第三十六話:闇夜の狩猟者
その攻撃に反応することができたのは運だった。
安否不明の三人も無事にみつかり、そのことを知らせるための狼煙をあげたことで無意識のうちに警戒が緩んでいたのだろう。
そもそも外に出るのならドラゴを一緒に連れてくればよかったのだ。
そうすればいつの間に近くまでやってきていたソイツの存在に攻撃するまで気づかなかったという失敗をすることはなかった。
「っ、アルマン!?」
「問題ない。そっちこそ大丈夫か」
俺がその攻撃を察したのはすでに放たれた後だった。
風を切り裂くように鋭利に飛んでくるなにか。
それは俺に向かってではなく、フィオの方へと向かっていた。
星明かりによってかすかに捉えることができた影。
割り込むようにして庇えたのは本当に運がよかったとしかいいようがない。
「私は大丈夫だ! それよりも君の方が……」
「問題ない、装備のおかげだな」
フィオの言葉に俺はそう言い返した。
――≪重装槍≫にしておいてよかった。盾がなければまずかったかもしれない。
彼女を庇うために一撃を受けた盾、それから伝わってきた衝撃の大きさから今の攻撃の攻撃力を割り出しつつ俺はそう考えた。
――今の一撃、明らかに下位クラスの攻撃じゃない。まともに防具で攻撃を受けるのは危険だ。
盾がなければ完全に不意をつかれていたフィオを無傷で助けるのは難しかっただろう、下手に助けようとして俺が攻撃をまともに受けてしまっては本末転倒だ。
「それよりも構えろ、こいつはこの間の≪クィズール≫とはわけが違う相手だ」
「……そのようだね」
いきなりの出来事に混乱していた彼女だったがようやく事態が飲み込めたらしく、背後で武具を抜き放つ音が聞こえた。
不意打ちで放った攻撃が防がれたことに気分を害したのだろうか、木々の奥に隠れるように潜んでいたそのモンスターは低い唸り声を上げながらゆっくりと俺たちの前に現れた。
そのモンスターは巨大な狼のような姿をしていた。
体毛は全体的に黒く、所々に白のラインのような文様がある。
口外に露出する太い牙、四肢に携えた鋭い爪は強力な武器なのだろうとても鋭い。
だが、何よりも特徴的なのはその尻尾だ。
長く伸び、揺れるように動くその先にあるのは鋭い刀身。
まるで狩人が使う≪大剣≫のようなサイズの巨大な刃状になった尾が――二本。
その刃の切っ先を俺たちの方に向けながらゆらゆらと動いていた。
「尻尾の先が剣になっている、のか?」
俺は思わず呟いた。
尻尾の先が尖っていたり、ハンマーのようになっているモンスターは何体もみたがこのモンスターのように磨き抜かれた刃のようになった尾先をもったものは初めてみた。
「あれは――≪惨刃獣≫だ」
「≪惨刃獣≫?」
「ああ、名は≪ゼノベロス≫という。本来ならもっと≪ニライ・カナイ≫の中心の≪帰らずの森≫というエリアに出てくるはずの大型モンスターなんだが……」
「……待て、≪ニライ・カナイ≫は中心に近いほどモンスターの危険度帯が上なんじゃなかったか? となるとこいつは――」
「そうだよ、≪ゼノベロス≫は危険度が上位のモンスターだ」
その言葉に俺は一段と警戒心を高めた。
――可能性は考慮していたけど本当に出てくるなんて……。今の尾の攻撃、やはりルードをやったのはコイツか? あれをまともに受けてしまっては採取用の防具じゃひとたまりもない。それ第二班が襲撃された場所の惨状……あれを振り回せば木々なんて片っ端から切り倒されておかしくはない。
この≪ゼノベロス≫が第二班を襲撃し痛めつけ、そしてルードを瀕死に追いやったのだとしたら辻褄が合う。
逃した獲物であるリンクスたちを追って近くまで来ていたところ、狼煙が目に入ったので近寄ってきた……そんなところだろうか。
――リンクスたちに確認を取れればわかるが三人は洞窟の中だ。それに≪ゼノベロス≫が仮に犯人じゃなかったとしてもこうして目をつけられた以上、やるべきことは変わらないか……。
完全にこちらを獲物として認識している様子の≪ゼノベロス≫、戦闘は避けられそうもない。
中位や下位のモンスター相手なら装備による優位もあるが相手が上位のモンスターであればその優位もない。
一瞬の油断が命取りになる相手、それも所見の相手となると。
「どうする? 三人とドラゴを呼ぶか?」
