第16話「相談と心配事」
「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
バイト先で咲良ちゃんが心配そうに声をかけてくる。
ライブ後のシフトはそのライブのことについてひっきりなしに訊いてくるのが常なのだが、今回は違った。
前からわかっていたことだけど、あたしはどうにもポーカーフェイスが苦手なようだ。
家族で昔ババ抜きをやった時も結局あたしがジョーカーを持っていることが多かったし、根本的にあたしは隠し事をするのが下手なのだろう。
「まあ、いろいろあってね」
「それは見ればわかります。何があったんですか? 教えてください」
咲良ちゃんが尋ねてきたと同時に来店客がやってきた。
ナイスタイミング、とこころのなかで呟きながら接客業務にあたる。
仕事をしていると、余計なことを考えなくて済む。
頭をリフレッシュさせるには丁度いい。
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げ、サラリーマンを見送る。
これでこの話はナシ……と思ったけれど、咲良ちゃんの中ではまだリセットできていなかったらしく、じっと眉間にしわを寄せてこちらを見つめてきた。
この手の話題にはあまり触れてほしくなかったから拒絶の姿勢を見せたつもりだったけれど、あまり伝わっていない様子だったようだ。
「このままだと佳音さん、根詰めて倒れちゃいそうです。ざっくりとでいいですから話してみてください! 私じゃ解決できないかもしれないですけど……誰かに相談するだけでちょっとは心が楽になるかもしれないから」
彼女はぎゅっと制服の裾を掴む。
その手は少し震えていた。
顔をよく見てみると、瞳が少し潤んでいる。
こんなに心配かけて、ダメじゃないか、あたし。
「大丈夫だよ。あたしは平気だから」
「でも」
「大丈夫。心配してくれてるのは嬉しいけど、ちょっと、あたしの中にも整理する時間はほしいからさ。今は、独りで考えさせて」
「そう、ですか……」
しゅん、と咲良ちゃんの方がすぼむ。
気遣ってくれたのは嬉しいけれど、相談したところで高校生の咲良ちゃんには荷が重すぎるだろう。
あたしはガシガシと咲良ちゃんの頭を撫でた。
力いっぱい撫でたせいか、サラサラの彼女の髪がボサボサになってしまった。
「何するんですか」
「ごめんごめん。つい」
「ついじゃないですよ、もう」
むう、と咲良ちゃんはフグのように頬を膨らませる。
やっぱり彼女は可愛い。
あはは、と笑ってごまかして、レジから離れ商品の陳列に向かった。
少し心は軽くなったけれど、それはただマシになっただけのレベルで、本当はまだずっしりと重くのしかかっている。
他人に相談したところで、簡単に解決できるものじゃない。
今の明日香を放っておくわけにはいかないけれど、だからといって具体的な対策があるわけでもないし、うーん……。
はあ、と溜息が床に沈んでいく。
明日香のことを考えれば考えるほど、周囲はどんどん暗く淀んで見えてしまう。
「やっぱり大丈夫ですか?」
レジにいた咲良ちゃんが寄り添って声をかけてくれた。
心配かけてはいけないとついさっき意気込んだのに、こんな迷惑ばかりかけてちゃダメだ。
「大丈夫だよ、なんでもない」
あたしは立ち上がり、仕事に取りかかる。
余計なことを考えるから心が疲れるんだ。
今は仕事に集中しよう。
黙々と作業をしていると、また店の自動ドアが来店客を報せた。
「いらっしゃ……あ、芳賀さん」
少し怯えた声で咲良ちゃんは対応する。
やってきたのは芳賀くんだった。
今日はシフトは組まれていないけれど、家がこの辺りにあるらしく、よく買い物で訪れるらしい。
芳賀くんはコンビニ弁当のコーナーの前で物色しながら咲良ちゃんに言葉を投げつける。
「何その顔。俺が来ちゃダメなの?」
「ダメなんて一言も言ってないじゃないですか」
咲良ちゃんも負けじと食らいついていた。
あたしよりも咲良ちゃんの方が芳賀くんとの相性が悪い。
口論になればしばらく2人は言い争ったままになる。
「ていうか今日シフトないのになんで来たんですか」
「ただの買い物だよ。悪いか」
「買い物ならスーパーを使えばいいじゃないですか」
「ここの方が近いんだよ」
2人は仲が悪いけれど、細かく分析して見ると、咲良ちゃんが芳賀くんを一方的に嫌っていて、芳賀くんにとって咲良ちゃんは眼中にないようにも見える。
芳賀くんの声はダウナーで無機質でぶっきらぼうだから感情が読みづらいけれど、何となくそんな気がした。
しかしこんなところで喧嘩をされては他のお客様に迷惑だ。
「あの、喧嘩はやめてほしいんだけど」
「はい?」
チッ、と芳賀くんは舌打ちをして、唐揚弁当をレジカウンターに置く。
「あとハッシュドポテト1つ」
声が先程より苛立っているのが分かった。
やっぱりあたしとの関係の方が険悪なのかもしれない。
目は合わせてくれなかったけれど、あたしに対して苛立った様子は伝わってくる。
目当ての商品を買えた芳賀くんはスタスタと店を去っていった。
まるで静かな嵐のようだった。
一気に疲れが押し寄せてくる。
「私、あの人嫌いです」
ポツリと咲良ちゃんが呟く。
きっと侮蔑されて相当はらわたが煮えくり返っているのだろう。
けれど彼が愚弄したのは、きっと咲良ちゃんではなくあたしなのかもしれない。
なんとなく、そんな気がした。
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