第36話「宴のピザ」
昼過ぎから部屋の整理をしていたが、いつの間にか外はすっかり茜色に染まっていた。
そういえば今日な朝にパンをかじったくらいで何も食べていない。
ぐう、と腹の虫がダイニングに響く。
「ごめん、お腹空いた……」
明日香は目を伏せてはにかむ。
食欲があるということは健康である証拠だ。
「何か食べよっか」
と言ったものの今日は1日中働き詰めだったからこれ以上動きたくない。
バタン、と仰向けになり、ぼうっと天井を眺めることしかできなかった。
それは明日香も同じで、壁に身を委ね、放心状態になっている。
「どうする? どこか食べに行く?」
「出前頼もうよ。私ピザ食べたい」
覇気のない声だった。
相当疲れているのだろう。
出前はお金がかかるのであまりやりたくないが、引っ越し祝いだ、たまにはこういうのも悪くない。
そういえばピザなんて久しく口にしていないな。
明日香がピザを食べたいなんて言うから、ピザの口が出来上がってしまった。
「じゃあ、そうしよっか」
「わーい」
子供のように明日香ははしゃぐ。
さっきまでくたびれた顔をしていたのに、すぐに元気になった。
やっぱり図体の大きな小学生を預かっているようだ。
あたしは近くのピザ屋に連絡し、ピザを1枚注文する。
2人で分けながら食べれば丁度いい具合になるだろうし、金額的にもこれくらいが丁度いい。
注文の電話をしてから約10分、ピンポーン、とインターホンが鳴る。
「私が出すよ」
「いや、あたしが」
というくだらないやり取りを少しだけやって、結局割り勘にすることでその場を収めた。
玄関にはあたしが向かった。
扉を開け、配達員からピザを受け取る。
熱いので気を付けてください、と忠告された通り箱からピザの熱が伝わってきた。
「あっつ」
テーブルなんてないから、床にそのままピザの箱を置く。
あたしが玄関で受け取っている間、明日香は2人分のコップと皿を用意してくれていた。
コップには水が注がれていて、明日香は今か今かと子供のように座っていた。
「準備いいね」
「ごめん。お腹空いてたから、早く食べたくて」
えへへ、と明日香が笑うのを横目に、あたしは箱を開けた。
中から出来立ての熱気とチーズやらケチャップなどの香ばしい匂いが解放されていく。
あまりにも美味しそうだったもので、さすがに空腹感を覚えた。
また腹の虫が鳴る。
今度は2匹だ。
「えへへへへ」
「あ、あはは……」
もう明日香は臆面もない様子だったけれど、あたしはやっぱり恥ずかしい。
食べよ食べよ、と誤魔化すように発破をかけた。
既に切り分けは店の方で8等分にされているようで、あたしたちはそれぞれ1ピースずつ自分たちのお皿に取っていく。
切り離す時、チーズがでろーんと伸びていたのを見て、明日香はケラケラと笑っていた。
「何がそんなに面白いの?」
「いや、すっごい伸びてる」
そこまで面白いことか、と半ば呆れた目を明日香に向けたけれど、あたしは明日香のその笑顔が見れてとても嬉しかった。
この顔は無理をして出てきたものではなく、おそらく心からの笑顔だろう。
精神疾患はまだ治っていないみたいけれど、それでも病院にいた頃と比べると大分前に進んだと思う。
さて、食べようかとあたしは口にピザを運んだが、「いただきます」と両手を合わせる彼女の姿を見逃さなかった。
こういうところで育ちの良し悪しが出るんだろうな。
あたしはピザを取り皿に戻し、真似するように両手を合わせた。
「美味しいね、これ」
お嬢様は恍惚な表情でピザに舌鼓を打っている。
小食だったけれど、なんでも美味しそうに食べていたのはよく覚えている。
そういえば何度か病院で食事中の彼女と会ったけれど、こんな表情豊かではなかった。
病院食はあまり美味しくないと聞くが、明日香はその時もあまり不満そうな顔を見せずにただ食事を摂るだけだった。
そのころと比べたら、これも心が順調に回復している、ということだろうか。
あたしも一口ピザを頬張る。
久しぶりに食べたけれど、生地の焼き具合、チーズのとろみ、ケチャップの味、その他具材のバランス、全てが完璧にマッチしていて頬が落ちてしまいそうだ。
「美味しい……」
「でしょ?」
「なんで明日香がドヤ顔してるの」
「だって、私がピザ食べたいって言ったもん。感謝してよ」
へへん、と明日香は鼻高々になる。
小学19年生め、という言葉を胸に秘め、あたしはもぐもぐとピザを食することに集中する。
こんな料理、この先何度味わえるだろう。
楽しい晩餐だ。
誰かと食事するとこんなにも料理って美味しく感じるんだな。
ALTAIRのメンバーとは何度か飲みに行っているけれど、それとは違う温かさを感じる。
実家にいた頃も、母さんが作った料理を涼葉と一緒に食べて……いろんな思い出が蘇ってきた。
多分明日香も同じだと思う。
雑談をしながら2人で4切れずつ食べた。
少ないかも、と感じるものの年齢的にこのくらいが胃袋的にベストだ。
食べ過ぎると油が残って大変なことになってしまう。
ピザが美味しすぎて何の話をしたのかあんまり覚えてないけれど、記憶に残らないくらいどうでもいい話だったような気がするのであまり気にしないでおこう。
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