第三十八話:紫天狗
――迂闊!
少し前の自身に対し、俺は罵詈雑言を浴びせたい気持ちだった。
きちんと情報交換をしていればこんなことにはならなかった。
――第二班を襲ったモンスターは二体いた。ルードの傷と毒は別のモンスターにあたえられたもの。その可能性に気づかないとは……。
思い返せば疑うべき点はあった。
たしかに装備が戦いに万全じゃなかったとしても腕利きの狩人が四人もいて負けてしまうものなのか、と。
≪ゼノベロス≫が予想外に厄介な強さを持っていたことや不意打ちを食らったという点を含めても、やはり改めて考えるとおかしさはあった。
ただの狩人じゃなく、未知の領域である≪ニライ・カナイ≫に上陸するために選び抜かれた腕利きの狩人だ。
それが四人もいて壊滅しかかるほどの事態。
――蓋を開けてみれば簡単な事実だ。こんな風にもう一体、モンスターが乱入してきたのなら……どうしようもないか!
いかに優れた狩人のチームでも大型モンスターを二体同時に相手にするのは自殺行為だ。
しかも、このように一体を倒そうとしているときに急に横合いから殴られるのは……。
「ごはっ! ごほっ!」
「大丈夫か!?」
「すまない、ブレスを……くそっ、毒だ」
「わかっている! ドラゴ!」
俺の一声に風のように駆け抜け、やってくるドラゴ。
その背嚢の中から≪解毒薬≫を取り出すとフィオへと飲ませた。
「す、すまない助かった……」
「礼はいい。それよりもあのモンスターはなんだ? ≪ゼノベロス≫と同じく≪ニライ・カナイ≫のモンスターだろ? どんな技や攻撃をしてくる? 些細なことでもいいから教えてくれ」
そういって俺は突如として乱入してきたモンスターに目をやった。
その大型モンスターは動物でいえばマントヒヒに近い造形をしていた。
文様の入った赤い顔に長い鼻、全身は毛で覆われており、長い尻尾を使って器用に扱い枝にぶら下がりながらこちらを眺めている。
現れたと思いきや広範囲の毒のブレスを放ったそのモンスターは、こちらの様子を観察するように高い木の枝にぶらさがり不気味な鳴き声を発している。
≪ゼノベロス≫は突如として現れたそのモンスターを警戒しているのか苛立たしそうに威嚇している。
しばしのにらみ合いの状況。
すぐに崩れることになるだろう、その時間をできるかぎり有効に活用しようとブレスをもろに浴びてしまったフィオの治療を二体の大型モンスターを刺激しないようにやりつつ、尋ねた俺だったが――返ってきた言葉は無情なものだった。
「……知らない」
「なんだと?」
「知らないんだ、あのモンスターは≪ニライ・カナイ≫のモンスターじゃない!」
「どういう……いや、待て。あのモンスター、といったな? モンスター自体は知っているのか?」
「ああ、あのモンスターの名は≪ボボン・ロゴ≫だったかな? 見ての通りの≪獣種≫の属するモンスターで異名は≪紫天狗≫だが、重要なのはそこじゃなくて――」
「……≪ニライ・カナイ≫のモンスターじゃない?」
「そうだ、あれは≪アルド・ノア≫のモンスターなんだ」
≪アルド・ノア≫、新世界を意味する大陸北部に存在するという未開の世界、険しい山々に遮られわかれていたもう一つの新世界。
本来、既存のマップや世界観では行き詰まってしまったために用意されたという続編の世界。
シリーズの順番的には≪アルド・ノア≫主軸が前シリーズでその後に≪ニライ・カナイ≫のシリーズということになる。
つまりは順番でいえばいろいろと飛ばして≪ニライ・カナイ≫に来ているというわけだが、まあ今はそこはどうでもいい。
重要なのはそういうこともあって主に≪ニライ・カナイ≫を主体として遊んでいたフィオにとって、≪アルド・ノア≫のモンスターというのは未知な部分が多いということだ。
種類によってはモンスターが続投することもあるが、シリーズが変わるのなら大抵はガラッとモンスターは代わるものだ。
そのため、彼女が知らないのも無理はなかった。
「なんで名前だけ……」
「いや、たしか攻略サイトとかでちらっとみて記憶に残ってて……というか、そんな場合じゃない。どうするアルマン、私にとっても初対面のモンスターなんだが! というかなんでいるんだ!」
最後の言葉には全面同意するがそうも言ってられない状況だな、と俺は冷静に計算していく。
――こちらの戦力は六人と一匹。リンクスたち三人の負傷自体は治っているとはいえ、さきほどまで追い込まれていた状態だ。精神的には万全とはいえないため、どこまで戦えるかは未知数。安定した戦力として考えるには不安定か。フィオも毒を食らって治癒したばかり、すぐに調子を取り戻せるか? そして、俺も……っ!
じくじくと痛みを発している左腕を意識しながら分析を続ける。
――盾で防御したつもりだったがダメだったな……くそっ。
≪ボボン・ロゴ≫の毒のブレスによって隙を作ってしまったフィオへと向けられた≪ゼノベロス≫の攻撃、それをだいぶ無理して庇った代償だった。
――ダメージとしてはそれほど重くはない。≪
数では勝っているとはいえ、未知の大型モンスター二体を相手にするには不安な人数、万全なパフォーマンスを発揮できそうなのがドラゴくらいという状況だ。
戦況的にはだいぶ不利な状況下であり、さらにいえば≪重装槍≫という武具は両手がふさがるためアイテムを使うには不向きであるという特徴があった。
相手が一体だけならばそれでも隙を見て使用することも不可能ではないが、二体も存在する場で槍にしても盾にしても一瞬でも手放したくないというのが本音だ。
――……っ、どうする?
≪ゼノベロス≫と≪ボボン・ロゴ≫、この二体がどう動くかが全く読めない以上、セオリー通りに考えるなら五人と一匹で連携をとるのがベターな対応だ。
その状況下なら回復する余裕も出てくるだろう。
そして、二体を同時に相手にする気持ちで戦って倒す。
――いや……ダメだ。やはり、こちらが万全じゃないのが不安だ。
俺はその方針を切り捨てた。
体勢をうまく立て直せればいいがそれに失敗した場合のリスクが大きすぎる。
――特に全くの未知数である≪ボボン・ロゴ≫の存在が厄介。……逆に言えば、それ以外は。
思考を巡らせていたのはほんの数秒ほどの間だった。
二体のモンスターが牽制し合っているのをやめて動き始めたのを察すると同時に俺は口を開いた。
「≪ゼノベロス≫――そっちの黒い獣のモンスターは任せた! ダメージからしてももう一息で倒せる! 俺はもう一体のモンスターを……!」
「アルマン!」
「フィオも頼む! ドラゴはこっちへ来い!」
指示を飛ばすと同時に俺は≪ボボン・ロゴ≫へと向かって走り出した。
「さて、頼むぞ相棒」
すぐに追随してきたドラゴにそう告げると俺は果敢に≪ボボン・ロゴ≫へと攻撃を仕掛けた。
――この状況で一番厄介なのは毒のブレス持ちのコイツだ。解毒するにしてもアイテムには限りがある。……数の利はこういった攻撃持ち相手だと必ずしも優位に働くとは限らない。
だからこそ、俺とドラゴで≪ボボン・ロゴ≫を抑えこみ、その間に弱っていた≪ゼノベロス≫を確実に討つ。
それがこれまでの経験からはじき出した答えだった。
――二体同時に相手をして乱戦になったら対処が面倒だ。個人で戦うならともかく、味方もいる状況なら一体ずつそれぞれ受け持った方が対応は楽。
≪蒼銀の尖槍≫の柄を深く握り込むと俺は飛びかかるように≪ボボン・ロゴ≫へと突きを繰り出した。
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