第二十九話:イベント発生



 先遣隊の朝は早い。

 いや、正確に言えば休まる暇がない――というのが正しいだろう。



「どうだ調子は?」


「アルマン様」


「ああ、おはよう。それで?」



 目が覚めると俺はすぐさま準備を整えて物見櫓のもとへ向かった。

 この≪ロッソ・グラン≫で一番高い建物で周囲の様子がよく見える。


「夜にこそこそとしている小型モンスターが何匹かいましたが矢を射かけたら逃げていきました」


「昨日よりも多いですな」


「そうか……まあ、急にこんな場所ができれば気にもなるか。物珍しくて近寄ってきたか?」


「狩ったモンスターたちを運び入れてますから、その匂いを追ってきたのかも知れません」


「それもあるか」


 見張り番の二人の男、彼らの報告を聞いて俺は考え込んだ。


 ――まあ、そうなるか。ここは人の手が入ってなかった場所、そこに拠点を作っていこうとすればこうもなるか。


 予想できていたことだ。


 ――初日、二日目はいきなりあらわれた俺たちの存在に警戒して近づいてこなかったんだろうけど……。


 いつまでも警戒して足踏みをしてくれる、なんてうまい話はそうあるものではない。

 こちらを隙をうかがうように出没する動き……。



「狙っているな」


「狩りますか?」


「いや、今は放置するしかないな。近寄っても逃げるだろうし。ただ、防備の備えに関しては怠らないように」


「「はっ!」」



 俺はそう命じると物見櫓から降りた。


 ――……今のところ来ているのは小型モンスターだけか。ここら辺の小型モンスターはそれほど怖くはないが、数を集められると厄介だな。負けるとは思わないけど損害が出る可能性はある。大型モンスターに関してはさすがに看過できないから優先的に狩るとして……。


 ≪ロッソ・グラン≫の防備に関して考える必要があるな、と俺は感じた。

 先遣隊の質からしてよほどのことがない限り最悪の事態はないと信じているが、それはそれとしてモンスター襲撃に対しては常に対策を講じておく必要がある。


 ――≪グレイシア≫ほどの城壁が欲しいとは言わないけど、もっと拠点内を安全にできたらいいんだが。……最低限の柵に見張りのための物見櫓、あとは罠とかも仕掛けているけど、やはりこれだと不十分か。


 できればもっと堅牢にしたいところだが、人手は限られておりやることもいっぱい。

 防衛設備の強化にまではまだまだ手が回らない。



 ――とはいえ、≪グレイシア≫ほどの防衛力がない以上、できるかぎりの向上に勤めておかないと……悩ましい。



 限られたリソースをどう割り振るべきか。

 優先順位はどうするべきか。


 そんなことを考えていると俺のもとに一人の女性が話しかけてきた。


「アルマン様」


「ああ、クラリッサか。早いな。フィオ皇子は?」


「まだお休みの最中で……それよりもこれを」


 紫色の髪をした軍服の女性――クラリッサは俺が選抜した先遣隊の中でもいささか毛色の違う人間だ。


 彼女は帝都の人間であり、フィオの部下に近い立ち位置の人間となる。

 いろいろと秘密の多いフィオのサポートをするために一緒にやってきたというわけだ。

 皇子の補佐に就くだけあってクラリッサは非常に優秀な女性でいくつか仕事を頼んでいた。



「ああ、終わったのか」


「はい、ひとまずこれで最低限の≪ロッソ・グラン≫の着工が終了しました」


「思いのほかかかったな」


「浴場の方がなかなか……しかし、フィオ皇子のいったとおりの場所を掘ったら湯泉が沸くとは――さすがはフィオ皇子です」


「そうだな、皇子のおかげだ」



 これは別にフィオに不思議な力があった、という話ではない。

 単に彼女がやっていたときに≪ロッソ・グラン≫には温泉があったということをフィオは覚えていて、それならばと事前の予定に組み込んでいたものだ。


 正直、それほど期待していたわけではないのだが彼女が大まかに覚えていた温泉があった場所を掘ってみたところ――本当にのだ。



 ――なんというかこだわりすぎじゃないか……? いまさらといえばいまさらだけど。



 温泉が湧くようになったというのは嬉しい。

 とはいえ、そこまでこだわっているの狂気だなと俺は素直に思った。



 まあ、そこら辺はともかく。




「これで事前に組んでいた拠点の工程表は終了というわけか。さて、ここからどうするべきか――」




 そんなことを呟きながら、俺がクラリッサから書類を受け取った瞬間、



〈――クエストの発生を宣言します〉


〈――クエスト名「黒き鐘楼を掲げよ、拓く者たち」〉


〈――プレイヤーの皆さま、詳細はクエストボードをご覧くださいませ〉



 唐突に頭に鳴り響いたその声に俺は朝っぱらから面倒ごとため息をついたのだった。



                  ◆




「じゃあ、情報をまとめようか」




 突如として再度はなたれた「ノア」の言葉に≪ロッソ・グラン≫はにわかに混乱したものの、気を取り直すと先遣隊の中の主要のメンバーを集めて俺たちは作戦会議を行うことになった。



