第7話「コンビニにて」

 翌日は昼前からコンビニでのシフトが入っていた。

 本当は行きたくないけれど、行かなければ生きていくことはできない。

 重たい体に鞭を討ちながら、あたしはコンビニに向かい、制服に着替える。


 先にシフトに入っていた芳賀はが君はレジであたしを蔑むような目で一瞥すると、商品の陳列の方に向かってしまった。

 あたしの方がここのバイトの先輩ではあるが、正直舐められている。

 まあ、彼はここに来た時からこんな感じだったけれど。


「君達、相変わらず仲悪いね」


 バックヤードの方から店長の野島のじまさんが半ば呆れたような顔をしながらやってきた。

 ぽよんとたるんだお腹が特徴的で、その優しそうな顔と相まって「プーさん」と言われているのは彼には内緒だ。


「まあ、向こうが一方的にあたしのことを嫌ってるだけなんですけどね」

「みたいね。それよりも宮村さん、大丈夫? なんか顔色悪いけど」


 野島さんに指摘され、あたしはぺたぺたと自分の顔面を触る。

 もちろんそんなことをしたって確認なんかできない。

 ただ、心当たりはあった。


「……大丈夫です」

「そう? 何かあったらいつでも相談してね」

「ありがとうございます、はい……」


 ペコリと頭を下げる度、ずしんと重石のようなものがのしかかってくる。

 この人にはいつも迷惑をかけてばかりだ。

 一応、ここでは野島さんに次いで一番長く働いているからちゃんとしなきゃなとは思っているのだけれど、実際はいつまで経っても野島さんに、特に芳賀君関係で助けられている。

 

「宮村さん」


 冷たい声に思わずびくりと背筋が凍り付く。

 振り返ることすらできなかった。


「邪魔なんスけど。用がないならどいてくれませんかね」


 芳賀君とはここで一緒に働いて3年になるけれど、未だに彼の冷たい口調には慣れない。

 どうして嫌われているのかもわからない。

 多分、生理的にあたしのことが受け付けられないんだろう。


「ああごめん、すぐ退くよ」


 あたしは逃げるようにレジから離れた。

 本当はあたしだって、ほんの少しでいいから彼と仲良くなりたいのだけれど、芳賀君の方が拒絶してしまっているからなかなか上手くいかない。

 どうしようかと模索しようにも、原因がわからないのだから対策が練れない。

 泣きそうなのを堪え、あたしは仕事に取りかかった。


 夕方4時になると、芳賀君と入れ替わるように咲良さくらちゃんがシフトに入った。

 お疲れさまでした、と芳賀君は小さく呟いてスタスタと店を去っていき、よろしくお願いします、と咲良ちゃんは制服を着てレジに立つ。


「高校、もう終わったんだ」

「はい! 急いで来ちゃいました」


 フン、と少し興奮気味に咲良ちゃんは口にする。

 彼女はあたしに憧れのようなものを抱いている節があるようで、高校でも軽音楽サークルに入っているらしい。

 あたしなんかよりも憧れる相手はいっぱいいるのに。


「あ、そういえば今日ですよね、佳音さんの路上ライブ。この前は用事があっていけなかったんですけど、今回はちゃんと見に行きます!」

「ああ、それなんだけど、今度はあたしの方が駄目になっちゃってね。悪いけど今日のライブは中止。ごめんね?」

「そうなんですね……ちょっと残念です」


 しゅん、と咲良ちゃんは肩をすぼめる。

 小柄な体格と相まって、なんだか小型犬を眺めているような気分だ。


「それはそうと、佳音さん、ちょっと顔色悪くないですか?」

「そう、かな。芳賀君にいろいろ言われたからかも」

「ああ、芳賀さんですか……私も苦手です。顔はまあ、いいと思うですけど」


 確かに咲良ちゃんの言う通り、芳賀君の顔立ちはシュッと整っていて、芳賀君目当てで訪れる客も少なくない。

 高身長で、スタイル良くて、おまけにイケメンだ。

 外面だけ見ればすごくいい物件であることは間違いないのだけれど、内面が言わずもがなである上、根本的に人の気持ちを理解しようとしない節がある。

 実際咲良ちゃんも働き始めて数日で早速芳賀君の毒牙を食らったらしい。


 しかし咲良ちゃんだって顔立ちはとても整っていると思う。

 すらっとした黒髪には目を引かれるし、くりくりとつぶらな瞳は見るもの全ての心を癒す。


「まあ佳音さんの方がカッコイイですけどね!」


 なぜか咲良ちゃんは胸を張った。

 本当にあたしのことを尊敬しているんだな、と少し嬉しく思うと同時に、ぎゅーっと胸が締め付けられる。

 あたしは、彼女の期待に何一つとして返せていない。


「何言ってんの。あたしよりも咲良ちゃんの方がずっといいよ」


 ポンと咲良ちゃんの頭を撫で、レジ業務に戻った。

 あたしに憧れるよりも、違う誰かを追いかけた方がずっといい。


 それから2時間して、あたしも今日の分のシフトを終える。

 お疲れさまでした、と野島さんに挨拶し、店を出ると、その足で明日香の眠る病院に向かった。


 夕食替わりに廃棄のおにぎりを食べながら、あたしは スマホのカメラ機能で自分の顔を見る。


「あたし、そんなに顔色悪いか?」


 少しだけ半信半疑だったが、確かに指摘されている通り、心なしか色白に見える。

 おまけに酷い顔つきときたものだ。

 これは重症だな、なんて軽く嘲りながら、あたしは電車に乗り込んだ。

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