第14話「ハッピークリスマス」
12月25日、クリスマス。
明日香が病院に運ばれてから、およそ2ヶ月が過ぎた。
容体は安定してきたけれど、まだ目を覚ます気配は感じない。
このところになると寒さはどんどん厳しくなり、外に立っているだけで体の芯から凍ってしまいそうになる。
「やっほー。今日は特に寒いねー。年末年始にかけてもっと寒くなるんだって。ひゃー、たまんないね」
なんて呑気な声であたしは眠ったままの彼女に声をかけた。
当然反応はない。
ひょっとしたらこのまま明日香は目を覚ますことはないのではないか。
そんな不安が日を重ねる度にあたしにのしかかってくる。
だけどあたしは信じてあげたかった。
明日香の「生きたい」という思いを。
だから無理やりでも笑顔を作る。
「もう12月だよ。早いよね。なんかどんどん1年が短くなっていく感じがする」
そんな世間話という名の独り言をぶつぶつと呟きながら、丸椅子を明日香のベッドに寄せた。
医師曰く「耳は聞こえているはずなので積極的に声をかけてあげてください」とのことらしい。
本当に効果があるのかはわからないけれど、少しでも希望があるのならその方法を信じるのみだ。
「昨日さ、ライブがあったんだ。大きいハコで、お客さんもいっぱいで。本当にすごかった。また演奏したいなあ」
自分にも言い聞かせるように、昨夜のライブを明日香に語った。
昨夜は大盛況だった。
ATOMICでの盛り上がりとは比にならないくらいの拍手と歓声があたしたちに飛んでくる。
最高の景色だった。
隣に明日香がいてくれたらもっと最高だったのに。
ふと気が付くと、窓ガラスにアタシの顔が映っていた。
疲れ切ってやつれた顔だ。
暗く淀んでいて、見るからに負のオーラを纏っている。
また顔が曇っているぞ。
ブンブンと顔を横に振り、無理やり口角を上向きにした。
「なんか歌ってあげよっか」
明日香の返事も聞かず、あたしはメロディを口ずさむ。
たまにこうしてアカペラで明日香に歌を届けている。
そうした方が効果的かな、と思ったからだ。
あたしと明日香を繋ぐもの、それが音楽だった。
初めて彼女と出会ったのも、あたしと明日香が同じ音楽教室に通っていたから。
明日香ともっと仲良くなれたのも、あたしがフォークギターを誘ったから。
歌は、あたしと明日香を繋いでくれる架け橋なのだ。
いろんな曲を歌った。
もちろん病院には迷惑をかけない範囲で。
昨日のライブの曲はもちろん、単純にあたしが好きな曲、明日香が好きな曲、あたしたちが生まれる前の曲、子供の時に流行った懐かしい歌、最近話題になっている曲、あたしたちの思い出の曲…………とにかくいろんな曲を歌った。
この行為を明日香の両親がどう思っているか、ある程度察しはつくけれど、少しでも刺激になるのなら、いっそのことご両親の敵にでもなってしまおうか。
なんて思いながら、あたしは明日香と初めてデュエットした曲を歌う。
いまでも自分の路上ライブでたまに演奏するから、歌詞はちゃんと覚えている。
サビに入ろうとしたその時だった。
明日香の瞼がゆーっくりと開いた。
それはまるでハイパースローの映像のようで、その一瞬一瞬に目が離せない。
ぼんやりとした彼女の瞳はしばらく天井を見つめていたが、あたしの方に気が付いたのかコロンとこちらに頭を向ける。
「佳音……」
握り潰れてしまいそうなか細い声で、明日香はあたしの名前を呼んだ。
同時に、ぎゅっとあたしの手を握ってくる。
その力は弱々しかったが、気のせいなどではなかった。
一気に手に熱が伝わっていくのがわかる。
「あ……ああ……」
言葉なんか出ない。
目の前に起きている光景が信じられなくて、ナースコールを押すのも忘れて、ただ呆然と明日香の顔を見ていた。
「明日香、明日香ぁ」
やっと声が出た。
だけど、こんな簡単な単語しか出てこない。
壊れた機械のように、あたしは彼女の名前を呼び続ける。
ボロボロと涙がこぼれ落ちて止まらない。
これは夢か?
疲れたあたしの脳が見せる幻影か?
ハッとあたしが気づいた時には明日香の両親や医師も駆けつけていて、病室はお祭り状態だった。
明日香のご両親もあすかの名前を呼び、医師たちもてんやわんやで彼女に問いかけていた。
未だに目の前の出来事を理解できていない。
あれほど望んだ光景だというのに、実際その現場を目の当たりにするとなかなか頭の処理は追いつかないものだ。
頬を思い切りつねってみたらヒリヒリと痛みを感じたので、夢でないことは間違いない。
「よかった、よかったよぉ…………」
我ながら情けない声だ。
だけど今は泣くこと以外何もできない。
子供のように大声で、ぺたんとその場に座り込み、ボロボロと感情を涙に流していく。
クリスマスにはよく素敵なエピソードが作られがちだ。
あたしにとっては今日、まさに奇跡が舞い降りてきた。
今までの人生の中で最高のクリスマスプレゼントだ。
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