第三十二話:這い寄る



「ちちうえ?」


「……ここで待っていなさい。少しここを離れる」



 その報告を聞いたのは昼食をとり、レティシアに強請られ特訓の様子を眺めていたときだった。

 狩人の力に目覚め、身体能力こそ飛躍的に向上して様になった≪大剣≫の振り方になったとはいえ、立ち回りまだまだだ。

 それを訓練相手としてドラゴ相手に戦わせ、指摘していたところだった。


「で、詳細は?」


 レティシアに見送られるまま、俺は歩きながら報告を聞いた。


「やられたのはリンクスの班です」


「物資の回収をしていた第二班か」


「はい、そうです。二日前に渓流に仕掛けた罠の確認に向かったのですが」


「そこでやられてしまった、と?」


「そうだと


「ん、聞いている?」


「はい、アルマン様。そもそも今回の事態が発覚した経緯はリンクスの班のルードが帰ってきたためでありまして」


「なるほど、なんとか逃れて知らせにきたのか。……ルードは無事なのか?」


「かなりの重傷でしたが≪回復薬ポーション≫で治せる範囲でしたので。安静にしていれば問題なく復帰できるかと」


「そうか、それはよかった。話せる状態なのか?」


「いえ、それは少し……難しい状態のようで……なんでも毒も食らっていたようで」


「毒、か。≪解毒薬≫は持たせていたはずだが」


「恐らくは使えなかったのでしょう。落としたか、あるいは他の者が持っていたか」


「まあ、そうだろうな。ともかく、他の者は見つかっていないんだな?」


「はい、ルード以外の他三名。班長のリンクスを含め、こちらにはまだ戻ってきていません」


「となるとすぐに救助隊を編制しないと……。時間との勝負だ、すぐに人を集めるように。俺はルードの様子を確認してから向かう」


「はっ!」


 俺はそう命を下すとルードが運び込まれている救護テントへと向かった。



                    ◆



 救護テントの中に入るとそこにはルキの姿があった。


「来ていたか」


「はい、さっき話を聞いて」


「ルードは?」


「ダメですね、毒の影響もあって高熱を発しているので数時間は意識は戻らないでしょうから詳しく話を聞くのは難しいかと」


 既に確認していたらしく彼女はこちらの言葉にすらすらと答えた。

 医療班の見立てとも合致し、恐らく正しいのだろう。


 ――話が聞ける状態だったら一番よかったが……まあ、いい。


 簡易ベッドに寝かされた青い髪の青年の狩人――ルードの様子を眺めながら俺は尋ねた。


「≪回復薬ポーション≫は使ったのか?」


「はい、アルマン様。外傷に関しては既に治癒が始まっています。ですが、かなりの重傷のため完治するには時間がかかるでしょうね」


「復帰はできそうか?」


「身体的なものに関しては十分に治療できる範囲です。精神的なことに関してはわかりませんけど、腕や足が食われたとか千切られたとかそういう怪我じゃなかったので。……怪我の大部分は背中ですね。後ろからざっくりとやられています」


 ルキの言う通りルードの背中には深い裂傷があった、うつ伏せの体勢で寝かされていたのはそのためだろう。


「かなり深いな……」


 ルードの様子を観察しながらつぶやく。

 これでも長年狩人とやってきた経験がある、彼が喋ることができなくともいろいろと割り出せるものはあった。


「深い裂傷が右から左の腰に向かって……」


「爪によるものにしては傷跡が一本なのが気になりますね」


「ああ、そうだな。爪によるものなら複数ついても……いや、爪も一部だけが長いタイプがいたかそういう可能性もあるか。だが、問題はそこじゃない」


「そうですね」


 そう言ってルキはベッドのすぐ近くに置かれていた血で汚れた防具に目をやった、治療のために脱がされたルードのもので間違いない。


「物資の回収が目的だったからな採取用の防具だったのがまずかったか」


 ルードたちの班の任務は物資集め、食料や何やらともかく集めるのが目的でそのために有用なスキルをもった装備をしていた。

 採取用の防具は戦闘用の防具よりも防御力が低いという特徴がある。


「そうでなかったらここまで負傷しなかったかもしれませんね」


「……たしかにな。だが、それでも今回ここに持ち込んだ防具はよほど特殊なものでない限り上位のものばかりだ。ルードの防具だってそうだ」


 採取用の防具の防御力が戦闘用の防具より劣るのはたしかな事実ではあるが、それはあくまで同じ等級の防具と比較すると――という話だ、仮にも上位防具である以上は最低限の防御力はある。

