第四十一話:仮説




「ゆゆしき問題ですね」


「まあ、そうだな」



 そんなルキの言葉に俺は同意を示した。



 先日の一件以降、≪ロッソ・グラン≫では騒ぎになっていた。

 今まで順調に進んでいたのにあわや一つの班まるごとの狩人たちが壊滅しかけたのだ。



 この地も油断できる場所ではないと先遣隊の意識として再度、強く意識する切っ掛けとなったのは幸いだったと言うべきか。


「危険度が上位モンスターの存在、これはまあいいとしてもまさか≪ニライ・カナイ≫以外のモンスターも存在しているのはさすがに予想外ですよ」


「たしかにな、それは想定していなかった」


「ええ、とても研究材料としてワクワ――もとい、面白――もとい、えー……興味深くはありますけど」


「隠せてない、隠せてない」


「まあ、予想外ではありますけど良い風に考えましょう。鍛冶屋の方からの報告なんですけど持ち込まれ素材によってらしいです」


「≪ゼノベロス≫か?」


「≪ボボン・ロゴ≫の方もですね」


「となるとやはり≪ボボン・ロゴ≫の方もきちんとシステムの中に組み込まれている、と」


「そう考えるのが自然ですね」


 新種のモンスターを討伐し、素材を入手するとそれに応じた装備の発想が思い浮かぶ――というのはこの「楽園」における仕様となる。

 本来はこの≪ニライ・カナイ≫に存在しないはずの≪ボボン・ロゴ≫にも適応されたということは、何らかの手違いで現れたモンスターではないということだ。



 ――少なくとも「ノア」は≪ボボン・ロゴ≫の存在を認めているということになる。



「……≪アルド・ノア≫のモンスターが≪ニライ・カナイ≫に存在することが正常な状態であるということになると。当初の想定は余り意味をなさなくなる」


「ゲーム上の……≪ニライ・カナイ≫を前提とした想定でしたからね」


「ああ、多少の誤差はあるとは思っていたけど」


 これからはゲームの情報はあくまで参考程度にとどめた方がいいだろう、≪ニライ・カナイ≫のステージを基礎とした全く別の世界。



 それがいま、先遣隊がいる場所なのだと。



「それで方針の転換を?」


「そうだな、≪ロッソ・グラン≫周辺は初期のフィールドで危険度も低い――という前提だったからどちらかといえば探索を優先にする方針だったがこうなってくると話は別だ」


 周辺の危険度が上昇した以上、拠点の強化を優先した方がいいだろう。

 そう判断し、今はその方針で先遣隊は動いている。


 フィオはその全体支持で忙しい状況だ。

 忙しさでいえば俺もたいして変わっていないが、それでも時間を作ってこうやってルキのもとへと訪れていた。


「拠点の強化は重要ですね。さすがに今の設備ですと最低限過ぎますし」


「予定では段階的に強化をするつもりだったんだが」


「下位モンスターならいざ知らず、上位モンスターがいるとなると……鐘楼があるので≪ロッソ・グラン≫周辺は非戦闘区域に指定されてはいるとは思うんですけど」


「そこら辺のこと、知らないやつらには説明のしようがないからな。拠点の強化自体は筋が通った意見だ。それにシステム的な非戦闘区域化とはいっても、それはあくまで通常時の場合。拠点襲撃のイベントでも「ノア」が発生させたら――」


「まあ、起こりますよね」



 「楽園」にいる以上、全ては「ノア」の行動次第。

 プレイヤーである住民はそれに振り回されるしかない。



「万が一を考慮するとそこまで信用ができないんだよな……。まあ、モンスターが普段近づかなくなっているだけでもありがたいんだけど」


「たしかにそう考えると拠点の強化は必要ですかね」


「今後のことを考えた足場作りってわけだ。防衛施設だけでなく、工房の建設や研究区画の拡張とかもこの際、進めるべきか」


「!? もちろんですよ、特に研究区画の充実は今後の≪ロッソ・グラン≫の発展にも大きな影響をですね」


 その言葉に瞳を爛々と輝かせ言いつのるルキ、近寄ってくる彼女の頭を押さえ無理矢理引き離しながら俺はいった。



「わかった、わかった。検討しておくから」


「約束ですからね!」


「それはそれとしてなにかわかったか? 俺としてはお前の意見を聞いておきたいんだが……」


「意見ですか?」


「この≪ニライ・カナイ≫に対する私見だ」



 俺の言葉に少し考え込み、ルキはあくまで現時点での私見だと前置きして語り始めた。


「そうですね、やはり私としてはこの≪ニライ・カナイ≫は明確な意図を持って建造されたものだと考えています」


「ふむ」


「単に≪ニライ・カナイ≫が再現されているだけなら問題はなかったんです。スピネルたちは運営側の存在とはいえ、その立場は決して高くはない。エルフィアンの中でも特別な存在である皇帝陛下もあくまで「楽園」の管理の役割を振られた中で上位の権限を持っているだけのこと」


「運営それ自体に関与しているわけではない」


「となると彼らが知らないところで運営側が別の計画をやっていてもおかしくはないのです。わざわざ全てを教える必要性もありませんから」


「そうだな」


 スピネルたちはいってしまえば従業員のようなもの、その生涯を「楽園」の管理と運営のために費やすために作られた存在。

 だからこそ、知らないことがあったとしても別におかしくはない。



「だから、≪ニライ・カナイ≫自体があってもおかしくはないんです。知らないところでそういった計画が進んでいた。それなら別におかしくはない。なにせ一つの大陸、世界、生態系を作る技術を持っていたのが真の運営なのですから」


