第38話「夢を追う者」
あたしたちは駅ビルのレストランに向かった。
あたしの隣に明日香が座り、正面に芳賀くん、そしてその隣に咲良ちゃんが座る。
芳賀くんはここまで一言も喋らず、俯いたままだった。
「咲良ちゃん、よく芳賀くんを抑えられたね」
「ああ、小さい頃から空手を習ってるので」
「へえ。あ、いつもライブの時に言ってる用事ってこれ?」
「そうなんです。あと塾の日もあるので、それで毎回ライブに行けないんです」
「そうなんだ」
そんな話をしている場合ではない。
今は芳賀くんのことだ。
「とりあえず注文、先に頼んじゃおうか。何食べたい? あたし、奢るよ」
「いえ、いいです。佳音さんに出してもらうなんて」
「いいから。ここは大人としての威厳を見せなきゃ」
と意気込んでみたのはいいものの、そこまでお金に余裕はない。
最悪クレジットでなんとかするか。
それでも食い下がらず咲良ちゃんは「自分で払います」と言っていたけれど、財布を確認したところ手持無沙汰だったようで、渋々「お願いします」と言ってハンバーグセットを注文した。
明日香も咲良ちゃんと同じものを注文する。
「芳賀くんは?」
「俺は……いいです。食欲ないんで」
「ダメ、ちゃんと食べないと。ほら遠慮しないで」
相変わらずむすっとした表所ののままだったけど、芳賀くんはハンバーグステーキセットを注文した。
セットメニューの中でも割と高い部類に入る上に、サイズを一番大きいものにしているあたり、あたしにたかる気満々なのが伝わってくる。
それとも、見た目に寄らず食べる人なのだろうか。
あたしはと言うと、お金に余裕がないからハンバーグセットを注文した。
本当はもう少し安いもので妥協したかったのだけど、先程ライブを行ったためお腹がペコペコだ。
こういう浪費癖が貯金できない理由なんだろうな。
料理が来るまでの間、あたしは芳賀くんにいろいろ尋ねてみることにした。
手錠も何もないけれど、隣には咲良ちゃんが見張っているし、今のしゅんとした芳賀くんを見ているとそんな手出しをする様子もなさそうだ。
「あたし、芳賀くんに嫌われてるのかなって思ってたけど、今日確信した。芳賀くん、あたしのこと大嫌いでしょ」
「まあ、はい」
否定しろよ、と少し思ったけど、予想通りの反応だ。
隣で狼のように威嚇する咲良ちゃんの反応も。
「さっき、夢がどうとか言ってたけど、あたしを嫌う理由って、それ?」
「そうですね。夢がどうとか語ってるやつ見ると、ムカつくんですよ」
目線は合わせてくれなかった。
ぼうっと店の外を眺めるも、声に苛立ちがこもっているのはわかった。
注文した料理が届く。
ハンバーグの香ばしい香りが食欲を刺激するが、誰も手をつけようとはせず、芳賀くんの方に注目を向けていた。
当然芳賀くんも料理には手をつけず、仏頂面を貫くだけだった。
「ほら、食べよ? 冷めちゃうから」
あたしは一番乗りでハンバーグに手を付ける。
こうでもしないと2人は食べないだろう、ということもあったけれど、それ以上にあたしの腹がとんでもないことになりそうだったのだ。
明日香と咲良ちゃんもそれぞれハンバーグセットに手を付けるけれど、芳賀くんだけは相変わらずコップに注がれた水すら手をつけようとしなかった。
「芳賀くんはどうして、夢を見てる人が嫌いなの?」
「それは……夢を見ても虚しいだけだからです」
「それだけ?」
「はい、それだけです」
「あたしはそうは見えないけど」
そう問い質すと、芳賀くんは何かに反応したようにあたしの顔を見て、また顔を下に向けた。
図星だな。
これは何か隠しているに違いない。
「話してくれないかな」
「嫌です」
即答する芳賀くんの襟元を咲良ちゃんがぎゅっと掴む。
話せやゴルァ! と恫喝するその様はまさに裏組織の住人そのものだった。
「痛い痛い痛いって! わかったから、ちゃんと話すから」
はあ、と重たい溜息をついた芳賀くんは、コップの水を全て飲み干してしまった。
「……叔父がいたんですよ。宮村さんみたいに夢に向かって真っすぐで、鬱陶しいくらいのバカ真面目。でもその暑苦しさは、正直嫌いじゃなかった。むしろ尊敬してました。ここまで好きなことに夢中になれる人に。俺は……そういうの、何もなかったから」
芳賀くんの話に一同の手が止まる。
その叔父のことを語る芳賀くんの顔は、とても暗かった。
「そいつは小説家になることを夢見てたんです。高校の時からずっと賞に応募し続けて、でも全然賞が獲れなくて。俺に対してはいつも優しくしてくれたんですけど、やっぱりどこか壊れてたんでしょうね。そいつ、死んだんですよ。首吊りでした」
その言葉に、場の空気が一気に凍りつく。
特に明日香なんか最近死を間近に経験したばかりだから、共感してしまう部分はあったのだろう、両手で胸元を抑える仕草をしていた。
「昨日はそいつの3回忌で、今日はその帰り。まさかあんな場所であんたに出くわすなんて思いもしませんでしたけど」
ふてくされた様子で芳賀くんは話を終えた。
淡々としている様子だったけれど、その表情はどこか辛そうで、苦しそうだった。
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