第三十四話:痕跡
「ここか!?」
「……間違いないな、ここが第二班が襲撃を受けた場所だ。よくやったぞ、ドラゴ」
「わふっ」
安否不明の三人の行方を捜索するために≪始まりの密林≫の中をあてもなく進んでいた俺たちだったが運よくその現場にたどり着くことに成功した。
そこには第二班のものとみられる荷物が散らばっていた。
物資をまとめるための背負い袋に、携帯用の水袋、狩人にとって必需品ともいえるナイフなどが乱雑に地面に転がっていた。
「ひとまず、なんの成果もあげられずに帰る羽目にはならなくなってよかった」
周囲の様子を探りつつ、俺は懐から取り出した管に火を点けると近くに放り投げた。
すると管から大量の煙が噴出しみるみると立ち上っていく。
狩人が野外で伝達に使う特殊な狼煙。
管の中の仕掛けを弄ることによって内部の火薬の配合を変化させさまざまな色の違う狼煙を発生させることができる代物、俺が使ったのはその中でも夜間用に使う配合だ、星明かりに反応して淡く緑色に輝くため夜の闇の中でもよく見える。
「これで近くにいる捜索隊はこっちにくるはずだ」
なにか手がかりになるものを見つけたら知らせる、あらかじめ決めていたことだ。
「とはいえ、ただ待っているわけにもいかないな。三人の行方につながるものを見つけられるといいんだが……」
俺はそう呟きながらあたりを見渡した。
最悪の場合、死体となって見つかる可能性も覚悟はしていたがその様子がなかった。
「……ここで襲撃が行われたのは間違いない。その後、戦闘も行っているな」
「ああ、暗くて見づらいがここら一帯は随分とあれている。それに見ろ地面に血の跡が……匂いからして間違いない。どっちのものだろう?」
「こうも暗いと見分けがつかないな。だが、量から考えてもそこまで深い傷ではないな」
「血の匂いをたどれば……ドラゴならいけるんじゃないか?」
「……いや、難しいな。見ろ、それならもうドラゴが追っているはず。たぶん、逃げる最中に≪消臭薬≫を使ったな」
「≪消臭薬≫? ……あー、たしか変な特殊異常状態を解除するアイテムだっけ? たしか食料系のアイテムが使えなくなるんだったか」
「ゲームではそういうアイテムだったな。マイナーな異常状態で別に解除しなくても別に戦おうと思えばそのまま戦えるから初めて戦うときはともかく、わざわざ用意もしなくなるアイテムだけどこれが結構便利でね。入っている瓶を叩きつけて割ると一気に拡散して一帯の匂いをパッと消してくれる。それを利用して逃げるときに匂いでたどれないようにできる」
「へえ、そんな使い方が」
「そっちでは使わないのか?」
「どうだろうね。もしかしたら私が知らないだけなのかもしれないが……いや、今はそこはいいか。それよりも問題なのはドラゴでも匂いをたどれそうにないということか」
「そうだな。まあ、あくまで≪消臭薬≫は使用した一帯の匂いを消すだけだ。効果範囲の外は当然、残っているはずだからそれをドラゴが捉えれば追えるはずだ」
「なるほど……。とはいえ、どの方向へいったのか。そうだ、血の痕跡がヒントにならないかな?」
「どっちのものかがわからないからな」
「そうか、襲撃した側のモンスターの可能性もあるか」
「そっちも気になるから見つける分にはいいんだけどね」
「未知のモンスター、か。この戦闘のあとを見ると相当に凶暴なモンスターのようだね」
フィオはちらりと周囲を見渡しながらそういった。
そこには本来、鬱蒼と生えていたであろう木々が軒並み倒されている光景があった。
その光景自体は決してこの世界では珍しくない。
大型モンスターが暴れれば木々の一つや二つ、生半可な大きなものは簡単にへし折られてしまうもの。
戦闘があったというのならなおさらだ。
ただ、異なる点があるとすれば――
「アルマン、この断面を……」
「ああ、わかっている。これは折れて倒れたんじゃない、切り倒されたんだ」
俺は地面に倒れた木々の断面を見ながら呟いた。
木々の断面は鋭利に切断された痕跡が見て取れたからだ。
「第二班がやった、ってことはなさそうだね」
「恐らくそうだ。これだけの数を切り倒す理由も必要性もないからな、となるとこの惨状はモンスターがやったと考えるのが自然だ」
軽く見渡しただけで七、八本ほどの木々が切り倒されていた。
その光景を見ながら俺は脳内でそのモンスターのイメージを固めていく。
「思い返してみればルードの傷跡、それに鎧の損傷……爪や牙にしては薄かったように思える……鋭利な攻撃手段、というのはこれか? 尖っているというより刃物に近い形状か。……切り倒された木々は一カ所に固まっているな、それに放射状に倒れている――となると一つずつ切ったのではなくて、一気に……」
「……あー、アルマン? 集中しているところ、悪いんだけど」
フィオの言葉に俺は正気を取り戻した。
「ん? ああ、すまない。少し集中してしまって」
「いや、すごいね。痕跡からいろいろと考察するなんて」
「癖みたいなものだ。一番怖いのは想定していなかった攻撃を受けることだからな。敵の正体がわからない以上は……」
できる限り情報を集めたい、些細なことであったとしても。
だが、どうにも夜の闇のせいで視界が悪い。
地面はかなり荒れており、複数の足跡らしきものがあったがどうにも確認できなかった。
光源をつけて確認しようかとも思ったがそれには相応のリスクもある。
どうしたものかと悩みつつ俺に尋ねることにした。
「まあ、それはおいておくとして。なにか見つかったか?」
「ああ、こっちだ。なにか手がかりがないかとあたりを調べていたんだが……」
そういってフィオは一つの木を指さした。
何の変哲もない木に見えた。
「……なんだ?」
「近くにいってみてくれ、そうすればわかる」
言われた通りに近づいて改めてみるとその木には小さな傷跡が刻まれていた。
一瞬、モンスターと第二班が戦ったときについた傷かなにかかと思ったがよく見るとそれは――
「矢印、か?」
「見づらいけど間違いない。乱雑だけどね」
フィオのいったとおり、多少歪んでいるものの自然にできた跡ではないことは間違いなかった。
誰かが人為的に刻んだもの。
そして、その誰かなど改めて言うまでもないだろう。
「第二班のものだろう。恐らく、救助隊が来たときのために備えて逃げた方角のヒントを残したに違いない」
そう考えるのが自然だった。
「やはり、そうか。となるとこの先に?」
「たぶんな。もしかしたら途中で方向転換したかもしれないが……それでも問題ない。大まかな方角さえわかればあとはドラゴの鼻を頼りにすればいい」
一度、匂いの痕跡を捉えることができればあとはたどり着くのは難しくはないはずだ。
そう考えると俺はすぐさま三人の行方を追うことを決めた。
「他の隊の人間を待たなくていいのかい? 狼煙を見て近くまで来ていると思うんだけど」
「近くまで来てはいるだろうが……具体的にどれぐらい待てばいいかもわからない。それに狼煙が立ち上っている間はそれを目印にして戻ろうと思えばすぐに戻れる」
ただ待っているというのも時間の浪費だ。
メモさえここに残しておけば問題はないはずだ。
「第二班がやったように痕跡さえ残していけば追ってこれるだろう」
「……わかった。じゃあ、先に進もう」
「頼んだぞ、ドラゴ」
その言葉にドラゴは力強く答え、そして俺たちは≪始まりの密林≫の奥へと進んでいった。
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