第三十九話:墜落




 ≪紫天狗≫の異名を持つモンスター――≪ボボン・ロゴ≫は厄介なモンスターであった。



 猿や狒々に近い見た目から予想はしていたが、やはり森林地帯の活動を得意とするモンスターらしく、巨体に見合わぬ運動能力を俺に見せつけてきた。

 木々から木々へと飛び移り、翻弄するような三次元的な動きは≪ゼノベロス≫にはない動きだ。

 その分、地上での機動力は≪ゼノベロス≫に劣るが……それでも驚異的な動きだ。


 本来であれば追いかけ回すのは得策ではなく、相手がこちらに攻撃を仕掛けてきたところを狙うのがセオリーだ。

 とくに重武装である≪重装槍≫ならばなおさらで、追っかけ回すよりもじっくりと構え攻撃の際のカウンターを狙うものだが……俺はそれをあえて捨てていた。



「あいつを自由に動かすわけにはいかない。頼んだぞ、ドラゴ」


「うぉん!」



 ドラゴの背に乗った俺は疾風のように夜の密林の中を駆け抜けていく、木々から木々へ飛び移る≪ボボン・ロゴ≫を追うように俺たちもまた飛び移りながら追従する。

 その様子に驚いたのか尻尾を振ってたたき落とそうとする≪ボボン・ロゴ≫だが、その攻撃を俺が盾で弾きかいくぐるようにして懐へとドラゴが飛び込んだ。



「ここっ!」



 頭上に見える柔らかな≪ボボン・ロゴ≫の腹部へと放った槍の一撃はたしかな手応えとともに突き刺さる。

 ≪ボボン・ロゴ≫が甲高い怒りの声をあげ、器用に尻尾を木の幹に巻き付けて身体を固定したかと思うと放たれる爪の連撃――だが、既にそこに俺たちはいない。


 いっさい足を止めずに駆け抜けるドラゴの足によって安全圏へと移動していた。


「よし、いい調子だ。ついていけているな」


 俺はその結果に満足そうにそう呟くとドラゴの頭を撫でた。


「このまま、その調子で頼む」


「うぉふ」


 ドラゴはそう答えると再度、≪ボボン・ロゴ≫へと俺を背に乗せて突進していった。



 ――……思った以上に強くはない。樹上に移動するのは厄介だがドラゴがいれば対応は可能か。



 本来なら守りの堅さという強みと引き換えに、機動力や攻撃性能には劣るのが≪重装槍≫の特徴だったがそれはこうしてドラゴに乗ることで一変する。

 鈍重である機動力はドラゴの脚によってカバーされ、騎乗時における突き攻撃の威力を増加するスキル――≪騎乗槍≫の効果の効果もあり、十分な威力をもった突き攻撃を放つことが可能となる。



 それ故のヒットアンドアウェイの戦い方。

 ドラゴの助けを借りることで戦いのスタイルをがらりと変更し、俺は≪ボボン・ロゴ≫と渡り合っていた。



 ――基本的な動きは読みやすい≪獣種≫の基礎的なものだな。爪に噛みつき、それに尻尾……。おおよその攻撃範囲、反応速度、パターンも把握できた。やはり、気になるのは毒の攻撃だな。ブレスだけなのかそれとも……。



 次々と木々を飛び移り、駆け抜けながらドラゴは果敢に≪ボボン・ロゴ≫へと襲いかかる。

 それに合わせるように俺は盾と槍を操り、その身体に傷をつけていく。

 大きさでは圧倒的に≪ボボン・ロゴ≫の方が上だが、小回りの差で樹上での戦いはこちらの有利に傾いていた。


 ――相手も尻尾を器用に扱って動けているがやはりその身体の大きさが徒となっているな。それも当然か、いろいろと障害物は地上よりも多いわけだから。


 無論、大型モンスターの強靱な身体をもってすれば多少の障害物など痛手にもならないだろう。

 邪魔な枝など勢いで蹴散らしながら動き回る≪ボボン・ロゴ≫だったが、では何の問題もないかといえばそうでもない。



 ――思った通り、≪ボボン・ロゴ≫よりもドラゴの方が索敵能力に優れているな。動くためには邪魔じゃなくても俺たちのような小さい相手を見つけるには視界が阻害させられる。