「ふむ」


 普通に考えれば地上の世界を人工的に作ること自体、とてつもない大事業であるはずだ。

 だからまっとうに考えればそれを作りながら、また別に計画を進めて浮遊大陸を作っていた――など常識外れの話だが、常識で語っていい相手ではないのもまたたしか。


 俺は同意するように頷いた。


「着目するべき点があるとすれば≪ニライ・カナイ≫がゲームと同じじゃない点です。たしかに地上においても全てゲームと同じというわけではありませんでした。仮想を現実に作り上げるわけですし、どうあがいても再現不可能なことは存在します。ですが、それでもできる限り近づけようという試みはされていた」


「たしかに。なんとかギリギリまで近づけようという完璧主義というか偏執的というか」


「ですが、≪ボボン・ロゴ≫という明確に存在しないはずのモンスターが存在する。しかも、モンスター単体じゃなく≪ボボン・ロゴ≫の生態に関連する植生もこの≪ニライ・カナイ≫には存在していた。ええ、そうです。あの毒の詰まった果実のことです。あれは≪ボボン・ロゴ≫のブレス攻撃に関わるあれです。それは≪ボボン・ロゴ≫の生態に密接に関わっているものらしいです」


 ≪ボボン・ロゴ≫の存在を知り、連絡を取って≪アルド・ノア≫に関する情報も送ってもらった。

 とはいえ、今の状況的にそれを精査できるのはルキだけだったが。


「取り寄せた情報によるとあの実は≪ボボン・ロゴ≫に食べられて消化されずに種が排泄されることによって遠くで生息地を拡大するという性質を持っています。ようするに食べられることで≪ボボン・ロゴ≫に運んでもらうというわけです」


「へえ、そんなになっているのか」


「はい。つまり、≪ボボン・ロゴ≫とこの実は互いに利用しあっているという関係といえます。≪ボボン・ロゴ≫はあれを主食としているらしいですし、その点をふまえると二つの存在は切っても切り離せない存在といえるでしょう。問題はその二つの関係が正確に再現されているということです」


「つまりは単にモンスターとしての≪ボボン・ロゴ≫だけじゃなく、その生態そのものを再現しているということか」


「調査の結果、その実に関して普通に≪ニライ・カナイ≫に存在していたことも把握できました。当然その実は≪アルド・ノア≫のものです。この≪ニライ・カナイ≫には存在するはずないものでした」


「本来は存在しないモンスターに植物、か」


「つまりは混ざってる感じですかね、≪ニライ・カナイ≫の世界は……」


「ふむ、だが≪ロッソ・グラン≫や大まかな地形などには変化が見られないという話だ。となるとベースは≪ニライ・カナイ≫でそれ以外が加えられている感じか」


「そうなんですけど、少し違います。加わっているのではなく、


「……どういうことだ?」


「無理矢理に後付けにされたというよりも生態系自体に上手に組み込まれている感じですかね。単に≪ボボン・ロゴ≫を登場させたいだけならそのモンスターだけを登場させればいいのに、設定に準拠してその生態に必要な実さえもわざわざ再現している」


「ふむ……なんというか生真面目というか。たしかに加えるだけならそこまでする必要もない。この≪ニライ・カナイ≫という新大陸の生態系に矛盾を生じさせない形で調整して再現をしたということか」


「偏執的なまでの凝り方です。それだけを大事にするくせに存在しないモンスターを≪ニライ・カナイ≫の生態に組み込むというやり方をしている。――矛盾しています」


「まあ、設定を大事にするならそもそも≪ニライ・カナイ≫に存在したモンスターしか出さないよな」


「だから、この≪ニライ・カナイ≫を作ったのは「ノア」だと考えています。制作中だったのか計画段階だったのか、それはわかりませんが≪ニライ・カナイ≫を作る計画はあったんだと思います。「ノア」は上位権限者がいなくなり停止中だったそれを再開させていた」


「なぜ?」


「「ノア」の使命は「楽園」の運営、つまりはプレイヤーを楽しませる続けること。その観点からいえば新ステージの用意をしておくのは「ノア」の権限から逸脱した行為ともいえません。クリアされてしまうと終わりになってしまいますからね」


「だから、≪六龍討伐≫のクリア後のことを考えて進めていた……。まあ、いろいろな事情があって達成できずにループに陥っていたわけだけど」


「それをアルマン様が打ち破った結果、≪ニライ・カナイ≫は現れた」


「混ざっている理由は?」


「それはなんとも……ただ、これは根拠のない話ですけど「ノア」が主体となって動いた結果なのかもしれません。命令をくれる上位管理者は存在しない、だけど「ノア」としての使命として「楽園」の恒久的な稼働を目指す。そのために用意した新ステージ」


「……この「楽園」の根本を作った人たちからすれば設定に忠実に再現することにこだわりがあっても、「ノア」にはそれがない。設定を準拠して生態丸ごと移植してしまえば出しても問題ないと?」


「そういう考え方なのかもしれませんね。単純にモンスターが増えた方がプレイヤーも楽しいだろう……みたいな?」


「それで選択肢が増えるのは困るんだがな」


 俺は思わずため息をついた。

 ≪ニライ・カナイ≫のモンスターはもちろん、≪アルド・ノア≫のモンスターがいる可能性まで考慮するのは勘弁だ。

 それに加え、普通に今まで地上で戦ってきたモンスターもいても可能性としてはおかしくない。



「モンスターの宝島か、ここは……」



 わかってはいたがここは思った以上の難物らしい。






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