第47話「新しい仕事先」
ミニコンサートの件は解決した。
次は明日香の新しい職場探しだ。
どの仕事も楽ではない、というのがおそらく社会の一般的な解釈だろう。
それでも明日香にとってこれが天職だと言えるような、そんな仕事はないだろうかと少し考えてしまう。
だって、またここで無理をさせてしまったら、また明日香は壊れてしまうだろう。
一番は、明日香に理解のある職場がいい。
「明日香は、どこで働きたいとか、どんな仕事をしたいとか、ある?」
「うーん、特にないかな」
夕食を終えたあたしたちは、互いに明日香の新しい仕事先を探すべく求人サイトをチェックした。
コンビニやスーパーなど、いろいろ種類はあるけれど、明日香はいまひとつピンときていないようで、首を捻りながら次から次へと流していく。
多分明日香のことだから、どの仕事もそつなくこなしてしまうのだろうけれど、それでまた自分を追い詰めてしまったら本末転倒だ。
やるなら、自分の好きなことをやった方がいいと思う。
「あ、これいいかも」
そう呟いて、明日香はその求人のページを開いた。
明日香が選んだのは、とある塾の塾講師アルバイトだった。
週1日からシフトに入ることができ、給与も1回の授業で2000円弱とそれなりにいい。
しかも、学校の先生と違って塾講師はただ勉強のことだけに集中すればいいから、そういう意味ではかなり楽な仕事ではあると言える。
「塾講師、するの?」
「うん。大学でもこのバイトやってたし、最初は週1か週2くらいにしてもらって、慣れてきたらどんどん増やしてもらおうかな」
いいと思う。
明日香は頭がいいから、どんな難しい問題もスラスラと解けることができたし、あたしや涼葉にいろいろ勉強を教えてくれた。
だから、能力的には塾講師には向いているはずだ。
問題は、体力や精神力がどこまで明日香と順応できるかである。
仕事は一人ではやっていけない。
上司との人間関係、同僚との人間関係、そして生徒との人間関係。
どれだけ仕事の内容が良くても、人間関係が最悪だとまた壊れてしまう。
それだけはどうしても避けたい。
ただ、明日香が選んだ道だ。
あたしにとやかく口出しする資格なんてない。
「正直、あたしはちょっと心配。また、明日香が無理するんじゃないかとか、いろいろ辛い目に遭うんじゃないかって、そんなことばっかり考えちゃう。だから、これだけは約束して。何があっても、自分を優先すること」
「もう、心配性だなあ。わかってるよ、そんなこと。折角生かされた命なんだから、もっと自分を大切にしたいって」
へへへ、と明日香は子供のように笑い、応募する、の項目をポチッと押した。
まずは面接に合格しなければならないところからだろうけれど、まあ明日香のことだから大丈夫だろう。
「じゃあ今日も」
明日香はぐっとあたしに両腕を伸ばした。
あの日から毎日やっている恒例行事だ。
今でもちょっぴり恥ずかしいけれど、効果は絶大で、気分が沈んだ時も明日香と抱擁をしているとすぐに気持ちが穏やかになっていく。
明日香を包んでいると、身体の芯からポカポカと温まっていくのが分かった。
幸せが充填されていく。
容量は無限大だから、いくらでも幸せが体内に蓄積される。
「私、幸せ」
にへら、と口を綻ばせ、明日香はポツリと呟いた。
あたしも同じだ。
この幸せがずっと続いてくれたらいい。
突然、むにっとあたしの腹部を摘ままれた。
思わず「ひゃあっ」と変な声が出てしまう。
「な、何?」
「佳音、ちょっと太ったんじゃない?」
「誰かさんの料理が美味しいからかな。ていうか、今それ気にする?」
「だって気になったんだもん」
そう言われて自分でも二の腕を摘まんでみた。
確かに以前と比べると肉付きは多少ふくよかになった気がする。
というか、今までが細すぎたんだ。
「それを言うなら明日香だってちょっと太ったんじゃないの?」
「健康的って言ってくださーい……って、ちょっと、佳音!」
あたしだけいろいろ触られるのは癪だ。
あたしも明日香の脇腹をこしょこしょとつねったりくすぐったりして応戦する。
「ちょっと、佳音、くすぐったい」
「うるさい。あたしより全然細いくせに」
「もう、お返し」
「ひゃっ」
また明日香もやり返してきた。
そこからはくすぐり合いの応酬で、互いに脇や脇腹などを重点的に攻めていく。
しかし1分を過ぎたあたりからお互い体力に限界が来てしまい、ぺたんと膝をついて床に転がり落ちた。
ぜえ、ぜえ、とあたしたちは息を切らしながら互いに見つめ合う。
こんなに疲れたハグの日は他にないだろう。
「…………ふははははは」
突発的に明日香が笑うので、あたしもつられて笑ってしまった。
たまにはこういう日もあっていい。
ちょっとした運動をすると、少々小腹が空いてきた。
その証拠に誰かさんの腹の虫が鳴り、その本人は顔を真っ赤にする。
「コンビニ行こっか」
「うん…………」
コクリと頷き、あたしたちは外に出た。
5月の夜はまだひんやりと肌寒かった。
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