第18話「寄り添う」
「寄り添う、か……」
バンドの練習中もずっと頭の中にさっきの言葉がリピートする。
あたしは、明日香にちゃんと寄り添えていただろうか?
どれだけ明日香の「本音」を受け止めることができただろうか?
そればかりをずっと考えていて、演奏の方は集中できなかった。
「寄り添うって、誰が?」
「え?」
理恵の言葉にハッとする。
気が付けばメンバー全員あたしに向かって怪訝な目を向けていた。
どうやら心で思っていただけのはずが、口に漏れてしまっていたようだ。
「年内最後の練習だっていうのに、ちょっとたるんでるんじゃない? 寄り添うことを意識してるなら、まずアタシたちの演奏に寄り添って」
「ごめん、ちゃんと集中する」
その後も何度か合わせたけれど、納得のいく演奏ができない。
求められている技量が超絶技巧だ、というわけではない。
単純に、あたしの調子が悪すぎるだけだ。
休憩、と理恵が呟いたのを耳にした瞬間、すぐさまスタジオを出ていつもの喫煙室に向かった。
はあ、と煙を出しても心はリフレッシュされない。
「何しけた顔してんの」
喫煙室の扉が開き、理恵が入ってくる。
さっきのこともあるから、目も合わせられなかった。
「悩み事、あるんでしょ? 吐き出せ」
淡々とした命令口調に少し委縮した。
だけどやっぱり明日香のことを他人に話すには少し抵抗がある。
「…………言えない」
「なんで?」
「なんでって、とも……知り合いの話だから」
ふうん、と興味なさげに彼女は相槌を打つ。
それでも理恵は冷淡な声であたしに詰め寄る。
「言え」
低く、圧のある声だった。
逆らうと命はない。
そう言っているようだった。
その証拠にあたしを見る理恵の目は氷よりも冷たかった。
「言わなきゃダメ?」
「ダメ。このままだとバンドの空気が壊れる。アンタのせいで」
最後のは一言余計だろ、と憤怒したくなった。
けれど実際あたしのせいでこうなっているのだから何も言い返せない。
はあ、と思い溜息が出て、要所要所ぼかしながら言葉を紡いでいく。
「知り合いがね、入院することになったんだ。本人はすごく元気そうなんだけど、それは表だけで、本当はもぬけの殻みたいな。うーん、上手く言えないな」
自分の語彙力のなさを恨めしく思う。
今の明日香の現状をもっと端的に伝えられるはずなのに、それができない。
おまけに話を大まかにしすぎてしまったせいで少々誤解が生じている可能性もある。
「で、佳音はその子にどう寄り添おうかと悩んでいるわけだ」
「そう、なんだけど、なんでわかったの?」
「わかるよ、今の話でなんとなく。まあ、大けがを負って抜け殻になる気持ちもわからなくないかな」
「ああ違うの、そういうことじゃなくて」
理恵の頭の上にクエスチョンマークがつく。
明日香が虚無になってしまったのは、多分入院してからではない。
顕著になったのがそうであって、おそらく飛び降りる時、あるいはもっと前、下手をすればあたしと出会った時から、彼女は空っぽだったのかもしれない。
そういうことを言い表そうとしても、なかなか上手く行かなかった。
理恵が眉間にしわを寄せながらタバコを吸う。
「つまり? その知り合いは元々心が病んでいて、それがきっかけで入院することになって、でもアンタの前だといつも通り明るくて、だけど実際はもぬけの殻みたいな人間になってしまったと。で、アンタはそんな知り合いにどう寄り添ってあげようかと画策してるわけだ」
すごい。
あたしが言いたかったことを纏めてくれた。
だけど相当の労力を要したようで、理恵の顔から少し汗が滲み出ている。
「なんでこんな簡単なこと、わかりにくく難しくくどくど説明するかなあ」
「それは言わないで」
実際あたしはこうやって言葉にして説明するのが難しい。
大体のことは感覚でやってしまう人間だから、高校の時も明日香にギターを教えるのを苦労した。
まあ、彼女の呑み込みが早かったからなんとかなったけれど。
少し声を荒げた理恵だったけれど、ふう、とタバコを一服すると冷静さを取り戻した。
「その知り合いがアンタにとってどのくらい大事な人間かしらないけれど、まあ、ただの友達程度なら放っておいた方がいい。でもアンタがここまで必死に話そうとしてるってことは、多分佳音にとって大事な人なんでしょう?」
あたしはコクコクと頷く。
やっぱり理恵は察しがいい。
なんだかんだ面倒見もいいし、やっぱりALTAIRのリーダーに相応しい人間性をしている。
そんな評価とは対照的に、彼女は面倒くさそうに煙を吐いた。
「やっぱり、無理に関わらない方がいい。アンタも疲れるだけだし」
返ってきたのはとても淡白な返事だった。
理恵らしいといえばそうだけど、さすがに無慈悲ではないだろうか。
しかし理恵は話を続ける。
「でもまあ、寄り添うってのは大事だと思うよ。ただ話を聞いてあげるだけでもいいし。それにちゃんとした答えはないと思うけどね。ま、頑張ってみてよ。その前にアンタはアタシたちの演奏に寄り添ってよね」
タバコを灰皿に捨て、理恵は喫煙室を出た。
的を射た回答は得られなかったけれど、少し励みになった。
「よし!」
ビタン、と頬を思い切り叩く。
清々しい渇いた音が部屋いっぱいに響いた。
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