「そうしたいところは山々だけど、そんな隙を許してくれる相手じゃ」
なさそうだ、と続けようとした俺の言葉は≪ゼノベロス≫の攻撃によって遮られた。
低く唸るような声を上げ、こちらの様子を伺うようにしていたと≪ゼノベロス≫はフィオとの会話の最中に不意に飛びかかってきた。
「――っ、ちィ!」
「くっ!」
巨体に見合わぬ俊敏な動き、四脚獣特有の瞬発力をいかした飛び込みからの前脚を振り下ろす攻撃。
鋭い爪の一振りを俺とフィオはとっさに左右に分かれるようにして回避した。
――こいつ……っ、こっちの一瞬の隙を突いて……。
会話をする際に生まれた隙をつく行動に俺は内心で息を呑んだ。
明らかに狙われた動き。
≪ゼノベロス≫は狩猟者。
捕食者として恐ろしく狡猾な本能をモンスターであると認識した。
「こいつと戦った経験は!?」
「もちろん、何度も倒した! 注意を払うべきはあの尾剣の攻撃だ。あれだけは受けるなよ! 威力も桁違いだが受けると防御力を一定時間低下させられる!」
「リンクスたちがいっていたやつだな……厄介だな」
「それと≪ゼノベロス≫にはもう一つ……面倒な特性があって」
「特性? それは――」
フィオから少しでも情報を得ようと尋ねるが答えが返ってくるよりも先に≪ゼノベロス≫は猛攻が始まった。
――っ、速いな。この装備だと動きに追いつくのは無理か。
鋭利な牙による噛みつき、爪での攻撃が迫る。
その一つ一つを丁寧に盾でさばき、あるいは槍でいなし、隙を見て反撃を加えようとするも槍の切っ先が≪ゼノベロス≫の捉えることはなかった。
単純に動きが速いからだ。
≪ゼノベロス≫はよく動く、牙や爪での一連の攻撃を済ませるといったん距離をとって改めて飛び込んできて攻撃を加えてくるというパターンを繰り返すのだ。
広く空間を使った戦い方を得意とするというべきか。
これをされると機動力に劣る今の装備では捉えることが難しい。
軽装備の武具ならバックステップで距離を置いた≪ゼノベロス≫相手にも一気に距離を詰めて攻撃を加える――という手段もとれるかもしれない。
あるいは機動力を補うスキルでもあればやりようもあったかもしれないが、盾持ちのため動きに制限のかかる≪重装槍≫では距離をとった≪ゼノベロス≫相手の追撃が困難を極めた。
何度も機会を外してしまっている。
――いや、無理をすればできないことも……ない。だが、やはり厄介なのはあの尾剣だ。
ゆらゆらと揺れるように、しかし攻撃の際にはまるで鎌鼬のような速さで襲いかかる≪ゼノベロス≫の二振りの尾剣に俺は手を焼いていた。
近距離では振りづらいのか使われることは滅多にないが、その分ある程度距離ができたときはこれでもかと尾剣は襲いかかってくる。
――中距離用の主攻撃ってところか。よく伸びるし、角度も多彩で襲いかかってくる。そして、威力も高いし受けると防御力を下げられる。厄介なんてものじゃないな。
何度か攻撃にさらされて俺はそんな愚痴をこぼした。
それほどに≪惨刃獣≫の異名のもととなったであろう二振りの尾剣は面倒だった。
そして、なにより――
「特性とやらがわかった。これ以上ないほどに」
「それは何よりだ。≪ゼノベロス≫は夜行性で基本的に日が昇っている間は行動しない。なぜなら自らの強みをいかせないからだ」
「闇に溶け込む特性、か。全く……」
≪ゼノベロス≫にはそんな特性があった。
最初こそ単に黒いから夜の闇に紛れて見づらいだけなのかと思っていたのが……。
――明らかにおかしい。これはシステム的にそういう特性を持っているということか?!
そう確信してしまうほどに俺は戦いの最中、何度も≪ゼノベロス≫の姿を追い切れなくなった。
一度や二度なら動きについていけず、そういうこともあるかもしれないがどれほど警戒してもそれは起こる。
なら、そういう力を持っていると考える方が自然だ。
――俊敏で空間を広く使う行動パターン、防御力を下げてくる強力かつ多彩な中距離攻撃、そして注意していても闇に紛れて姿を見失う特性……ええい、≪重装槍≫で戦う相手じゃないな!
さて、どう戦うべきか。
俺は思案に暮れつつ、思わぬ形で対峙することになった強敵の攻略法を考え込みながら槍を握りしめた。
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