第三十三話:夜の密林



 物資の回収を主任務とする第二班が向かっていた場所は≪始まりの密林≫の東にある渓流地帯だった。

 そこには綺麗な川が流れていることが確認され、豊富な魚類の姿も確認できた。


 そのため、簡単な罠を仕掛けておくことであとで回収しようという話になり、その仕掛けた罠を確認する予定になっていた。


「とはいえ、どういうルートで行ったかは不明だ。あくまでそこに向かう予定ではあったが単に魚を捕るためだけに向かっていたわけじゃないからな」


「それ以外にも食料になりそうなものや素材として役に立ちそうなものを集めるのも仕事だったんだっけ?」


「ああ、今のところは不足とまではいかないが物資の余裕はあればあるほどいい。それに≪始まりの密林≫に関してもまだまだ探索し終えたわけじゃない。どこにどういったものがあるのか、地形はどうなのかとか集めるべき情報は多い。だから寄り道をしなが渓流まで向かった可能性は十分にある。それになによりどこで第二班が襲撃を受けたのかもわからない。行き最中なのか、あるいは帰りの最中なのか……」


 ルードが≪ロッソ・グラン≫にたどり着いた時刻を考えると帰り道に襲われた可能性が高い。

 一応、行きの時に襲われて班がバラバラになって彷徨い歩いてなんとかたどり着いたのが夕方だった……という可能性もなくはないが怪我の状態を考慮すればそれは低いだろうという結論になった。


 できればそうであって欲しいという希望的観測が多分に含まれた結論だった。

 襲われてまだそれほど時間が経っていないなら負傷していても助かる可能性はある。


「……負傷している可能性は高いのか?」


 そうフィオが尋ねてきた。

 俺は少し考えてから口を開く。


「わからないがルードがあの状態だったことを考えるとあまり楽天的には考えられないな」


 その答えに彼女は考え込んだ。


 ――さて、時間の勝負だな。さすがに夜になるのは不味い。


 フィオの様子を横目で眺めながら俺は思う。


 今、俺と彼女とドラゴは一緒になって≪始まりの密林≫の中を進んでいる。

 目的は帰ってこない第二班の残りの三人を見つけるためだ。


 ――ルードが帰ってきたのがもう少し早ければな……。


 ルキのもとを離れてからすぐ、対策会議が開かれた。

 安否不明の残りの第二班に関してどうするべきか、方針自体はすぐ救助に向かうことで決定したのの問題となったのは時間帯だ。

 ルードが帰ってきたのは日が暮れ始める前の時間帯、救助隊を編制してすぐに向かわせたとしても日が落ちきる前に――と言うのは不可能だ。


 夜というのは恐ろしい。

 たしかに狩人の超人的な五感を持ってすれば日が落ちたあとでも活動すること自体は難しくないが、それでもやはり昼間よりパフォーマンスが落ちるのはたしかだった。


 その状況で凶暴な大型モンスターと戦うのは非常に危険な行為、不意打ちのリスクだって増大する。

 モンスターの種類によって夜行性で夜や暗闇の方が活発に動き、戦闘も得意というという存在もいる。


 ――夜はモンスターが優位な時間帯、だから狩人は夜に活動することは控える。それが常識だ。


 狩人として万全を期すなら一晩待って朝か昼の時間帯に動くのが吉なのだが、そうも言っていられない状況だ。


「話はわかっているな」


「ああ、この数時間でなにか手がかりが見つけられなければ一時撤退って話だよね」


「そうだ。三人を探そうにもその手がかりがない状況だ。これが日が昇った時間帯なら人海戦術で探すというのもありだけど、今の時間帯だとやはり厳しい。どうしても夜間での行動はリスクが増大するからな。それに第二班を襲った正体不明の未知のモンスターのこともある。それを考えると……」


 どうしても二次被害に関して考慮せざるを得ない。

 複数の隊を結成して時間を区切っての捜索、その時間内に手がかりをつかめなければ撤退というのが妥協できるギリギリのラインだった。


「それが限界か。なにか見つかるといいんだが……」


 フィオの言葉に同意しつつ、俺はルキと話した内容を彼女に伝えた。


「……そうか、てっきり私はハグレ個体にでもかち合ったのかとおもったけどそういう可能性もあるのか」


「あくまでも可能性の範囲……だが、用心しておくに越したことはないからな。第二班を襲ったモンスターに心当たりは?」


「鋭利な攻撃手段を持っていて、なおかつ毒の状態異常を与えるモンスターか。そして、中位以上の危険度のモンスター……それだけだとなぁ。いくつか思いつくのはいるけど」


「やはり、難しいか? 俺も思い当たるのがなくてな。とはいえ、俺が知っているのなんて無印時代のモンスターが中心だけど。少なくとも無印にはそんな特徴を持ったモンスターはいなかったはず」


「他のシリーズのモンスターもスピネルたちから送ってもらった資料で確認したんじゃないのかい?」


「一応、読みはしたがそれだけだとどうもな……。なんかいろいろと増えすぎているし」


「同一モンスターでも希少個体とか特殊個体とか複数有ったりするからね。まあ、わからなくもないよ。しかし、相手の危険度の想定が中位以上の危険度となると場合によっては上位モンスターの可能性もあるのか。ハグレのモンスターと初めて出会ったときは理不尽を感じたなぁ。ちょうどもう少しで狙いの大型モンスターを倒せるって時でね。当時はまだ銅級の狩人だった私は相手の危険度もよくわからないまま、邪魔だからとうっかり攻撃を仕掛けてね。反撃の攻撃で即死したものだ」


「誰しもそんな体験するんだな。記憶の中での俺もそんな体験を何度もしている」


「ははっ、やっぱりそんなものか。……第二班もそんな理不尽にあったのか」


「上陸してから大きな問題になったことといえばレティシア関係ぐらいだったからな、俺としても少し油断していたな。ハグレであれ、そうでなかった場合であれ警戒を怠りすぎたかもしれない」


 報告を聞いたとき、一番に過ったのはそんな反省だった。

 警戒していれば防げたかといわれると難しいが……それでも順調さに気を緩めていたのは事実だった。



「……あまり気に病むなよ。責任者は皇子である私だ」


「気を引き締め直しただけさ」



 フィオの言葉にそう返しながら俺たちは夜道を進んでいく。


「≪ニライ・カナイ≫が空の上でよかった。星も月も近いおかげで明るいからね」


「あくまで地上に比べれば……という話だけどな。やはり、限度というものがある」


 彼女のいうとおり≪ニライ・カナイ≫は空に近く、そして遮るものも少ない。

 そのため、比較的に明るくはあるがそれでもやはり日が昇っているときのようにはいかない。


「頼りになるのはおまえだ。頼むぞ、ドラゴ」


 その言葉に答えるようにドラゴは低く鳴き声を上げた。


 ――実際、あてもなく探索して見つけられるほど≪始まりの密林≫は狭くない。他の捜索隊も似たようなものだろう。懸命に探してはいるだろうが、夜はモンスターの領域。不意の襲撃を警戒しながらではな……。


 だからこそ、この状況において狩人以上の探知能力を持つドラゴこそが切り札となる。

 ドラゴでダメならば見つけるのはダメだろう。



 ――あとは運……か。ドラゴの探知できる範囲になにか手がかりがあるといいんだが……。




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