第40話「大人になる」

「今日は……ご迷惑をおかけしました」


 駅ビルを出たあたしたちは、先程までライブを行った場所まで戻ってきた。

 ペコリと芳賀くんは頭を下げ、帰り道が同じ方向の咲良ちゃんに連れられて駅の改札へと歩いていく。

 普段の彼と比べると随分と丸くなったものだ。

 あたしの言葉がどこまで響いてくれたかはわからないけれど、ちょっとは夢について前向きに考えてくれるきっかけになってくれたらいいな。


「なんか、今日の佳音すごくカッコよかった」

「そうかなあ。そんなことないと思うけど」

「ううん、夢のことについて語る佳音、横から見ていてすごくいいなって。尊敬し直しちゃった」

「そりゃどうも」


 明日香に言われていろいろ照れくさい気持ちを隠したくて、空を見上げた。

 夜空には綺麗な月が浮かんでいる。

 満月ではないけれど、十分存在感を表していた。


「大人になるって、なんだろうね」

「25歳は十分大人じゃない?」

「だよねー。お酒も飲めるし、タバコも吸えるようになった。けどいまひとつピンとこないんだよなー。25になっても」


 成人式に行っていないからだろうか。

 いや、多分行ったところで変わりはない。


 あたしが想像する以上に、大人になるということはきっと曖昧で、実はくだらないことなのかもしれない。


「じゃあじゃあ、私は大人に見える?」

「うーん、半分大人かも」

「えー、もう半分は子供?」

「そういうところだよ」


 あたしが指摘すると、うふふふふ、と明日香ははにかんだ。

 こういう無邪気な笑顔を見せるのは、やっぱり子供らしいなと思う。


 夜道を2人で歩く。

 まだ4月の初めだから、少し肌寒い。

 にも関わらず、明日香は唐突に「アイスが食べたい」と言ってきた。


「なんでアイス?」

「いいじゃん。食後のデザート」


 強引に近くのスーパーまで連れていかれたけれど、本音を言えばあたしも少し口直しがしたかったところだ。


 アイスのコーナーにて明日香は真剣に吟味する。

 そこまで慎重にならなくてもいいだろう、と心の中で思いながらも、あたしもどのアイスにしようか選んでいた。

 結局慣れ親しんだバニラがいい。


「あたし決めたけど、明日香は?」

「待って、まだ迷ってる。カップにする? いや、某アイスを箱ごと買っていつでも食べられるようにするのもいいな。あー、このコーンのやつも食べたい。うーん、いろんなのがあって迷うなあ」


 呆れて何も言えない。

 はあ、と小さく溜息をついた。

 だけどなんだか高校時代に戻ったような気分だ。


 それはどうやら明日香も同じだったらしい。


「なんか、高校の頃を思い出すね」


 明日香の言う通り、あたしたちは高校時代、よく買い食いをしていた。

 コンビニスイーツやアイス、肉まん等々……少なくとも周囲に1回は学校の帰りに何かって一緒に食べていたような思い出がある。


「明日香のお母さん厳しかったから、たまにバレて怒られてたよね」

「あー、あったね。みっともないとか、はしたないとか、いろいろ言われたっけ。今は許してくれるかな」

「許してくれるよ。だって大人だもん」

「うわー、こうやって都合のいい時だけ大人って言葉を使う」


 ふん、と鼻を鳴らし、あたしは強制的に明日香の分のアイスを選んだ。

 あたしと同じバニラ味のカップアイスだ。

 しかもアイスの中では少し値を張る高級品。


「え、佳音が支払ってくれるの?」

「そんなわけないでしょ。こればかりは自分で払いなさい。そのくらいのお金は持ってるでしょ? 貯金7桁の癖に」

「はーい」


 ぶう、と明日香は口をとんがらせ、渋々レジに並ぶ。

 あたしの方はもう財布がすっからかんでピンチなので、このアイスを選ぶ余裕なんて本当はないのだけれど、せっかく明日香がこういうことを言い出したのだから、ちょっといいアイスを買いたいという欲が出てしまった。


 会計を済ませ、袋にドライアイスを詰め込み、アイスを入れる。

 シュワシュワと白い煙が肌に触れるだけで氷漬けにされてしまいそうだった。


「やっぱり季節外れだったんじゃないの?」

「まさか。アイスはいつ食べても美味しいんだよ」


 それ、高校時代にも言っていたな。

 あたしはアイスを食べる明日香の隣で肉まんを頬張っていたっけ。

 やっぱり寒い日には温かいものを摂取するに限る。


 歩いて数分、自宅へと戻った。

 まだこの新しいマンションが自分たちの家だと実感できずにいる。


 さっそくダイニングで袋からアイスを取り出し、蓋を開ける。


「いただきます」

「いただきます」


 声を揃え、付属していたヘラ状のスプーンで一口食べた。

 他のアイスとは違う、しっとりとした触感に控えめな程良い甘さが口の中で溶けていく。

 やっぱり少し高いだけあって段違いに美味しい。


「美味しいね、佳音」

「そうだね」


 ふふふ、と満面の笑みを浮かべる明日香を見て、あたしも口元が綻んだ。

 この笑顔をあたしはいつまでも守っていきたい。

 そんなことを心に刻みながら、あたしはまた一口アイスを食する。

 この味は、幸せの味だ。

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