「それでクエストボードには?」


「ああ、本当にその名の依頼書が貼られていた」


「いつの間に……。誰かのいたずら?」


「さてな、そこまでは。いろいろと聞いて回ったが誰もそんな依頼書を張っている姿を見た人間はいなかった。全くどうなっているんだ?」


「まあ、そもそもクエストボード自体が遊びで用意したようなものだけどさ」


「それで? 依頼書の内容は?」


依頼クエスト名の下に内容が詳しく載っていたな。どうやら採取依頼クエストのようで……」


「三つのアイテムを集めるというものでしたね。アイテム名は≪古代大骨≫、≪黒金石≫、≪龍封木≫というそうです」


「どれも聞いたことのない名前だ」


依頼クエスト内容にはヒントもあったのでそれによればこの≪ロッソ・グラン≫周辺で集めることが可能なものだと思います」


「だとしてもそもそもこの依頼クエストはうけるべきなのか? こんな薄気味の悪い」


「だが、あの声……神の声を無視するわけにはいかないだろう」


「それはそうかもしれないが――」



 意見を出し合う彼らを尻目に俺はフィオへと小声で尋ねた。



「思い当たる節は?」


「ないよ」


「本当に?」


「ああ、そんな依頼クエストをやった記憶はない」


「アイテムの方は?」


「それなら知ってる。≪古代大骨≫の方は装備用の素材にも使われるけど、他二つは基本的に換金用のアイテムで使い道自体はなかったはずだけど」


「物自体はあるのか……」



 彼女の言葉を聞いて俺は考え込んだ。

 これはいったいどういう事態なのか……と。


「どういうことだと思う?」


「まあ、状況から察するにイベントフラグを踏んだことによるイベントの進行……と考えるのが自然だと思う」


「やはり、そうか。なにが原因だ?」


「タイミングから推測するに……≪ロッソ・グラン≫の完成かな。クラリッサから拠点の基礎工事が終了したという報告を受け取っていたときにこの騒ぎだったからな」


「なるほど……黒き鐘楼、か」


「なにか思い当たるところが?」


「いや、イベント自体に思い当たる節はなかったが確か記憶の中の≪ロッソ・グラン≫の街中にはシンボルとなる鐘楼があったんだ。塔の上に飾られた大きな黒い鐘楼でね」


「ふむ……」


 その言葉を聞き、俺は思考を巡らせた。


 ――フィオの記憶にあるゲーム上の≪ロッソ・グラン≫はある意味では未来の≪ロッソ・グラン≫だ。なら、それとなにか関係が……? 例えばゲーム上の≪ロッソ・グラン≫の光景に近づけるための「ノア」が作ったクエストとか?


 あり得ない話ではない、と思い至る。


 ――……まあ、どちらにしろ無視はできないな。やらなかったからといって害を与えてくるとは思わないけど、変にイベントフラグを折るのもな。


 どういう意図であれ、基本的に「楽園」の管理者であり運営を司っている「ノア」に対し俺たちは逆らうつもりはなかった。



「……ともかく、その依頼受けるとしよう」


「いいんですか、アルマン様」


「要するに特定のアイテムを集めろというだけのものだろう? これが仮に特定の大型モンスターを討伐せよという内容ならいろいろと吟味をしてから受ける必要があったがそうでないなら調査のついでにやればいい。どのみち、≪ロッソ・グラン≫周辺の調査は広げていくつもりだったわけだしな」


「それはまあ……確かに」


「ちょうどどこから手をつけるべきか悩んでいたところだったからな。ルキ、その三つのアイテムがある場所の位置はわかるか?」


「依頼書の内容のヒントからするとこことここ、それからこっちの方角ですかね」


 空からの観測によって描かれた≪ニライ・カナイ≫の大まかな地図、机に広げられたそれに向けて彼女は大雑把に指を指した。

 チラリッと俺はフィオへと視線を向けると彼女はこくりと肯定するように頷いた。


 どうやらフィオの記憶とも合致しているようだ。

 俺はそれを確認すると口を開いた。



「なら、班を分けてその地点を中心に今日は調査を行うとしよう。いい目標ができた」


「≪古代大骨≫、≪黒金石≫、≪龍封木≫の三つを集めるんですね?」


「ああ、ただあまり無理はしなくていい。依頼達成クエストクリアを目標にはするが、幸い期限などは区切られてはいないわけだからな」



 このクエストにどれほどの意味があるのかわからないため、俺はそう付け加えたのだった。



「では、今日を始めよう」



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