 だからこそ、動き回るドラゴの存在に一手遅れている。

 俺は相手の動きから分析をしていく。


 ――おそらく視覚を頼りとするモンスター……聴覚や嗅覚もモンスター相応のものはあるんだろうけど、ドラゴほどじゃない。


 嗅覚でもこちらを追えるならこうも一方的にこちらが攻めている状況になっているのがおかしい。

 夜の暗がりと木々による視界の不良、それらにより嗅覚で勝るドラゴの方が一方的に優位をとっているという現状。



「そこっ!」



 こちらを見失った≪ボボン・ロゴ≫の脳天をめがけて垂直落下。

 勢いをつけてはなたれた槍の一撃はかろうじて反応されたため、頭部にクリーンヒットとまではいかなかったものの≪ボボン・ロゴ≫の肩を深々と切り裂いた。


 垂直落下の勢いのまま落ちる俺たち、途中で足場となる枝を踏みしめ強引に軌道変更する。

 それを怒りに燃えた目で追う≪ボボン・ロゴ≫。



 重力が上下左右めまぐるしく入れ替わる。

 まともな人間、あるいは狩人でも平衡感覚を喪失しそうな戦い。



「うわっ!? また枝が落ちてきた!? まだ上で戦っているの?!」


「いくらドラゴがいるからってなんでずっと上で……」


「合流させないために引き離しておられるのだ。それくらいわかるだろ!?」


「いや、それはわかるけど地上に降りずに戦い続けられるなんて……どう考えても樹上での戦いなんて相手のテリトリーでしょ? それなのに」


「なにを言っているんだか……。テリトリーなのはどっちだって話さ。ほら、もう一息だ」



 地上で≪ゼノベロス≫と戦っている四人の声が聞こえた。

 あちらはどうやら順調のようだ。


「なら、こっちもスパートをかけるとするか。……別に下の戦いが終わってからでもいいんだけど」


 こちらの言葉などしるかとばかりに不意に≪ボボン・ロゴ≫はこちらに向けてなにかを投げるような仕草をおこなった。

 飛んでくるのは大きな果実、この世界では時たまにある大型モンスターサイズの果物だ。


 いつの間に、そんなものを手に入れていたのか。

 恐らくは木々を移動する過程でこっそりと取っていたのだろう。


「手癖が悪い……なっ!」


 とっさに盾で弾こうかとも思ったが、嫌な予感がしたので回避するようにドラゴに指示を出す。

 すると回避された果実は木の一つにぶつかりはじけ飛び、毒々しい色の霧のようなものが発生した。


「……なるほど、そういった感じか。果実とかもいろいろと検査しないといけないな」


 などとぽつりと呟いた俺を尻目に、≪ボボン・ロゴ≫は投げつけなかった分の果実をむしゃむしゃと食べはじめ、食べ終えると同時に大きく息を吸い込み始めた。


 そして、一息にため込んだ息を吐き出した。


 毒々しい色合いの霧状の――毒のブレス。


 ――ああやって毒のブレスを吐き出すのか、自力でブレスを出せるわけじゃないんだな……。


 おそらくは毒の果実なのだろう、それを利用する形で≪ボボン・ロゴ≫は毒のブレスを放つことができるというわけだ。

 生態的には面白いが攻撃方法としてはいささか迂遠な攻撃手段、それにさっきから感じていたこちらの攻撃のから察するに。



「危険度は中位がせいぜいといったところか? それならこのまま倒してしまおう」



 深々と傷を刻まれた≪ボボン・ロゴ≫の様子を見ながら俺はそう決めた。


 ――毒の攻撃こそ厄介だがそれ以外はそれほど脅威ではない。……いや、ドラゴがいなければ動きに追いつけなくて翻弄されて時間はかかったかもしれないけど。


 それでも最終的には問題なく勝てただろうと俺は結論を出した。

 故に決めにかかる。



「あまり時間をかけて他のモンスターを呼び寄せてしまうのも問題だからな。倒せるときに倒しておかないと」



 ドラゴへと指示を出して毒のブレスを回避する。

 威力はそれほどなくその分、広範囲にまき散らすタイプのブレスで恐らく地上で戦っているときに使われたら回避は難しい部類のものだったのだろうが――ここは樹上だ。


 左右だけではなく上下もある。

 俺たちは下に落ちるようにして毒のブレスを回避すると、その勢いを維持したまま木々を飛び移って≪ボボン・ロゴ≫へと向かって迫る。


 毒のブレスは果実を補給しなければ使えない。

 となると一度使ってしまった以上、すぐには使えない。


 そうなると向かってくる俺たちに対する≪ボボン・ロゴ≫の迎撃行動は限られたものとなる。



「ぐるぅあああっ!!」



 ≪ボボン・ロゴ≫はこちらをたたき落とすと決めたらしい。

 尻尾を第三の手として使い、操ることで木々を伝い、そして勢いよくこちらに向かって飛びかかってきた。




「――すまないけど、空中戦なら俺も得意なんだ。そうそう負ける気はしない」




 木々へと飛び移る際のこちらの隙、それを狙った攻撃。

 空中では身動きが出来ないため、圧倒的に不利なのは……たしかだ。



 だが、別に≪ボボン・ロゴ≫も空を飛べるわけじゃない。

 なら、劣る道理が俺にはなかった。



 狩人の必需品であるナイフ、盾の裏側におさめてあったそれを投擲。

 投げつけたナイフは≪ボボン・ロゴ≫の片目に突き刺さった。



 傷自体は深くなくとも目測を違わせるには十分すぎたのかこちらに向かって伸びていた≪ボボン・ロゴ≫の腕が空を切った。

 ドラゴの背から飛び移り、その腕を足場として俺は駆け上がりそして――




「この世界に落下ダメージ無効は存在しない。それもここでは同じなのか試しておこう」



 盾はドラゴに預けたまま、両手をフリーにした俺は両手で掴んで一気に≪ボボン・ロゴ≫の首めがけて突き刺した。


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