第3話「2人の出会い」

 明日香と出会ったのは、今から20年近くも昔、まだ小学校に入る前のことだった。

 母さんがやっていた音楽教室で出会ったのがきっかけだ。

 でも最初の頃は会話らしい会話もなくて、そもそもそこまで関心も持っていなかった。

 せいぜい「ピアノが上手な子がいた」「お人形さんみたいで可愛かった」程度の印象しかなかった。


 でも小学校低学年の時、ピアノの発表会で彼女と連弾したことで、一気に距離が縮まった。

 この采配をした母さんには感謝しかない。


 それを境に、あたしたちは待ち合わせの時間でよく話すようになった。

 レッスン以外でもどこかへ出かけて遊ぶようになった。

 楽しかったけれど、もしも小学校が同じだったら、と思うと少し悔しい感情もある。

 今でこそ言えるけれど、学校の友達よりも明日香といる時間が一番楽しかった。


 中学校も学区の関係で別々の学校だった。

 お互い学校生活や部活動で忙しくなり、小学校の時ほど一緒にいる時間は取れなくなった。

 それでもレッスンの待合室で話したり、試験期間で部活がない時は一緒に勉強したり、交流は絶えなかった。


 そしてあたしたちは高校でようやく同じ学校に通うことになった。

 県内でも有数の進学校。正直、どうしてあたしなんかが入れたのか今でもわからない。

 きっと明日香が根気強くあたしに勉強を教えてくれたおかげだろう。

 今でも感謝している。

 一緒の学校になったことが何よりも嬉しかったから。


 けれど、同時に思い知った。

 明日香は頭も良くて、運動も出来て、美人で、まさに全てを兼ね備えたような子だった。

 そのため周りには常に人がいて、誰からも人気があって、信頼が厚かった。

 それに対してあたしは落ちこぼれで大した取柄もなくて、空気のような存在。


「なんで明日香は、あたしと一緒にいるんだろう」


 いつしかあたしは明日香を少しずつ避けるようになっていった。

 明日香は誰にでも優しい。

 ひょっとしたら明日香にとってあたしはただの友達なのかもしれない。そう思うと、なんだか悲しくなった。


 転機が訪れたのはその年の11月頃だ。

 たまたま音楽番組を見ていたら、あたしの好きなアーティストが出ていた。

 好き、と言ってもCMなどでよく耳にするから好きという程度のミーハーなのだったけれど。


 テレビに映る2人組はギターをかき鳴らしながら音楽を奏でていく。

 CMで最近耳にする、頑張る人を応援するような、そんな曲だ。

 ただ音楽を聴いているだけではなんともなかったのに、そのパフォーマンスを目の当たりにした時の衝撃は今でも忘れられない。


 テレビ越しでも伝わる強くしなやかな歌声と、2人ならではのハーモニーに、すっかりそのアーティストの虜になってしまったあたしは、母が昔使っていたアコースティックギターを譲り受け、勉強そっちのけでギターの練習に励んだ。


 年末近くになると、母のコーチングと猛練習の効果もあり、弾き語りもある程度できるようになった。

 自室で一人好きな曲を歌うのは楽しい。

 けれどやっぱりフォークデュオがやりたい。

 でもあたしにはそんな友達なんて…………。


 …………1人いるじゃないか。


 翌日、意を決し、数ヵ月ぶりに明日香と会話した。

 あの放課後の出来事をあたしは今でも忘れない。


「あ、あのさ、お願いがあるんだけど」

「何?」


 緊張で声が震えているあたしに対し、明日香はいつも通りだった。


「一緒に、ギターやらない?」


 言い終えた時のあたしの喉はもうカラカラだ。

 あの告白の時ほど緊張したことはない。


 断られたらどうしよう。

 そんな不安がずっと頭の中を駆け巡る。

 しかし明日香の答えは意外にもあっさりとしていた。


「いいよ。ギター弾いたことないけど。佳音が教えてくれるの?」

「え、ああ、うん……」

「じゃあやる!」


 あっさりと決まってしまった。

 さっきまでドクドクと信じられないくらいの速さで脈打っていた心臓が、トクン、トクンとスピードを落とす。

 ずっと抱え込んでいた得体のしれない何かが払い落ちたような気がして、思わず安堵の息を漏らした。


「あー、よかった。断られたらどうしようって思ってた」

「そんなことしないよ。だって、また佳音と一緒に音楽ができるんだから」

「それもそうか」


 それから毎日放課後になるとあたしたちは一緒にギターの練習をした。

 母が教えるのが上手いのか、明日香の呑み込みが早いのか、すぐに上達し、弾き語りもこなせるようになった。

 その時練習した曲は、もちろんあたしが好きなアーティストの曲。


 また昔のような日々が戻ってきた。

 明日香と一緒に音楽をする日々。

 文化祭で一緒に演奏したり、コンテストにも出場したりした。

 賞は一度も獲れなかったけれど、そんなものも気にならないくらい充実した日々を過ごしていたと思う。


 多分、高校時代があたしたちの絶頂期だったのだろう。

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