第8話「母の言葉」
病院に向かい、昨日と同じように意味もなく遠くから明日香を眺め、帰宅する。
こんな無意味な行為に意味なんかあるのか、と自問自答したくなった。
自宅に戻り、疲れた体を癒すように横になる。
しかしマットも何も引かれていないただの床にそんな癒しの効果など期待はできない。
食欲も沸かず、ただ疲労だけが身体に蓄積されていく。
あたしは、この先どうすればいいんだろう。
気が付けばあたしはスマホを手に取り、母さんに電話をかけていた。
どうしてこんな行動を取ろうと思ったのか、自分でもわからない。
本能、というヤツだろうか?
『おお、佳音。久しぶりだなあ。元気にしてたか?』
「うん、まあ」
男勝りな口調で母さんは電話に出る。
その声を聞いただけでどこか安心している自分がいた。
『それで、何か用?』
「うん。えっと、明日香のことなんだけど」
『おお、明日香ちゃんか。懐かしいな。確かあんたと一緒にギターやってた。それで明日香ちゃんがどうしたの?』
「あのね、実は……」
上手く説明できたかわからなかったけど、あたしは事のいきさつを全て説明した。
途中言葉が詰まりそうになったところが何度かあったが、そこはグッと堪えて全てを伝えた。
その間、母さんは何も言わず、黙ってあたしの話に耳を傾けていた。
『そっか……あの子、無駄に真面目だったもんな。ご両親も厳しかったし、それで思いつめちゃったのかもしれない』
「あたし、どうすればいいのかな……」
これ以上堪えることは難しかった。
ポロリ、ポロリと涙がこぼれ落ちていく。
そんなあたしを宥めるように、母さんはいつも以上に優しい声で言葉をかけてくれた。
『何もできなくていいから、傍にいて支えてあげな。遠くから見ることしかできないのなら、ちゃんと見守ってあげて。それがあんたに、あんたにしかできないこと』
「あたしにしか……」
母さんの口調はすごく優しかった。
それと同時に、すごく強いエネルギーを感じた。
さすが、あたしの母さんだ。
一気に悩みや不安が吹き飛んでいく。
「ありがとう、元気出た」
『どういたしまして。あ、隣で
涼葉はあたしの妹で、この春大学生になったばかりだ。
あたしより勉強ができて、スポーツが出来て、家事もなんでもこなせる、まさにデキる女だ。
ひとつあたしが涼葉に勝っているところを挙げるとするならば、音楽に関することくらいだろうか。
勝ち誇れるのはそれだけしかない、自慢の妹だ。
電話の主が母さんから涼葉に変わる。
『もしもしお姉ちゃん? お母さんとの会話聞いてたんだけど、どういうこと? 明日香お姉ちゃん自殺したの?』
「まだ死んでないよ。けど、状況はかなりマズいかも。最悪のケースも覚悟してくださいってお医者さんからも言われてたから……」
あたしの発言を受けて、涼葉は言葉を失った。
再び母さんに電話が戻る。
『今は現代医療に祈るしかないさ。歯がゆいけど、あんたには今それしかできないから』
「うん、そうだね……」
少しだけ、亡くなった父さんと明日香が重なる。
ひょっとしたら電話の向こうにいる母さんも同じように過去と昔を重ねているのだろうか。
「とにかくあたしは明日香の傍にいるよ。ありがとう、母さん」
電話を切り、重い腰を上げる。
少し疲れたし、お腹も空いた。
あたしにも生きる気力というのが生まれたのだろうか。
財布を持ち、コンビニに向かう。
久しぶりに一杯やりたい気分だ。
明日香が元気になったら、また一緒に呑みたいな。
明日香のことを考えていたら、不思議と笑みが零れた。
あの日以降、なるべく考えないようにしていたのに。
「…………よしっ」
鼻歌交じりで夜の道を歩く。
来週はちゃんとライブが出来たらいいな、なんて思いながら。
次の日も、その次の日も、あたしは病院に通い続けた。
雨だろうがバイトの日だろうがバンドのヘルプがあろうが、時間があれば毎日欠かさず病院に足を運んでいた。
何かができるわけじゃないけれど、何もできないなら傍にいて見守ってあげたい。
そんなエゴが身体を突き動かす。
「あたし、待ってるから。ずっと、ずっと。だから元気になったらさ、また一緒に遊びに行こう?」
窓の外からポツリと呟いても、当然返事はない。
だけど以前より悲観することはなくなった。
むしろ、僅かに残った可能性を信じることができるようになった。
その可能性がたった1%未満だったとしても、あたしはそこに全財産をつぎ込める自信と覚悟がある。
明日香は必ず目を醒ます。
そうじゃなかったら逆に困る。
まだ、明日香に言いたいことが山ほどあるんだから、逃げずにちゃんと聞いてほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます