第13話「一緒にいたい人」

 あのライブから数日後、理恵から連絡があった。

 クリスマス当日は無理だが、その前日の12月24日ならライブが可能だという。

 場所はホームグラウンドであるATOMIC……でなく、「GYPSOIHILAギプソフィラ」と言うライブハウスだ。

 何度か演奏したことがあるが、キャパはもちろん音響や照明など、全ての要素がATOMICより優れている。

 よくこんな場所取ったなあと感心しつつ、まあALTAIRなら当然か、という納得感もあった。


 そんな大きなライブを控えているけれど、当然バイトはこなさなければならない。

 今日のシフトは最近入ったばかりの萩本はぎもとさんと一緒だ。

 小学1年生の娘がいる主婦で、娘が学校に行っている時間帯にこうしてパートとして働き始めたらしい。


 萩本さんはこういったアルバイトをあまりしてこなかったらしく、最初は慣れない仕事によりおぼつかない部分が目立っていた。

 しかしそのたどたどしさと、時折見せる優しい微笑み、そして元々の整った若々しい柔和な顔立ちなどといった要素が重なり、結果的に萩本さんのファンができてしまった。


 お店の貢献になってくれることは嬉しいのだけれど、中にはセクハラを通り越して求婚する人も出て来てしまう。

 その度に「お断りします」「既婚者ですので」と毅然とした態度で振る舞う姿はとても凛々しい。

 そのギャップを見たいがために彼女に近づいているのでは? と疑いたくなるけれど。


「聞きましたよ。クリスマスイブの日にライブ、するそうですね」


 レジ打ちの仕事を終えてバックヤードに向かおうとすると、隣のレジから萩本さんが声をかけてきた。


「え? ああ、そうです。どうせ咲良ちゃんから聞いたんでしょ?」

「はい、ご明察」


 萩本さんはその人柄のせいか、多くの人から好かれている。

 ここで働く人の多くが高校生から大学生で、萩本さんの年齢で働いている人はうちにはいない。

 それでも彼女には何か親しみやすさのようなものがあり、多くの人が萩本さんに色々話をしたり、人生相談を受けてもらっている。


「私はそこまで詳しくないんですけど、会場、大きいんですって? 頑張って下さいね」

「はい、頑張ります」


 返事をすると同時に、あたしは明日香のことを思い起していた。

 せっかくのクリスマスなのだから、何かプレゼントとして届けたい。

 だけどその願いは果たして誰かが叶えてくれるのだろうか。


 少し気分が沈む。

 どんよりと、まるで底なし沼にハマってしまったようだ。


「どうしました? 何か悩み事ですか?」


 鋭い。

 萩本さんがよう人生相談の窓口になる理由として、この洞察力が挙げられる。

 何も言っていないのに心の中を見透かされた気分になるから、皆己の内情を語り、萩本さんも1人1人に優しく寄り添って言葉をかけるから、人気が出るのだ。

 おそらくこの職業をやる前はどこかの協会でシスターでもやっていたのではないだろうか。


「まあ、そんなところです」

「話してみてはどうですか?」

「うーん……そうやすやすと相談できるようなものではないので」


 そうですか、と萩本さんが呟く。

 そのタイミングで、新しい客が店に入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 すぐに営業モードに切り替え、仕事に取りかかる。

 明日香のことを相談するには、やっぱり萩本さんもまだそこまで深い関係ではないし、第三者にずけずけと口外するようなことではない。

 デリケートで他人にこの重荷を任せられないからこそ、その分あたしに重圧がすごくのしかかってくる。


「ありがとうございました」


 客はコンビニ弁当を買って出ていった。

 また店の中が閑散とする。


「何か力になれそうなことがあったら、いつでも相談してくださいね」

「ありがとうございます。でも今は間に合ってますので」


 そう口にして、少し疑問が浮かんだ。

 言うべきか言わざるべきが悩んだが、やはり知っておきたい。


「萩本さんにとって、一番大事な人、人生で一緒に生きていきたい人っていますか?」

「もちろん。旦那と娘は私の宝です。死んでも守りたい大切な宝物」

「死んじゃったら元も子もないじゃないですか」

「それもそうですね」


 クスクスと萩本さんが笑う。

 釣られてあたしも笑った。


 あたしにだって存在している。

 ただ1人だけ、一緒にいたい人。


「それがどうかしたんですか?」

「いえ、何となく訊いてみただけです」

「じゃあ宮村さんにもそう人いるのかしら」

「はい。自慢の親友です」


 明日香は、あたしにとっての宝物。

 一生消えない心の灯火。

 だからあたしは、精一杯の音楽を届けるつもりだ。

 この音楽がきっと明日香にも届いていると信じて。


「ライブ、応援してくださいね」

「ええ。陰ながら応援しています」


 また客がやってきた。

 今度はそれなりにぞろぞろと人が続いて入ってきて、しばらく閑古鳥は鳴かなかった。

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