第二十八話:二日目の夜




『それで見つかったのがこれだと?』



 ≪天振結晶≫による通信によってつながった先でスピネルが言った。

 彼女の目は今日の密林から帰りに見つけた謎の物体――水色の尖ったなにかを見つめている。



「なにか心当たりは?」


『通信越しではな……フィオ皇子はどうなんだ? 彼女はプレイヤーだ』


「残念ながら私もよくわらかないんだ。なにかの素材アイテムっぽくはあるんだけどね」


 いくらゲームの記憶があるとは言ってもいちいち素材一つ一つを覚えていない――というのが彼女の主張だった。


 まあ、そう言われれば俺としても確かにそうだなと納得するしかない。

 よほど特徴的な見た目をしていなければ素材アイテムなど記憶に残らないだろう。


 そもそも、大抵の場合はその素材の名前で把握している。

 これがゲームならば調べれば簡単に表示してくれただろうが残念なことにこの「楽園」にはそのようなシステムは存在しない。



「そちらでもわからないとなると手のうちようがないな」


『こちらとしてはそもそも≪ニライ・カナイ≫の存在自体が想定外だ。いろいろと過去のデータなり何なりを集めて全容解明には奔走しているが、今のところたいした成果も得られられていない。ただ、普通に考えるならなにかしらのモンスターの素材と考えるのが妥当だろう。≪ニライ・カナイ≫を舞台としたゲーム内において登場したモンスターはすべて情報は送っていたはずだが……』


