第四十二話:謎の素材



「ああ、そうだ。これも聞いておきたかったんだった」


「なんです? アルマン様」


「ほら、≪ヨミウサギ≫をレティシアがペットにした時のこと覚えているか?」


「覚えてますよー、可愛いですよね。あの≪ヨミウサギ≫……フリージアって名前にしたんですっけ?」


 俺の言葉にルキはそう呟いた。

 嬉しそうにレティシアが名前を教えてくれた時のことを思い出しているのだろう。


「ああ、名前を決めなさいと言ったらな。こう……眉にしわを寄せて一生懸命に可愛らしく考え込んでてな、うんうん唸ってようやくつけた名前だ」


「レティシアちゃんのことになると早口になりますよね」


 ちょっとジト目になりながらそんなことを言われるがそれも仕方ないことだ。


「娘、可愛い。愛でたい。……一段落して≪グレイシア≫に戻れたら思う存分、俺は妻と娘を愛すると決めている」


「はいはい。私しかいないからって愛を叫ばないでくださいよ」


「いや、叫んではいないだろ」


 俺の言葉にはいはいと答えるルキ、だいぶおざなりな対応だ。



「で、それで? 話っていうのはレティシアちゃんの惚気を聞かせるためです?」


「いや、違う。そうじゃなくてだな、ほらあの日の帰りに変な素材を拾っていただろう? 水色の鉱石のような尖った物質、あれの正体は掴めたのか?」


「ああ、あれのことですか」


 俺の言葉にルキは不敵な笑みを浮かべた。

 



「全然、わかりませんでした!! っていうか先日の事件のせいで≪アルド・ノア≫のモンスターの可能性を考慮しないといけなくなったんですよ? どうしてくれるんですか」


「いや、それは俺のせいじゃないだろ」




 閑話休題。


「現状では絞り込みは進んでいませんね。≪ニライ・カナイ≫のモンスターだけでも新種は多いし、絞り込むことも難しい状況だったっていうのに。ただ、わかっていることはいくつか」


「聞いておこう。≪アルド・ノア≫のモンスターも生息していることが分かった以上、いろんな可能性は考慮しておくべきだからな」


「いろんな可能性、ですか」


「これが単なる≪ニライ・カナイ≫や≪アルド・ノア≫のモンスターならいい。問題はそうじゃなかった場合のことだ」


「……クエスト用の特別なモンスターってことですか?」


 俺の言葉にすぐにピンと来たのかルキはつぶやいた。


「ああ、可能性としてはなくはない。謎の素材を見つけてその素材の主を追うとそこにはボスモンスターが……みたいな?」


「ストーリーとしてはありそうですね。となると強力なモンスターの可能性がありますか」


「あまり考えたくないが……最悪は≪龍種≫クラスのモンスターに繋がる可能性もある。そう考えると放置もできないからな」


 無論、クエスト用のモンスターだったとしても単に希少なだけの大型モンスターという可能性もあるが常に最悪の事態は想定しておくべきだろう。


「たしかにそうですね」


「それでわかっていることというのは?」


「主に三つですね。まず一つ、あの鉱石のような欠片は鱗ではなく外殻のようなものの一部かと思われます」


「外殻の一部? つまり、鉱物とかを身にまとうタイプの?」


「そうですね、モンスターの種類には鱗自体が鉱石みたいになったモンスターもいますけどこれは甲殻類の一部だと思われます」


「甲殻……他に分かったことは?」


「耐性実験を行った結果、弱点属性はおそらく≪雷≫の属性じゃないかと思われます。半面、≪火≫と≪氷≫には耐性があるっぽいですね」


「それは情報としてはかなり大きいな」


「まあ、でも甲殻系のモンスターって甲殻部と本体とで耐性が違う場合もあるのでその点は注意は必要ですけどね。やはり、時代は爆薬です」


「とりあえず、火薬で何とかしようとするな。普通に戦えるくせになんでそういうことしようとするかな……前も変な配合で火力を追求した火薬を作ろうとするし」


「そんなもの気持ちいいからに決まっているじゃないですか! ロマンですよ、ロマン。アルマン様だって精神的に疲れがたまったらたまに≪龍槍砲≫を担いでモンスター狩りにいっているじゃないですか。私、知ってるんですからね!」


 ルキの指摘に俺は思わず内心で舌打ちをした。


「ルキを調子に乗らせたくなかったから口止めをしていたはずなのに……どこから漏れた」


「内緒ですよ、内緒。まあ、それはともかく。ほかにも状態異常の耐性も実験しましたけど結果は芳しくありませんでしたね。まあ、あくまで甲殻の一部だってのもあるんでしょうけど」


「属性耐性はともかく、状態異常耐性のほうは一部から調べるには難しいか……。それで最後の一つはなんだ」


「はい、成分の解析をした結果、複数の鉱石の成分が判明しました」


「複数の鉱石の成分か。一部のモンスターは鉱石を取り込む習性があったはずだが……」


「たぶん、それに関連するものかと思われますね。複数の鉱石が混ざっているような感じです」


「その鉱石がなにかはわかっているのか?」


「未知の鉱石……まだゲームデータ上の情報しか知らない≪ニライ・カナイ≫産のものと見られるものもありますけど、≪鉄鉱石≫や≪ハイドロ鉱石≫、≪月輪石≫などなど」


「なるほど、それらの鉱石もこっちにあるということか」


「はい、それと≪風雲石≫も」


「≪風雲石≫……ということは」


「ええ、おそらくこのモンスターは≪ヴァライーナ峡谷≫を活動拠点にしている可能性が高いですね」


 ルキがそう断じたのには理由があった。

 ≪ヴァライーナ峡谷≫、それは≪始まりの密林≫より北に行ったところに存在する峡谷地帯のことだ。


「≪ヴァライーナ峡谷≫か……」


 あくまでゲーム上の話ではあるがその存在は知っていた。

 まだ人を派遣して確認したわけではないが上空からの観測からでも十分に渓谷地帯は確認できたので実在していることは知っており、俺はずいぶんとその場所に関して気にしていた。


