第三十一話:流れ



 クエストを果たすことで完成した≪ロッソ・グランの黒鐘楼≫、そのとでもいうべきものがわかるのはそう遅くはなかった。



 最初に気づいたのは物見櫓にいた見張りだった。

 ≪ロッソ・グランの黒鐘楼≫を建てた瞬間、拠点の周りをうろうろとしていた下位モンスターたちが一斉に距離をとったのだ。


 あくまでも拠点から距離をとっただけで逃げ出した――というわけでもなかったが、彼らは一律に拠点から距離を置いたのだ。


「なんだ?」


「変な建物ができたから驚いたんじゃないのか?」


 見張りたちはそう思い、一時的なものだろうと気にもとめなかったが変化はそれだけではなかった。


 それは外に狩りに出かけ狩猟した獲物を拠点へと持ち込もうとしていた隊の証言だ。


「血の匂いにひかれたのか横取りしようと隙を伺ってまとわりついてきてな、しょうがないんで追い払ってから改めて拠点の中へと入ろうと相談しながら近づいていったら急に立ち止まってな」


「ああ、その通りだよ。なぜか近づいてこようとしなくなったから、そのまま拠点の中に荷車も運び込んだんだが結局なにもやってこなくてな……なんだったんだ?」



 などという報告が相次いだ。

 鐘楼が完成して数日ほど経ったがこれらの情報を総合すると――



「つまり、あれにはモンスターを忌避させる効果がある……と?」


「はい、私の家にあったアレと同じです。作り方まで同一かは知りませんが要するにセーフゾーン展開する装置みたいなものです。鐘楼から発せられる信号によってモンスターは近づくことができない、いや近づきたくない気分にされている――って感じですかねぇ?」


 俺の言葉に同意するようにルキは頷いた。

 自分の目でも確認したが明らかになかったときよりもモンスターたちは距離をとっていた、普通に考えるとおかしな行動なので恐らくはこの予想は正しいだろう。



「となると、あの依頼クエストは拠点が最低限とはいえ完成したからあんなものを? 鐘楼の力を使ってエリア内の安全性を確保する」


「拠点ができたクリア報酬としてエリア化した……といったところか。たしか似たような処理は≪グレイシア≫や≪帝都≫でもされているんだったか」


「ああ、設定上重要なエリアには配置されモンスターを牽制していると聞いた。そうじゃなきゃゲームどころじゃないからね」


「一応、サバイバル要素はあるとはいえそれはメインじゃないからな。街やら何やらをフリーでモンスターに襲撃されるのをどうにかするとなるとはっきり言えば別のゲームだし。とはいえ、≪グレイシア≫」はそれなりに襲われていたけど」


「まあ、あくまで平時において狙われなくなるだけで≪依頼クエスト≫の時は別ってことなんでしょう。あそこは中心も中心の領地ですから、そういったことが発生しやすくてもおかしくはありませんし」


「ふむ、なるほどな。まっ、そこら辺はおいておくとして。ひとまず、鐘楼の一件は俺たちにとってはいい形に落ち着いたとみるべきか。あまり信用しすぎるのはダメだし、防衛設備の準備は進めるが……それでもモンスターが襲ってくる危険度が軽減されるのは大きい」


「そうだね、今後もああいった形で≪依頼クエスト≫が用意されるなら受けるべきか」


「たぶん、それが正道なんでしょうね。「ノア」も悪意があってやって動いているわけじゃありません。なんならプレイヤーに対し娯楽を提供するために動いているだけですし……」


 ルキのいっているとおり、「楽園」を管理する「ノア」にとって俺たち人間プレイヤーに対する害意はないし、悪意もない。

 「ノア」自身が認識できない部分で損傷したシステム上の欠陥が発生し、それを修正できる管理者がいなくなってしまったというだけ。


 それがまあ、致命的なのだが。


「そうだな、基本的に「ノア」が用意した≪依頼クエスト≫ならば報酬はプレイヤーの利益になるものはずだ。それにそれを熟すことで用意された筋道というのもわかるだろう。だから、基本的にそれに従うべきなんだろうが……」