「それが今のところ、これだ――ってのが見つかってなくてね。だから、こうして尋ねたわけなんだけど」


『なるほどな』


 フィオの言葉にスピネルは考え込むような表情になった。

 件の素材の正体に関して考えを巡らせているだろうか。


『ふむ、それでフィオよ。先遣隊の方はどうなのだ? に関しては聞いてはいるが』


「今のところは順調です。大きな問題も発生しておらず、食料や水、そして資源の確保も進んでいるところです」


『そうか……』


『その……レティシアは大丈夫だった?』


 と尋ねてきたのはエヴァンジェルだ。

 その隣には心配そうにしているアンネリーゼもいる。


『泣いたりしてないかい?』


「ああ、元気にしている」


『それにしても拠点の外に出すなんて……』


「ここは≪グレイシア≫ほど安全ではないからな。自衛の手段は必要だ。それに慣れもな」


『それはそうかもしれないけど……』


 聡明な彼女がその必要性を理解できないはずはない。

 とはいえ、それと親として子を心配するのは当然のことだ。

 心配そうな表情を浮かべる妻に対し、安心させるように俺は笑いかけた。



「心配しないでくれ。俺が必ず守るさ」


『うん、信じてるよアリー』


「それにさすがは俺の娘だ。思いのほか肝が据わっているというかなんというか小型モンスターを倒してみせてな」


『えっ、レティシアが?』



 驚いたように目を見開くエヴァンジェル。

 それはそうだろういくら装備を調えているからといってモンスターを倒せるかどうかはそれで別問題だ。


『それって大丈夫なのかい? その初めての狩りをしたあとというのはいろいろと大変だって聞くけど』


「それが思いのほかケロッとしていてな。拠点に帰ってきて一息ついたと思ったら、今はペットにした≪ヨミウサギ≫に夢中でね」


『ほう? それはそれはなかなかに将来有望じゃな』


『飛行艇の中に忍び込むほどのお転婆娘だ。随分と図太い神経を持っているのだろう……親譲りだな』


「褒め言葉として受け止めておこう。まあ、なんにせよ思った以上にレティシアはこちらの生活にうまく馴染めそうだ。心配はいらないよ」


『そうか、それならよかった……』


『それにしても共生生物のペット化か……特殊行動を起こす共生生物は捕まえて飼ったあとでもその力は発揮できるのか?』


『わからんのぉ。そもそも≪ニライ・カナイ≫自体が想定外の存在であるわけじゃし。どういった法則で成り立っているのか』


『ゲーム上の存在を現実に再現する以上、どうしたって不可能なことは存在する。そこに差異は生まれるはずだ』


「あまりこのゲーム上の情報も信用しすぎない方がいいですかね」


『まあ、そうなるな。そこのところの調査はアンダーマンに任せればいいじゃろうて』


「ふひひ、お任せください! こんなに研究材料が……ああっ、ここは宝庫ですよ宝庫!」


 どこか恍惚とした表情でくねくねと身体を揺らすルキの姿にスピネルの視線の胡乱げな視線が突き刺さる。



『……おい、≪龍狩り≫。暴走しないかはちゃんと見張っておけよ?』


「任せて欲しい。暴走しても最小限の被害でおさえられるように努力する」


『暴走するのは確定なのか。……まあ、そうだな』


「納得しないで!?」



 ルキがなんか吠えているが俺たちはそれを無視した。

 非常に優秀で欠かせない存在だが、それはそれとして問題を起こす――それがここにいるみんなの彼女への共通認識だったからだ。


「ともかく、今のところは無理をせずに≪ロッソ・グラン≫の拠点化を進めながら調査を続けていく予定だ」


「調査項目はいろいろありますよね。単純な地形調査から植生やモンスターなどの環境調査。これらがゲーム上のものをどれだけ再現しているのか。それとなによりもシステム調査ですね。今のところスキルもE・リンカーも不調は見られないので「楽園」内のシステムの中であることは間違いないようですけど……」


『独自のシステムが運用されている可能性もある……と』


「現状では否定できる要素も特にないですからねー。まあ、今のところそれらしきものは見つかってませんけど」


『それは……モンスターの安全装置もということか?』


「それがかかっていたらよかったんですけどね。まだ完全に結論を出せるほど情報は集まってないのでなんともいえませんけど、≪ニライ・カナイ≫のモンスターだけ安全装置がある――ということはなさそうな感じですかね。今のところ」


『そうか、まあそんなうまい話があるわけもないと思っていたが』


『あれに関しては例の事件でメインシステムから破損してしまったからのぉ。「楽園」にとって≪ニライ・カナイ≫はどういった扱いになっているかは不明じゃが、そこだけ無事だったというのはいささか都合がよすぎるか』


「ですねー、とはいえそこら辺は想定の範囲内。大型モンスターの遺骸の確保もできましたし、詳しく調べていくつもりです。まあ、持ち込めた機材だけだと限界はありますけど――やってみせましょう!」


 そういってルキは胸を張った。

 相変わらずのその自信満々っぷりに俺は頼もしく感じた。



                   ◆



 そのあと、ある程度の会話を行い通信を切った。

 ≪天振結晶≫による通信は無制限にできるわけではないので余裕を持たせておく必要がある。


 俺たち三人は天幕の外へと出た。



「ふう、さすがに疲れたな」


「アルマン様も大変ですね、やることが多くて」


「帰ってから今日の報告を聞いてまとめてまた報告……大変なことだ」


「まあ、調査が始まったばかりだからな向こうも気を揉んでいる時期だ。俺が直接報告するのが安心するだろうからな、仕方ない。時期を見てフィオに任せる気だ。この先遣隊の代表は皇子様だからな」


「ふふっ、みんなそう思ってないようだけどね。まあ、任された。これからどうする?」


「私はとりあえずいろいろ手に入ったので解析を進めます! ≪ニライ・カナイ≫特有の共生生物や植物、モンスターの素材など手に入ったので……ううっ、どれから調べようか困っちゃう!」


「またキノコをキメて暴走するなよ?」


「わかりましたアルマン様! ハチミツとハーブをキメます!」


「違う、そうじゃない」


「大丈夫ですよアルマン様! 狩人の身体というかE・リンカーの力は誰よりも知っていますからね、適切に使えば二、三日寝なくともなんともありませんって。っていうか実証済みですからね!」


「……そうなのかい?」


 フィオの言葉に俺はため息をついて頷いた。


「まあ、そうだな」


 狩人の力はすさまじい。

 それは単純な腕力や脚力、動体視力の強化だけにとどまらず、それ以外にも身体に関するほぼすべての機能が逸脱している。


 例えば、人間というのは基本毎日食べなければ動けなくなる生き物だが狩人ならそうでもない。

 本来、運動量に対して消費カロリーも増えるものだがE・リンカーによって運動能力を維持しつつ、消費カロリーを極限まで抑えることがつことが可能なのだ。


 無論、食べられるなら食べた方がいいに決まっているが最悪飲まず食わずでもある程度活動できてしまえるのが狩人という生き物だ。


 これらはスピネルたち曰く、プレイヤーが「楽園」での狩りを楽しめむための対策らしい。


 『Hunters Story』――というゲームはたしかに大型モンスターを相手にした狩猟を楽しむのがメインのコンテンツだが、同時にゲーム内の世界観を大事にしているゲームでもある。


