、ここにいる?」
彼女は何も言わず、コクリと頷いた。俺も、黙って川を眺めることにする。
多くの人がこのベンチ近くの道を歩いているはずなのに、不思議と自然の音しか聞こえない。
川のせせらぎ、鳥のさえずり、葉の重なり……もちろん俺の鼓動の音だって。
「さっきはごめん、変なことになっちゃって」
とりあえず謝っておく。雷が落ちるのは承知の上だ。
「結構恥ずかしかったのよ。自撮りもあまりしたことないし。周りの人にどんな風に見られたか」
はは、と相槌のような笑みがこぼれる。
本当に申し訳ない。いくら仕返しだと言っても、ちょっと調子に乗りすぎていた。
肩を落とす俺を哀れんだのか、彼女は優しく声をかける。
「まあ、そんなに心配しないで。別に恥ずかしかっただけだから、そこまで気にしてないわ」
「面目ない」
行きましょう、と彼女は立ち上がり、俺に手を指し伸ばす。あんな公開処刑にも近いことをされたのに、亜弥は微笑んでいた。
「いつまでも辛気臭い顔してちゃダメよ? 運気が逃げちゃう」
「……そうだね」
亜弥の言う通りだ。いつまでもうじうじしているのもいけない。折角のデートなんだ。もっと楽しまないと。
俺は彼女の手を取る。亜弥の肌のぬくもりが心臓まで響いて、鼓動も落ち着いてきた。
でもそれはそれとして調子に乗らないと反省はしよう。
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