第三十話:黒き鐘楼
「おー、ここがそうか」
俺は見上げるような巨木を見てそう呟いた。
≪始まりの密林≫の奥にそれは存在していた。
「ああ、この木が≪龍封木≫が採取できる木だよ」
それは自然豊かな地上でもなかなか見ない立派な木だった。
――これほどのものはそうは見たことはないな……。
この『Hunters Story』の世界、いろいろとスケールが大きい。
大型モンスターは当然として小型モンスターとて、あくまで大型モンスターに比べると小型というだけで平然と成人した大人と同じくらいのサイズのモンスターも多い。
そして、そんな生き物ばかりなので自然のスケールも大きく、モンスターのスケールに負けないように立派に育った木々など当たり前のように存在していた。
その中でもこれほどの木はなかなか俺の記憶にないほどにその巨木は雄大だった。
「名前が……確かあったはずなんだけどな。なにかのイベントで見た記憶があるんだけど――ド忘れしてしまった。≪ニライ・カナイ≫の伝承に関するイベントだったはずなんだけど」
「ああ、なるほど世界観設定に関するものか。ああいったのはあまり記憶に残らないからな。好きな人は好きなんだろうけど」
「世界観に関してはそれほど興味を持ってなかったからなぁ。ストーリーと関連していたらまだ覚えていたんだろうけど」
「つまりは≪ニライ・カナイ≫の開拓期……前日譚的な話のイベントか。それならたしかに忘れても仕方ないか。まあ、いいんじゃないか? それなら今のところ関係ないはずだろうし、忘れていても支障はないはずだ」
突如、発生したクエストを達成するため俺とフィオは集めるアイテムの一つである≪龍封木≫を手に入れるためにここへと訪れていた。
そのほかの≪古代大骨≫と≪黒金石≫は大まかな場所さえわかってさえいれば見つけやすいが、≪龍封木≫に関しては場所が≪始まりの密林≫の奥にあるためフィオが向かった方がいいだろうという判断の下の割り振りだ。
「わー、大っきい……登っていいですかちちうえ」
「あまり上に行きすぎなければな。それからドラゴからも離れすぎないようにすること」
「はーい」
フィオの他にはレティシアとドラゴも一緒に来ている。
レティシアは≪グレイシア≫の外に出たことがないため、当然これほどの巨木を見たことはない。
そのためかとても興奮して登りたがっていた。
――どうにも狩人としての力を発揮できるようになったせいか、アグレッシブになっているな。まあ、俺もそういう時期はあったけど……。
俺の言葉を聞いて元気に登り始めるレティシア、そのあとを追うように登るドラゴの様子を眺めながらフィオに尋ねた。
「それにしても≪龍封木≫か。龍という単語が入っているのが気になるな。≪ニライ・カナイ≫にも≪龍種≫は出るんだったか?」
「あー、イベントでは出てきたね。ただ、ストーリーでは……」
「そうなのか? まあ、関連するイベントはあってもアイテム単体はただの換金用のアイテムってことならそれほど重要じゃないとは思っていたが」
「そうだね。新しい≪龍種≫に関しては続編の方の≪アルド・ノア≫の方で」
「……新しい≪龍種≫か」
その言葉にちょっとだけ渋い顔になった俺を見てフィオは苦笑いを浮かべた。
「まあ、うん。わかる、気持ちはわかるよ?」
「いや、わかっているんだ。あくまで伝説とか神話云々はストーリー上の話で≪六龍≫とかいってもゲーム上では普通に復活して何度も狩猟できたからな。そこら辺の話はただ人間側がそういう風にとらえているだけで≪龍種≫も凄まじい力を持っただけのモンスターだってことは……」
あくまで≪龍種≫を神聖視して捉えているのは人間側の都合で≪六龍≫とかいってたけど、それに匹敵する≪龍種≫が別の地方にはいました――というのは矛盾した話ではない。
そのため、≪六龍≫の他に≪龍種≫が増えてもいいし、何なら≪龍種≫でもないのに≪六龍級≫などという区分のボスモンスターが登場したり。
――まあ、ゲームとして続編を作らなきゃいけない以上、そうなるのは仕方ないけどさ。
なんというか……納得できない。
『Hunters Story』の最初のバージョンしかやっていないこととこの「楽園」でその≪六龍≫と死闘をした身としては≪龍種≫とは≪六龍≫のみのことを指すのだ。
――だから、なんというかこう……≪六龍≫以外の≪龍種≫といわれてもなぁという気分になる。
「しょうがないことだと理解はしているつもりなんだけど……」
「シリーズ物で初代しか認めない人みたいな言動だね」
「初代しかやってないから仕方ない。そういう厄介な人間のつもりじゃないんだけど……まあ、そこら辺はいいや。それよりも≪龍封木≫についてだ。由来はなんかあったようだけど、今はおいておくとしよう。それよりもどう採取すればいいんだ? 適当に切ってしまえばいいのかな?」
