第二十七話:落とし物



「ちちうえ、この子飼っていい?」


「うーん、どうだろう」


「ちゃんと餌もあげて面倒を見るから」



 愛する娘であるレティシアはそういって上目遣いで頼んできた。

 その様子に当然のように俺は陥落しかかっていた。


「……大丈夫だと思うか?」


「ん、まあ大丈夫じゃないですか? たぶん、そういうことをしようとするプレイヤーのことも想定しているでしょうし」


「変にアウト判定に引っかかると困るんだけど」


「モンスターならともかく小動物なら問題ないんじゃないかな。たしか捕まえてペットにするようなシステムもあったはずだし」


「あー、そんなのあったのか?」


「うん、拠点とかに生け簀とか作って魚を飼ったりとかもできたはず。そういうのにはこだわらないタイプだったから詳しくはないけど、そこら辺も引き継いでいるのなら」


 などと話し合う俺とルキとフィオの三人。

 話題はレティシアのおねだり――彼女が抱えている≪ヨミウサギ≫のことだ。


 密林の中で偶然に遭遇し、俺たちに希少な素材アイテムの入手の機会を与えてくれた≪ヨミウサギ≫であったがレティシアは気に入ってしまったらしい。

 野生生物として普通に去ろうとしていたところを捕まえてしまったのだ。


 ――まあ、見た目的に気に入るのは仕方ないとはいえ……それにしても飼うか。


 そして、俺に対するおねだり。

 ペットとして飼いたいというものだ。


 本来であればあっさり認めてやってもいい可愛らしいお願いだ。

 所詮は小動物一匹、増える程度たいした手間ではないのだが……これが≪ヨミウサギ≫という特殊行動をとる希少な共生生物となると判断に困るところだ。


 なにせ≪ヨミウサギ≫には希少な素材アイテムの存在をとらえ、そしてそこに狩人を導く力があると実践して見せたばかりだ。


 そんな存在を飼うなどやっていいことなのだろうか。

 下手をすれば不正行為としてみられるのではないかと不安が過ってしまったのだ。


 とはいえ。


 ――ルキの言ったとおり、≪ヨミウサギ≫を飼い慣らして希少な素材アイテムを回収しやすくする……なんてことは誰でも思いつきそうな行為だからな。その程度の想定ぐらいしているだろう。