 だというのに、


「これがやられた背中の部分か……随分と壊されたものだな。それ以外にも腕の部分にも傷が多い、防御した時のものだろうけど」


 近づいて確認すると背部の損傷もそうだが、全体的にかなりの傷を防具は負っていた。

 その壊れ具合から大まかな攻撃力の推測を俺は立てた。



「やはり下位の大型モンスターの攻撃によるものではないな。下位の大型モンスターでも攻撃を続ければ破壊は可能だがそれにしては一つの一つの傷が深過ぎる。最低でも中位クラス以上の攻撃力はないとこうはならない」


「ん、やっぱりアルマン様もそう思いますか?」


「ああ……。そもそも、仮にいくら油断をしていたところに襲撃を受けたとして下位の大型モンスターくらいなら対処はできたはずだ。物資回収を主な役割としていたとはいえ経験豊富な狩人、対モンスターに特化した構成じゃなかったとしても……。というか、不測の事態に備えて一人は戦闘用の装備だったはずだし、それを考慮すればなおさらだ」


 考えれば考えるほどやはりありえない。


 だが、現実に第二班はやられ一名は重傷の状態で帰還。

 他三名は安否不明の状態。


「やはり考えられるとしたら下位より上のモンスターにやられたと考えるのが自然だな」


 俺の言葉に同意するようにルキもまた頷いた。


 ――……状況から考えてそれが一番筋が通る。様子から察するに毒を使うモンスターだったらしいし、その点を考慮すれば戦いの最中で崩された可能性は十分にありえる。


 状態異常関係は対処のミスが致命的な結果を招くことが多い、経験豊富な狩人であったとしてもだ。


 ――それなら納得はできる……けど、そうか中位以上の危険度のモンスターか。


 考え込んだ俺の気持ちを代弁するかのようにルキは呟いた。



「……だとすると、問題ですよね」


「ああ、そうだな。この推測が正しいとすると想定をひっくり返す必要がある」



 フィオたちからの情報によればゲームにおいて≪ロッソ・グラン≫はプレイヤーが最初に活動拠点にする場所であり、その周辺は基本的に下位のモンスターしか存在しない――ということになっていた。


「だからこそ、ここを選んだわけなんだが中位以上の危険度大型モンスターも出没するとなるといろいろと方針を変更する必要がでてくる」


「まあ、まだハグレという可能性もありますよ?」


 基本的にモンスターというのは環境や危険度帯にわかれて活動しているものなのだが、まれにそれを無視して渡り歩くモンスターがいる。


 それをハグレという。

 下位のモンスターが出てくる環境なのにそれ以上の危険度を持つモンスターがあらわれる――たしかに通常であればその可能性を想定するべきなのかもしれないが。



「いや、ここは最悪のパターンも考慮しつつ動くべきだな」


「最悪ですか?」


「ああ、ここら辺には下位のモンスターしか基本的にでてこないというのが間違った情報の場合だ」


「ふむ……」


「完全に全てが間違っているとはいわない。実際、今のところ確認されたのは下位の危険度のモンスターばかりだし、そのほかの細かな得られる素材とかの情報もあってる」


 ゲーム上の≪ニライ・カナイ≫を基本的に再現しているのは間違いない。

 だが、やはり全て再現しているかは……やはり疑ってかかった方がいいかもしれない。



「進行しているであろうストーリーの件もある」


「つまりは基本は再現しつつ、環境……出没するモンスターとかに「ノア」が手を加えている可能性があるってことですか」


「ないと言い切れる根拠がないからな。……同時にあると言い切れるほどの根拠もないが」


「なるほど……で、どうする気ですか?」


「これから人員を集めて救助班を出さないと。……まだ生きているなら助けなければ、手遅れにならないうちに。その前にできるだけ敵のモンスターの情報を集めたかったんだが」


「現状ではなんともいえませんね。鋭利な攻撃手段を持つことと毒の状態異常を使うことぐらい。これではちょっと候補を絞れません」


「そうか……未知のモンスターがいる場所に向かうのはあまりやりたくないがそうも言ってられないか。ルキはこのまま拠点に残って拠点のことと調査を頼む」


「わかりました。では、ご武運を祈ってます。ちゃっちゃと助けて帰ってきてくださいね。あとその未知のモンスターも軽く倒してきて持って帰ってきてもいいですよー?」


 気軽そうに言葉を投げかけてきたルキに俺は肩をすくめて答えた。






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