 そうなると予測される問題がある。


「ボスモンスターの存在ですね」


「まあ、そうなるよね」


 『Hunters Story』という作品をする上でやはりメインとなるのは大型モンスターの狩猟だ。

 バージョンアップしていろいろと要素が増えたとしてもこれは続編においても変わらない。



「≪ニライ・カナイ≫についてわかっていることは多くはない。それでもわかっていることが何点かある。まず一つ目、この≪ニライ・カナイ≫を舞台としたシリーズが『Hunters Story』の後期に存在していたこと。二つ目、ただしその時間軸があっていないこと。初代ともいえる無印の時代の未来の話となっているからな、その設定を準拠するなら≪ニライ・カナイ≫にこの時代に人はいてはいけない」


「「ノア」はその設定を守っているように見えるね。事実として≪ロッソ・グラン≫は存在しなかった。だから、こうして建てたわけなんだけど」


「三つ目、≪ニライ・カナイ≫の中は正常に稼働している。今のところ、情報上の≪ニライ・カナイ≫と現実に存在する≪ニライ・カナイ≫に大きな齟齬は存在しない。モンスターや植生、地形など……大まかにわかっている範囲だが。それにスキルの発動も問題はなかった。つまりは「ノア」の管理下に有るということ」


「要するに正式な「楽園」の一部ってことですよね」


「ああ、そうなるな。正式にシステムに組み込まれている新ステージ、それにここにこれた経緯から察するに「ノア」は≪ニライ・カナイ≫にプレイヤーがたどり着くことを望んでいたと考えるのが自然だ」


「それは≪依頼クエスト≫が発生していることからも間違いじゃないと思います」


「……総合的に考えてやはり≪ニライ・カナイ≫を舞台としたイベントが進んでいるのは間違いない。問題はそれがどういうものかということだ」


「元来の物語は未来の話だからそこらへんはあまり参考にできないんだよね」


「『Hunters Story』である以上、進めていけばなんらかのボスモンスターにあたることになるのは間違いない。まさか延々と拠点作りというわけにもいかないだろうし」


「ゲームの中ではどんなモンスターなんでしたっけ?」


「蛇竜種の≪アジュル・アララ≫というモンスターだな。最初にできた大型モンスターは。これを倒して昇格できるようになってね――」


「ふむ、「ノア」がゲームのストーリーをしてくるとしたらその≪アジュル・アララ≫が出てくる可能性があるか?」


「流用してくるかどうかは未知数ですけどね。そもそも時期も違う以上、完全にオリジナルでストーリーを組んでいると考えた方がいいでしょう」


「なら、他のモンスターの可能性も?」


「可能性はゼロじゃないかと」


「それもそうか。……最終的なボスモンスターはなんだっけ。たしか蠍がどうの……」


「虹晶蠍の別名を持つ、≪アグラ・アバス≫だな。この≪ロッソ・グラン≫から遠く離れた場所にあるあの大きな山、≪久遠の霊峰≫に居座っている大型モンスター。まあ、あくまでゲーム上の話だけど」


「≪アグラ・アバス≫、≪久遠の霊峰≫……か。そこにたどり着くのが最終目標になるのか? いや、あくまでそいつは先でおこるストーリーイベントのボスだとしたら、他に別のモンスターが用意されてもおかしくない?」


 考え込むが結論を出すにしても情報が少なすぎた。

 わかっていることは今後とも「ノア」からの≪依頼クエスト≫は怒るであろうということ、それを達成すればプレイヤー側にとって助かる報酬が得られるということ、そしてそんな風に「ノア」からの≪依頼クエスト≫を受け続けイベントが進行すればいずれ強大な力を持ったボスモンスターも現れるだろうということ。



「ふぅ、やはり結論をだすのは難しいな」


「仮に出てくるとしても最初期のボスモンスターだから≪アジュル・アララ≫なら問題はないと思うよ。中位に近い下位モンスターだからよほどのことがない限り、先遣隊のレベルなら……」


「問題があるとすればレベル調整をしてきて上位モンスターをぶつけられる可能性がないとはいえないということだな。ストーリー進行をしないように≪依頼クエスト≫をしないという手もあるけど……鐘楼は正直、助かったからな」


「システム解放の一種でもあると考えると悩ましいですね。できることが増えるようになるわけですし」


「……やはり適度に進めつつ、様子を見るしかないか。じゃあ、そういう方針でいくとするか」



 話し合いの末、そう方針が決められた。


 拠点の開発を進めつつ、物資回収班と調査班の派遣。

 いつの間にやらあらわれる≪依頼クエスト≫の処理などを進め――数日、経ったある日のことだった。




「大変だ! 外に出た隊の一つがやられた!」




 大きなトラブルもなく順調に過ごせている……と思った矢先の出来事だった。



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