第四十三話:悩み
「そっちでなにか進展は?」
『進展というほどではないが……一つ資料が見つかった』
「資料?」
≪天振結晶≫による通信越しのスピネルの言葉に俺は聞き返した。
『資料といっても大したものじゃない。データの海の底に眠っていたもので計画書の草案のようなものだ』
「計画書……」
『ああ、「楽園」の拡張ステージについてのな』
『おそらくは≪ニライ・カナイ≫のことであろうと推測しておる』
スピネルの言葉を引き継ぐように喋ったのはギュスターヴ三世だ。
彼は長い髭をなでながらなにかの紙の資料眺めている。
「推測?」
『うむ、具体的に≪ニライ・カナイ≫の名前があるわけではない。ただ、今ある「楽園」の大陸とは別に拡張ステージを用意する計画が存在していた……というのは間違いないようじゃな』
『だが、「そういう計画があった」というだけでそれ以上のものは見つかっていない。恐らく、我々の管理外のところで話は進んだのだろう。それがどこまで進んでいたのかは「ノア」ぐらいしか知らなかっただろうが』
「……だが、少なくともそれは完成しなかったはずだ。どういった工程で進んていたかはわからないが「楽園」は完成してはいても正式な運営は始めることすらできなかった。その時点で完成していたとは考えづらい」
『同意見だな、恐らく拡張ステージとして用意されたあの≪ニライ・カナイ≫は完成までには至っていなかったはずだ。それをなんらかの理由で「ノア」が利用した』
「何のために?」
『イベントの作成のためだ。「ノア」は権限としてイベントを自作することが許されている。その権限を拡大解釈して≪ニライ・カナイ≫を支配下に置いた。本来、完成していなかったのなら「ノア」の管理の下にはなかったはずのものだが……』
「「楽園」を運営するためにイベントを用意する。その結果があれか」
『改良、改悪、あるいは改造。ゲームそのままを再現するよりもプレイヤーにとっては色んなモンスターと戦えた方が満足感が多い――とでも分析したのかどうやらかなり弄ってしまっているようだが。プレイヤーとしてはどうなんだ?』
「まあ、プレイヤーとして聞かれると色んなモンスターと戦えるステージの方が楽しい。設定を大事にするプレイヤーからすると嫌かもしれないけどね。俺はそういったタイプじゃない」
あくまでゲーム内の話として俺は答えた。
「とはいえ、現実で対処しなきゃいけないモンスターの種類が増えるのはちょっとな……」
『文句は「ノア」に言ってくれ。さしずめ、≪ニライ・カナイ=パッチワーク≫とでもいうべきか? そこは』
「言いづらいな……。まあ、ともかくそういう流れでここは作られた、用意されたと?」
『ああ、そう考えておる』
「ふむ」
まあ、だから何だという話ではあるが。
『十分、気をつけろよ≪龍狩り≫』
「もちろんだ」
『これからどうするつもりだ?』
「一先ずは拠点の強化だな。≪ロッソ・グラン≫の周辺も気が抜けないということも分かったわけだしな……近々、≪ヴァライーナ峡谷≫へと向かおうと考えている」
『謎のモンスターを確かめにか?』
「それもあるけど一番の理由は鉱石だな。鉱石は拠点の強化には欠かせない」
『なるほど……』
「ゲームの設定上は採取できるはずだが確認はしておかないと……」
鉱石がどれくらい採取できるのか、≪風雲石≫はちゃんと採取できるのか。
それの確認はとても重要だ、今後の方針にもかかわってくる。
『ふむ……話は変わるがフィオの奴はうまくやっておるかの?』
「ああ、うまく先遣隊をまとめてくれているよ。とても助かっている」
『ほほ、そうかそうか。フィオの奴の冒険譚を聞くのが楽しみじゃわい』
『通信で話せるだろ?』
『わかっておらんのぉ。こういうのは直接会って聞きたいものなのじゃよ。子の冒険に関わるものはな』
ギュスターヴ三世の言葉に俺は内心で同意した。
「……わかる気もする」
一日の終わりに今日なにがあったのか、何をしたのかをなんとか上手に言葉にして伝えようとしてくるレティシアのことを思い出す。
それはとても愛らしい光景だ。
俺はただそれを静かに相槌を打ちながら聞き、最後には「よく頑張ったな」と頭を撫でる。
そうすると彼女はどこか達成感に満ちた顔で眠りにつく。
『そうであろうそうであろう。ほれ、英雄殿はわかっておる』
「とはいえ、いつ帰ることができるかは未定です。まだまだ≪ロッソ・グラン≫も未完成ですし、もう少しこっちの地盤を固めてからではないと」
フィオがだめなら当然、俺もだめで帰ることができるのはいつになることやら。
『わかっておるわ。そこまで急かすつもりはない。十分に楽しみ冒険をしてきてから無事に帰ってきてほしいと願っておる。皇帝の座に座ることになるとそんな自由はなくなってしまうからのぉ……』
「そういうものですか」
『ああ、そうじゃ全く。自由なんてものとは程遠い、政務の仕事にこういった裏方仕事やらをやらされる。……じゃから、是非ともフィオの人生の記憶に色鮮やかに残るような冒険を――とな』
『そういうものか』
『そういうものじゃ』
ギュスターヴ三世の言葉を聞き、俺は少しだけ考え込んだ。
記憶に残るような色鮮やかな冒険を願う、か。
『そういえば≪飛空艇≫の方だがな、≪風雲石≫の集まりが想定以上によくてな予定日には十分集まりそうだ』
「となると運行も問題なさそうだな」
『ああ、二回目の≪グレイシア≫と≪ニライ・カナイ≫間の運行、その準備は予定通りに進めている。追加の注文はあるかなるべく早く頼む』
「わかった、次の報告会までに物資や人員に関するこちらからの要望は纏めておくとしよう」
『頼んだ』
そう俺は返答をしながら補給物資について思考する。
――……食料に関しては自給自足できなんとかできそうだ。モンスターの肉や密林地帯の食べられるものや川の魚、いざという時のために持ち込んだ保存用の食料の備蓄も十分にある。だから、食料に関しては今のところは問題はない。
――いや、たしか調味料や嗜好品の容貌があったか。たしかに少しくらいあった方がいいか?