 広大な自然、空想の世界。

 それらの中を探索し、歩き、あるいは駆け回ってモンスターと戦う……それこそが『Hunters Story』である、と。


 だからこそ、この「楽園」においてもそれは重要視されているわけで作り込まれた世界を自らの足で進むのが醍醐味とされているわけだが――ここはあくまで現実世界、ゲーム世界と違って生身の肉体である以上は生理的な限界というものが存在する。



 ようするに生き物である以上、食べるものは食べないといけないし、出すものは出さないといけないということだ。

 だが、ここら辺のことをあまりリアリティに追求しても誰も得しない。



 そのため、E・リンカーは単純にモンスターと戦えるだけの身体機能を与えるものではなく、その他の生理現象にまで影響を与えるものとなっている。



 端的にいえば狩人は食事を取れば高効率でエネルギーとして貯蓄でき、また消費されるカロリーの消費も抑えられ活動可能。

 また排泄などの機能も最低限に抑えることが可能、E・リンカーによって不要なものは体内での分解が促進されるからだ。


 そして、睡眠なども必要性が小さくなる。

 これらはいわゆる街以外のフィールドにいると顕著に発揮されるようになっている。


 要するにプレイヤーとして狩猟を楽しむにあたって不便な要素は排除されるというわけだ。


 ルキはその要素を利用した。

 ゲーム的にはアクションのためのスタミナをブーストする飲み薬のアイテムや状態異常の≪睡眠≫の解除用のアイテムのキノコなど、それらをブレンドすることによって不眠のドリンク剤を作ることに成功したのだ。


「……最高記録は一週間だったな」


「それは……その……大丈夫なのかい?」


「健康には問題ありません」


「そのあと、丸一日寝たけどね」


「ダメじゃないか」


「さすがに一週間はダメでしたね……でも、一日眠るだけで一週間不眠で過ごせるならコスパよくないですか?」


「丸一日ピクリともしなかったから滅茶苦茶心配したんだが?」


「だから、それからは連続では二、三日しかしないようにしたじゃないですか! もう!」


「なんでこっちがわがままを言っているみたいな感じになっているのか、これがわからない」


「なんで一日って二十四時間しかないんでしょうか?」


「そこに疑問を持ち始めたか……哲学だな」


 因みにルキの愛飲しているこのドリンク、当然のことながら協議にかけられアウトかセーフか検討された。

 その結果、広めるのは不味いがルキだけがこっそりと使う分なら問題ないだろうという結論になった。


 というかどのみち彼女ぐらいしか作れない。

 単に混ぜ合わせるだけではなく飲食の際に発生する体内のE・リンカーの反応、それらを誤作動させるというかなり頭のおかしなものだからだ。


「まっ、ともあれ私は今から楽しい研究タイムです! お二人はどうしますか?」


「私は少し疲れたから休ませもらうよ。アルマンはどうする?」


「そうだな軽くしか食べてなかったし、少し腹ごなしをしてから……ああ、そういえばレティシアはどうした?」



「ああ、レティシアちゃんなら。たぶん――」


 そういってルキが指さした場所には人が集まっていた。

 いったいなんだとかき分けて近づくとその中心にはレティシアがいた。

 先ほど服を替えたのに何やら汚れている。



「あっ、ちちうえ! 見てください!」


「ああ、アルマン様。汚れたので綺麗にする方法を教えて欲しいと頼まれたので」


 困ったように頭を掻きながらレティシアに教えていた男はそういった。

 確かに装備のメンテナンスは大事だが狩人の武具も防具もそうそう壊れるものではない、それも小型モンスターをちょっと狩ったぐらいでは。


 なので軽く汚れを取るぐらいでよかったのだが、レティシアにとっては初めての相棒だ。

 とても綺麗にしたかったのだろう。



「よくできたな」


「うん!」


「だが、もう寝る時間だ。とはいえ、その手ではな……とりあえず、洗ってきなさい


「はーい!」



 出来に満足したのか、あるいは褒められて嬉しかったのか俺の言葉に素直に従って手を洗いに行ったレティシアの後ろ姿を眺めながら俺は謝った。




「すまなかったな。自分の仕事もまだあるだろうに」


「いえいえ、あれが仕事のようなもんですから」





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