 なぜかといえばそこでは大量の鉱石が採掘できるからだ。

 ≪ロッソ・グラン≫周辺ではあまり鉱石がとれる場所が多くない、小規模な洞窟のような場所ならある程度採掘できるが量は十分とは言えないし、さらに鉱石の種類も少ない。


 だが、≪ヴァライーナ峡谷≫は違う。

 採取できる量も多いし、種類も多様だ。


 そして、なにより大事なのは≪風雲石≫が採掘できるということ点だ。


 目下、≪飛空艇≫を運行する上でネックとなっている≪風雲石≫だがゲームの設定通りならば地上とは違い≪ニライ・カナイ≫では多く手に入ることが可能ということになっている。


 だからこそ、俺は≪ヴァライーナ峡谷≫を意識していた。

 ≪ヴァライーナ峡谷≫での≪風雲石≫の採取ができるようになれば≪飛空艇≫の運行も楽になり≪ロッソ・グラン≫と≪グレイシア≫の往来もしやすくなる。


 そして、それは物資や人員の往来もしやすくなることを意味する。

 今後のことを考えればとても重要度の高い地帯といえるだろう。


「≪風雲石≫は≪ヴァライーナ峡谷≫でしか取れないってわけではないですけど、≪ロッソ・グラン≫の近くで……となるとやはり有力なのは≪ヴァライーナ峡谷≫となるでしょうね。他の場所はちょっと離れた場所にありますし」


「それと比べれば≪始まりの密林≫の近くにある≪ヴァライーナ峡谷≫の方が活動拠点の候補としては可能性が高い、か。まあ、≪風雲石≫のことがなくても鉱石を取り込む生態をしているのならやはりこの辺だと≪ヴァライーナ峡谷≫が怪しいか」


「そうですね、ただ疑問があるとすれば近いといってもそれなりの距離はあるんですよね≪始まりの密林≫と≪ヴァライーナ峡谷≫って。それなのになんで≪始まりの密林≫に甲殻の一部が落ちていたのか……」


 ルキの言葉に俺は考え込んだ。

 たしかに密林地帯と渓谷地帯ではかなり環境が異なる、モンスターの種類によっては広範囲を活動するモンスターもいるがそういったモンスターは基本雑食なのが一般的だ。


 だが、このモンスターは生態の一部として鉱石を活用している。

 となるとあまり広範囲に活動するタイプではないように思えるのだ。


「今のところ他に似たようなものが≪始まりの密林≫で見つかったという報告も聞いていませんし」


「なんらかの理由で少しだけこちらに来ていた……とか?」


「かもしれませんね。少なくとも活動範囲の基点が≪始まりの密林≫ではないことは間違いないと思います。それにしては現状、痕跡が少なすぎますから。……まあ、単に偶然見つかってない場合もありますけど」


 そう言ってルキは話をまとめた。



「つまり、今のところわかっていることはモンスターは甲殻をもったモンスターであること、弱点属性が≪雷≫であること、そして恐らく≪ヴァライーナ峡谷≫を活動拠点としていること――以上の三つというわけか」


「そうなりますね」


「……これだけわかっているならどんなモンスターか絞り込めないのか?」


「鉱石の解析自体ができたのが最近なんですよ。そこから≪ヴァライーナ峡谷≫を活動拠点にしているっていう推測をたてて、それで絞り込めるかなーって思っていたところに≪ゼノベロス≫と≪ボボン・ロゴ≫の件ですよ」


「≪ゼノベロス≫がハグレではないと仮定すれば既存の≪ニライ・カナイ≫のモンスター分布はあまり信用ができない。≪ボボン・ロゴ≫のことを考えれば≪アルド・ノア≫のモンスターの可能性もある……と」


「振り出しというやつですよ」


 やれやれと言わんばかりに首を振っているがどことなく楽しげな様子だ。

 未知を愛する彼女にとって単純にゲーム上の≪ニライ・カナイ≫が再現された世界も十分に興味の対象だが、そこからさらに混沌とした可能性に満ちている現状はとても面白いのだろう。



 こちらとしては頭が痛い限りなのだが……まあ、それぐらいの方が頼もしい。



「まあ、それでも十分すぎるほどの成果だ。甲殻をもったモンスターか……あいつらは厄介なんだよな、硬いし」


「斬撃や刺突で真っ向から攻撃すると弾かれたりしますからね」


「ああ、だから覆われてない部分を狙うかあるいは砕くか……どちらにしろ≪重装槍≫だときついか? いや、そのモンスターの種類にもよるか。どちらかといえば鈍重のタイプが多い印象ではあるが」


「そんなアルマン様に新火薬のこのアイテムをですね。こいつをブスッと刺してドカンとやれば……くひひ」


「また妙なものを……まあ、いい。俺は今から報告に行くがルキはどうする?」


「やりたいことが多すぎるのでアルマン様に任せますよ。フィオ様も大変でしょうし」


「わかった」



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