第31話「あたしは、負けない」

 あの公開プロポーズから数日後、あたしはいつもの駅前で路上ライブを行っていた。

 相変わらずみんな目の前を素通りしていく。


 それでもあたしはギターをかき鳴らす。

 これしきの事で負けてはいられない。


 一曲弾き終えると、パチパチパチ、と拍手が送られてきた。

 理恵と咲良ちゃんだった。

 

「今日の佳音さん、すごくカッコよかったです!」


 目をキラキラさせて、咲良ちゃんはあたしに詰め寄ってくる。

 いつも憧れを含んだ目でこっちにやってくるけれど、今日はいつも以上に輝いていた。


 理恵もポンポンと咲良ちゃんの頭を撫でながらあたしに声をかける。


「なんかいい感じじゃん。何かいいことあった?」

「どう……だろ。でもいろいろ腹を括んなきゃって思うことがあってさ。そのおかげかもしれない」


 頭の中で明日香のことを思い描く。

 一緒に暮らすと覚悟を決めた以上、もうウジウジなんかしていられない。

 たとえ誰も見てくれなくたって、あたしはあたしの演奏をする。


 弱気になるな、胸を張れ。


 幼い頃、母さんから言われた言葉だ。

 確か初めてのピアノの発表会の時、不安で仕方がなかったあたしを勇気づけようとした……のかはわからないけれど、その時に言われた台詞である。

 それ以来ずっと何かある度におまじないのように自分に言い聞かせていたけれど、ここしばらくはすっかり忘れていた。


 なんでこんな大事なことを忘れていたんだろう。

 だけどこの前母さんと話をして、ふとそのことを思い出した。

 だから、次の日に明日香の病室に行くとき、堂々とすることができたのだ。

 まあ意気込んだのはいいものの少し肩透かしを食らったような結果に終わってしまったから少々滑稽ではあるけれど。


「じゃあ最後の曲、聴いてね」


 ピックで3つカウントを取り、ギターをかき鳴らす。

 あのクリスマスの日、明日香が目を醒ました時に歌っていた曲だ。

 歌詞は当時高校生だった明日香が書いたもので、すごく明日香らしいまっすぐで明るい言葉が並べられる。

 今も昔もこんなストレートな曲は流行らないだろ、なんて思うけれど、明日香らしさが充分伝わってくるから好きだ。


 一心不乱にギターを奏で、明日香の言葉をメロディに乗せる。

 お気に入りの曲だから、気合の入り方も全然違った。

 こんなことを言うのは眼前の理恵に失礼かもしれないけれど、ALTAIRのサポートよりもはるかに楽しい。


 観客なんてどうでもよかった。

 自分のやりたいように音楽を紡いでいく。

 音楽って、こんなにも楽しかったんだ、と改めて再認識できた。


 曲を終えて、ふう、と一呼吸置く。

 顔を上げると、いつも以上に人が集まっているのが分かった。

 といっても数人程度だけど、それでも理恵と咲良ちゃん以外の人があたしに注目を向けている。

 咲良ちゃんもこの異常事態に戸惑いを隠せない様子だった。


「わ、わ、佳音さん、すごいですよ! 人、いっぱい来てます」

「そう、みたいだね」


 理恵も辺りを見渡したけれど、特に不思議がる様子もなく、冷めた目でこちらを見つめた。


「別にこのくらいで驚いちゃダメでしょ。これよりもっと大きい規模でライブやってんだからアンタ」

「でも、ソロでみんな以外に人が来るの初めてだし……」

「バーカ、堂々としてりゃいいんだよ」


 ポカッ、と軽く頭を殴られた。

 本気のパンチではなさそうだったけれど、それでも少し痛い。


 そうだ、お礼をしなければ。


「えっと……今日はありがとうございました!」


 ペコリと頭を下げ、いつもより数倍大きな拍手を全身で浴びる。

 ALTAIRのライブではこれよりもっと多い拍手と喝采を貰っているけれど、今日ほど拍手が嬉しいと感じたことはない。


 足を止めてくれた人たちは、またそそくさとその場を離れていった。

 まあ、そんなもんだろう、なんて思いながらあたしはギターをケースにしまう。


 だけど今日はなんでこんなにも注目されたんだろう。

 首を捻ってみたけれど、さっぱりわからなかった。

 ただ、最後の曲まではいつも通り閑散としていたけれど、最後の曲になると数人程度だが立ち止まってくれた。

 あの時は、曲を披露することに夢中になっていて、咲良ちゃんや理恵がどんな顔をしているのかすら気付いていなかった。

 だからこそ足を止めてみてくれる人に気付いた時は本当に嬉しかったのだけど……ひょっとしたらギャラリーなんて関係なくただ夢中で演奏したからこうなったのだろうか?


「お疲れ様です! また、佳音さんの演奏聴かせてください!」


 ギターをケースに片付けると、相も変わらず咲良ちゃんはあたしにキラキラとした瞳を向けてくる。

 そんな彼女の方からするすると腕を通し、理恵がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「今日のアンタ、すっごくカッコよかったよ」

「むう、佳音さんはいつもカッコいいんです!」


 なぜか咲良ちゃんが張り合う。

 別にそこまでカッコいいとは思わないけれど、誰かにこうやって思われることってやっぱり嬉しい。

 いつもならここに謙遜の感情が入るけれど、今日は素直に咲良ちゃんの言葉を受け止められる。


 ありがとう、と2人にお礼を言った。

 もうどんなことがあっても、あたしは、負けない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る