「いや、≪龍封木≫として採取できるのはこの木の一部だけだよ。まあ、ゲームの時はあくまでオブジェクトだったから基本的に採取判定がなくて、判定があったのがそこだったって話なんだけど」
「一部だけってどうやって見つければ……」
「≪龍封木≫となる枝は確か視覚でも判別できて黒く染まっているはず」
「黒に?」
「ああ、葉っぱにある葉脈ってあるだろ? あんな感じで黒く染まった線が枝に走っているのが≪龍封木≫だ」
「もうちょっと普通か、もしくは神聖っぽい見た目かと思ってたけど」
思わず俺がそんなことを呟きつつ、登っているレティシアとドラゴへ≪龍封木≫の見た目を叫んで伝えた。
するとすぐに返答があった。
「ちちうえ! あそこにあるよ! 取ってくるね!」
「危ないから無茶は……」
「大丈夫! ドラゴも一緒だから!」
こちらの心配も何のそのといわんばかりにレティシアたちは登っていった。
彼女たちの運動能力の高さのおかげもあるだろうが、単純に≪龍封木≫の木が大きすぎるのだ。
木に絡みつくようにして伸びている蔦も大きいため、勾配はあるが十分に人が歩いて登れる足場になっている。
木の表面はゴツゴツとしており、しっかりと踏めば問題なく進めるのだ。
よほど、うっかり足を踏み外さない限り落ちることはない。
そして、そんなことになる前にレティシアにつけたドラゴは助けに入るだろうとこれまでの経験から信頼していた俺は彼女たちの様子を地上から眺めていた。
「どうだ、たどり着けそうかー?」
「うん、大丈夫だよー!」
嬉しそうに返事をするレティシア。
近くにモンスターの気配は感じられないため、大丈夫だろうと判断した俺は娘に取らせることにした。
これもいい経験だ。
そうやって見上げているとふと思い出したかのようにフィオが口を開いた。
「そうだ……実は生っているか!」
「実?」
「ああ、≪龍封木≫の見分け方の一つに実がついている枝を探すというものがある。というのも≪龍封木≫になる枝にしか生えない≪龍珠の実≫というものがあってね」
「それはレアアイテムなのか?」
「そうだよ。とても貴重なアイテムでこれを使うことで最高ランクの薬をつくることが――」
「ないよー」
「え」
「だから、ないよー。枝は見つけたけど実は生ってないよー?」
レティシアの言葉にフィオは肩を落とした。
「うーん、時期が悪かったのかな?」
「まあ、まだ他の≪龍封木≫があるだろう。これだけの木だからな一つということもあるまい。どうせどれぐらい必要なのかもわからないから、多めに採取して戻るつもりだったんだ。探してみよう」
「それもそうだね」
そういって三人と一匹がかりで≪龍封木≫の確保に成功するも、≪龍珠の実≫が見つかることはなかった。
◆
「まさか、その日のうちに集まるとはな」
「腕のいいのが揃っているのでね」
夕暮れの頃合い。
≪龍封木≫の採取を済ませ≪始まりの密林≫をしばらく調査した後に帰還した。
そこで待っていたのはこちらとは別に調査に動いていた班の成果だった。
「≪古代大骨≫に≪黒金石≫、どちらも揃っているな」
「案外、簡単に見つかりましたよ。≪古代大骨≫は骨が積み上がった場所があってそこから……。たぶん、なにか大型モンスターの巣だったんでしょうね。ただ、風化が激しいのでかなり昔のことなんでしょうけど」
「≪黒金石≫は採掘で見つけました。ヒントで指示されていた周辺に洞穴があったんでその奥で掘ってみたら見つかって」
それぞれの報告を聞き、俺は労うように頷いた。
――思ったよりもスムーズに集まったな。最悪、依頼内容は導入でその地点に向かうとモンスター登場! みたいなことまで考えていたけど、さすがに深読みだったか? なにもなかったならそれに越したことはない。
それよりも問題はここからだ。
「それで……集めましたけどこれをどうするんです?」
一人がそう口にした。
そう、一般的な採取
なにせ依頼人がいないのだ。
というかいるにいるが「
どうしようもない。
「具体的な指示はこの三つを集めること。ここからどうやって目的の黒き鐘楼とやらを作るのか――」
「あっ、なんかビビっときました」
するとルキがいきなりそんなことをいいだした。
「……そうか。ついに頭が」
「いや、可哀想なものを見るような目で見ないでくださいよ! なんかこう……インストールされた感じがしたんですって。鐘楼を作るための工程というか手順のようなものが!」
「……ああ、なるほど。≪
新装備、技術が解禁される際、物作りに関する人間の脳内にインスピレーションが起こる現象が確認されている。
それと同じ現象が発生したのだろう。
ルキ以外にも幾人か似たような症状に襲われたらしく、彼らは彼女とともに工房の方へと向かっていった。
当然、≪古代大骨≫、≪黒金石≫、≪龍封木≫の三つのアイテムを抱えて。
次の日の朝。
≪ロッソ・グランの黒鐘楼≫は完成した。
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