――それよりも問題は他の物資だ。特に建材……木材は近場から得られるとしても鉱石はな……拠点の強化に必要な存在だ。防衛設備に鍛冶場や研究所などの施設は今後のことを考えればいくらでも拡張、強化しておきたいところだし。
などと考えているとギュスターヴ三世が声をかけてきた。
『どうした?』
「いえ、なに足りないものを考えるとあれもこれもと収拾がつかなくなってしまうな、と」
『ははは、英雄殿でも物が足らぬとどうしようもないか?』
「そのようで。なので満載してきてくれると嬉しいです」
『ああ、わかったよアルマン』
答えたのは現在の≪グレイシア≫を差配しているエヴァンジェルだ。
「そっちの方はどうだ?」
『シェイラが問題なく治めているよ。さっさと「返ってこいと伝えてくれ」とも言われたが……』
「それは少し難しそうだ」
そこら辺のことは最初からわかっていたこと、なのでシェイラもわかった上での文句だろう。
「大きな問題は?」
『今のところは特にないね。ただ……』
「ただ……」
『アンネリーゼ様のレティシア分が切れかかってて……』
「一応、何度か通信越しに話したけどダメだったか」
『もった方だとは思うんだけどね……。僕としてもそろそろレティシアを抱きしめたい、この手で』
「それももうすぐだ。次の便でレティシアはそっちにかえす予定だからな」
『本当かい?』
「まあ、まだまだここは安全とは言いがたい場所だからな。いつまでも置いておくわけにはいかないだろう」
俺は次に≪飛空艇≫がここに来たとき、娘であるレティシアを送り返そうと考えていた。
当然と言える判断だ。
『けど……』
「ん、どうした?」
『それ、ちゃんとレティシアには言った?』
「……うっ」
『忍び込んでまで父親について行くお転婆じゃからのぉ』
『残りたいって駄々をこねそうだな』
ギュスターヴ三世とスピネルが口を挟むようにそういった。
「……やっぱりそう思う?」
『話を聞く限りではそっちでレティはとても楽しそうに過ごしているみたいだしね。通話での話も「あれをやった」、「これをやった」、「とても楽しかった」ばかりでね。いや、楽しく過ごせているのなら僕としても嬉しいんだけど』
レティシアにとって先遣隊と共に拠点で過ごす日々というのはとても新鮮で興奮に満ちた日々のようだ。
できる限り、時間を作ってレティシアを構いたいとは思っているが立場上そう上手くいかず、その間は拠点の中を歩き回っている彼女だがなんにでも興味を示しているらしい。
食堂では料理のお手伝いをしてモンスターの肉をさばいて初めて料理を作ったり、
鍛冶場に顔を出したと思ったら簡単なナイフの作り方を教えて貰ったり、
加工場というアイテムの加工、つまりは調剤や調合をする場所では≪
これではお手伝いという名目の職場体験だ。
『あれだけ楽しんでいるとね……』
「そうなんだよな。俺が構えないときに寂しいだろうから構える余裕があったら構ってやってくれ――っていっただけなんだけど」
『領主から領主の娘を構ってやってくれなんて言われたら実質命令だろ』
『とりあえず、丁寧に相手をしておいて損はない相手じゃからな。そして、性格に問題もない素直で可愛らしい子供とくれば張り切るのも無理はなかろう』
レティシアは今の生活が気に入っている。
楽しんで過ごしているというのはとてもいいことではあるのだが――だからこそ、≪グレイシア≫に帰す予定というのは俺としては少し言い出しづらいものがあった。
『大丈夫なのかい?』
「もしかしたら泣かれるかもしれないけどキチンと言うさ。……泣かれて……嫌われるかもしれないけど……」
『待て≪龍狩り≫、すごい顔色をしているぞ。落ち着け、話せばわかってくれるはずだ』
『うむ、そうじゃそうじゃ』
とはいえ、この≪ニライ・カナイ≫においておくという選択肢は俺にはなかった。
だからこそ、話し合う必要があった。
「大丈夫。ちゃんと機会を見て話し合えばわかってくれる……はず、うん。大丈夫だ」
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