 野生でなければ特殊行動をしない、などの条件を設定しておけば解決できる問題ではある。


 ――それにフィオの言葉を信じるならペットシステムみたいなものはあったらしいからな。それがどこまでこの「楽園」で再現されているかはわからないが……。


 そこまで危険視するものでもないか、と俺は思い直すことにした。

 過去の事件が事件なので不正行為判定には注意する必要はあるが、かといって気にし過ぎていてもそれはそれで何もできなくなってしまう。


 ――まあ、気になるところではあるからな≪ヨミウサギ≫を飼い慣らしてその力を有効活用できるのか。あとは繁殖とかはできるのか。


 仮に繁殖できたとしても希少種である≪ヨミウサギ≫ではなく、通常個体の≪トコヨウサギ≫になりそうな気がしなくもないが。


「そのときはそのときか」


「ちちうえ?」


「いや、なんでもない。じゃあ、ちゃんと面倒を見るんだぞ? ここはこういう場所だからな」


「わかった! ありがとう! ちちうえ」


 よかったねぇ、と胸に抱きしめていた≪ヨミウサギ≫に語りかけるレティシア。

 対する≪ヨミウサギ≫は驚くほどにおとなしく抱かれている。



「おとなしいな……あれはペット化ができているということか?」


「どうだろうね。わからないことばかりだ」


「共生生物のペット化……なるほど、閃きました!」


「とりあえず、ろくでもないことだと思うからやめろ」


「なんでぇ!? まだ何も言ってないですよ、アルマン様ぁ!」


「いや、だってこう……今までのやらかしがな?」


「功績だってあるでしょう!?」


「……≪ニライ・カナイ≫の共生生物を片っ端から捕まえようとか考えたんじゃないか?」


「……ソンナコトハナイデスヨ?」


「ウサギ一匹を飼うならともかく、今の拠点の規模でできるわけがないだろう」


「えー、でもー、だってー――あるまんさまー、ちゃんと餌もあげて面倒を見るからー」


 レティシアの真似でもしているのか前屈みになって上目遣いでねだってくるルキに対して俺はきっぱりと返答した。



「却下で」


「ケチ!」


「というか、子供の真似して恥ずかしくないのか?」


「そういうのやめてください」


「思い返して恥ずかしがるぐらいならやらなきゃいいのに」



 俺の言葉に羞恥にもだえ始めたルキの様子にフィオが思わずつぶやいた。

 まあ、彼女が研究資金の調達にあの手この手を使うのはよくあること、動物園のように共生生物を大量に飼育できたら最高だなという欲求に耐えられなかったのだろう。



「……まあ、なんだ。≪ロッソ・グラン≫の開発が一段落したら、そういった施設を作ることもやぶさかではないが」


「本当ですか!? 約束ですからね! 言質とった!」


「なんだかんだで彼女に甘いんだね」



 全然、甘くはない。

 ルキの才能と能力を認めているだけだ、と視線で抗議したがフィオはあまりわかってなさそうな顔だった。



「どんな名前にしようかなー! うーんとうーん……」



 それはさておいて、≪ヨミウサギ≫を飼うことを許可されたレティシアはご満悦な様子だ。

 ふわふわの毛を撫でながら可愛らしく悩んでいる。


 俺としてはそんな彼女の様子を眺めているだけでほんわかとした愛おしさがこみ上げてくるのだが――



「アルマン様」


「アルマン」


「ああ、わかっている」



 どうやら、このままピクニックのように採取や釣りだけで探索が終わる……などという都合のいいことは起きなかったようだ。


「ちちうえ?」


「武具を構えなさい」


 レティシアだけ場の空気の変化において行かれているのか困惑した声を上げるが、俺は冷静にただ指示を出した。


「えっと、この子はどうしたらいいかな?」


「足下に離しておきなさい。もとは野生の生き物、危なくなったら自分でどうにかするだろう。だから、早く」


「は、はい!」


 彼女は俺に言われたとおり、胸に抱きしめていた≪ヨミウサギ≫を離すと背負っていた武具を取り出し――構えた。

 表情こそ不安げではあるものの、E・リンカーの覚醒が始まり狩人としての素養を発揮し始めているレティシアの構えにしっかりとしてブレはなかった。




「さて、お客さんだ」


「どっちかというと私たちが彼らのテリトリーにお邪魔しているんですけどね」


「まあ、そこのところは」




                   ◆



 それはイタチのような姿をしたモンスターだった。

 長い尾と胴体をした四足の獣で名前は≪ラッドル≫という。


 ≪ニライ・カナイ≫の固有種――というわけではなく、地上にもいる小型モンスターの一種だ。


 数匹の群れで行動する習性を持ち、動きは機敏。

 小型とはいえモンスターである以上、大きさ自体はあるのだが縦ではなく横に長い。


 そのため、這うように動く。

 基本的に自分よりも大きい、もしくは同じくらいの大きさの相手とばかりやることの多い狩人にとって若干やりづらい低さで動くのが厄介なモンスターだ。



「えっ、えーい!」



 とはいえ、それはあくまでにとっての話。


「おおっ! 今のはいい感じだぞ!」


「そこです! こちらから攻撃するのではなく、動きをよく見て合わせるようにふる感じですよレティシアちゃん!」


「そうだ、もっと腰を落として力強く……」


 俺たち三人の声に応えるようにレティシアは≪霊剣ミストワール≫は振った。



「やぁっ!!」



 振ったとは言っても身の丈ほどの大きさの≪大剣≫だ、いかにE・リンカーの力による補助があるとはいえどちらかといえば遠心力でぶつけていると称した方がいい一振りだったが――その力は絶大だ。

 カウンター気味に命中した≪霊剣ミストワール≫の刃の一撃に≪ラッドル≫はたまらず吹き飛ばされた。



「いい一撃だ」


「あれは即死ですねー」


「相手は下位の小型モンスターだしね、上位武具の攻撃力ならそうなるよね」



 俺たち三人は戦いの様子を観察しながらそんな批評を口々につぶやく。


 ――傍目から見れば幼い子供にだけ戦わせて見てるだけってどうなんだろうな……。


 そんな思いが頭を過ったが俺は努めて考えないようにした。

 これは必要なことなのだ。


 言ってしまえばレティシアがきちんと狩猟できるかどうかの試験のようなものだ。

 元々、その予定も兼ねていた。


 狩人に憧れる子供は多いがなれる人間というのはそう多くはない。

 本来であればすべての人間に等しくE・リンカーという狩人として活動できる資質が備わっているというのにもかかわらず、だ。


 なれる者となれない者、その差は身体的な素養ではなく精神的なものだ。

 要するに狩りに畏れを持つか否か、モンスターと対峙できるか否か――というものだ。


 命のやりとりをする以上、どうしたって恐怖というものはつきまとう。

 それを克服できるか、あるいは御することができるかどうか。


 できなければどれだけ意欲があろうとも狩人にはなれない、なったとしても大成することは難しい。


 ――レティシアに意欲があることはわかった。だからといって狩猟ができるかどうかは別問題だ。やる気に満ちていた新米がいざモンスターと実際にやり合って心が折れた……なんて話は腐るほどあるからな。


 だからこそ、レティシアの素質をはかる必要があった。

 それもできるだけ早くに。


 素養がないのであれば早めにそれを自覚した方が傷も浅くてすむ。


 ≪ラッドル≫の群れをちょうどいい規模の相手だった。

 たかだか数匹の下位の小型モンスターの群れ、狩人として上位の腕を誇るルキに俺とフィオというプレイヤー二人、合わせて三人の敵ではない。



 危なくなったら介入するという前提でレティシア単独で狩らせてみたのだが――



「動きがよくなってきましたね。さすがはアルマン様の子供というか」


「最初の方はぎこちなかったけどね」


「モンスターと初めて退治する時なんてあんなもんでしょう。お二人が例外すぎるだけで普通はおびえるものですよ」


「いや、俺たちも別に怖がってないわけではないというか。単に慣れてるだけというか。見飽きたというか」


「うんうん、大型モンスターとやり合ってるときに邪魔だったなーって」


「そんな感想になるまで普通は経験しないんですよ。とはいえ、本当に最初だけでしたねレティシアちゃん。何度か転ばされたけど相手の攻撃が全然痛くないってわかった途端、大胆に動くようになったというか」


「上位防具の防御力にさらに防御偏重のスキル構成だからな。小型モンスターの攻撃なんてまず脅威にならない。そのことがわかったからだろうな。とはいえ、あまり過信しすぎるのもどうかと思うが」


「アルマン様は厳しすぎます。まあ、癖になりすぎるのはまずいですけど初の狩猟ですからね。怪我をしなくても噛みつかれたり、爪で攻撃されれば怖いものです。でも、それを克服してしっかりと見えるようになってます」


「ああ、いい動きだと思うよ。しかも、単に攻撃するだけじゃなく自分なりに考えながら戦っている」


 フィオの言葉通り、レティシアの戦いぶりはお世辞にも上手とは言えない拙いものであったが自分なりに一振りごとに改善しようという意識が見て取れた。


 ――思った以上だな……。


 俺は感心しながら娘の奮闘を眺めていた。

 正直なところ、泣かずに戦えればいい……ぐらいの気持ちでいたのだ。


 恐ろしいモンスター相手にきちんと対峙できるだけそれなりの素養があるといっていい。

 それが証明できればひとまず合格――ということにするつもりだったのが、レティシアは予想以上に奮闘していた。


 まず、俺が思っていたよりもレティシアの狩人の素養は高かった。

 最初こそ恐る恐るだったものの、装備の性能に助けられ十分に戦えるとわかると思い切りがいいのか反転して攻めに転じることができた。


 これだけでもかなり狩人としての素養が高いと評するに値するのだが、彼女はさらに≪ラッドル≫に攻撃を加えて負傷させても竦まなかった。


 ――まあ、軽度の興奮状態なのもあるんだろうがな。


 狩猟という命の奪い合いである以上、それは避けられない。

 命を奪うという行為、それは慣れていけば乗り越えられるものではあるが……。



「や、やったー! 終わりましたよ、ちちうえ!」


「ああ、見ていたぞ。さすがは俺の娘だ」


「えへへ」


「だが、いろいろと酷いことになっているな。端的に言って血なまぐさい」


「あっ、本当だ」


「本来なら解体のこととかいろいろと教えたかったが……今日はここまでにするか」



 初めての狩猟成功に興奮気味のレティシア。

 だが、恐らくは今は興奮でどうにかなっているだけで後から一気に精神的な身体的な疲れが押し寄せてくるだろうと考えた俺はきりあげることに決めた。



 本格的な調査一日目と考えれば、まあそれなりに成果はあったといえるだろう。

 それに日ももう少しすれば落ちる頃合いだ。


 ――さすがに夜間での探索をするのは危険が過ぎるからな。


 そう考えながら血のにおいにひきつけられて、他のモンスターでも近寄ってないかと周囲を見渡した俺はふとレティシアの≪ヨミウサギ≫が消えていることに気づいた。



 ――いかん、逃げられたか? レティシアに泣かれてしまう……なんだ、いるじゃないか。



 一瞬慌ててしまったが≪ヨミウサギ≫はそれほど離れた場所にはいなかった。

 茂みの方を覗き込んでいる様子だ。



 ――逃げなかったってことはやっぱりペット化に……それにしても何を見ているんだ?



 気になった俺は≪ヨミウサギ≫の覗き込んでいた茂みの方へと近づき、そして――




「なんだこれ?」




 俺は水色の鉱石のような尖った物体を見つけるのだった。


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