第二十六話:≪ヨミウサギ≫を追って
ゲームにおいて≪ヨミウサギ≫は狩人にポップした希少な素材アイテムを教えてくれる――という役割があった。
この場合の希少な素材アイテムというのはいろいろだ。
動植物系アイテムや鉱石系アイテム、果ては大型モンスターがまれに移動中に落とすことがあるそのモンスターの素材などなど、範囲は広い。
とにかく、そのエリアに現在出現している希少アイテムのところに狩人――プレイヤーを誘導してくれるのだ。
では、ゲームを再現したこの「楽園」内において≪ヨミウサギ≫はどうなっているのか。
(可能性で考えれば「そんな行動などせず、単にデザインだけが≪ヨミウサギ≫なただのウサギ」というのは十分にあり得そうだけど……今までのことを考えるとな)
いささか≪ヨミウサギ≫の生態はゲーム的過ぎる、とはいえ「楽園」を作った人間たちがそんな妥協を許すのかという疑問が俺にはあった。
そして、その考えはどうやら正しかったらしい。
「ちちうえ、ちちうえ。こっちへおいでって言ってるよ!」
「ああ、その通りだな。だが、ここは密林の中だ。危ないからあまり前に出ないこと」
「はーい」
「ほら、手を繋ごう」
「うん!」
俺とレティシア、そしてルキとフィオの四人は≪始まりの密林≫を進んでいた。
進む、進む、進む。
密林の中を周囲を警戒しつつも――進む、進む、進む。
俺たちは進む。
先導するのは解放した≪ヨミウサギ≫だ。
ルキから解放された≪ヨミウサギ≫はまるで俺たちを誘導するに移動を始めたのだ。
「うーん、明らかに逃げる動きとかじゃないですよね。かといって平常時の行動とも思えません」
「ある程度、距離があいたらこちらを待つように振り向いて近づいたらまた進み始める……これはやっぱり」
彼女たちが言っているように≪ヨミウサギ≫の行動は明らかにおかしかった。
レティシアも言っていたが、まるで「おいでおいで」というような行動。
「ふーむ、ここまで再現されていると言うことは他の共生生物も期待できるかもな。なかなか面白そうなものもあったし」
「ちちうえ?」
「いや、なんでもない。しかし、俺も狩人として長くやってきたがこういった経験は初めてだな」
「そうなの?」
「ああ、ウサギの後を追って初めて誰も知らない密林の奥へ……なんていうかメルヘンチックだろ?」
「確かにそうですね。童話とかに出てきそうです!」
「ふっ、きっとエヴァに言ったら詳しく説明するようにって迫られるだろうな。……そのときは頼んだ、レティシア」
「わ、私ですか!? が、頑張ります!」
軽い気持ちで頼んだ頼み事だが、とても真剣に受け止めた様子のレティシアに思わず苦笑した。
(これがゲーム通りの行動なら≪ヨミウサギ≫は希少な素材アイテムのところに導いてくれるはず。となるとその有用性ははかりきれないな)
ゲーム内と違い、時間経過でリポップするわけではないこの「楽園」の中において希少な素材アイテム集めというのはかなり大変だ。
優秀な防具や武具を作ろうとすると必要になるし、さらに必要数も多いときたものだ。
(≪ニライ・カナイ≫産の防具や武具も作ろうとすれば当然必要となる。だが、地上とは違って≪ニライ・カナイ≫原産の希少な素材アイテムは当然在庫なんてないわけで……それは、つまり新たに集めるしかないということだ)
「やっぱり効率的な回収は必要だよな」
「ちちうえ?」
「なんでもない。ただ、≪ヨミウサギ≫の後をついていった先でお宝が見つかればいいなーと」
「まあ、ちちうえったら」
ただの冗談だと思ったのだろう屈託なく笑う彼女の頭をなでながら、進むと≪ヨミウサギ≫はある場所へとたどり着いた。
≪始まりの密林≫の中で少し入り組んだ入り口を通って進んだ、密林の奥とでも言うべき場所だった。
「ここは≪名もなき泉≫か」
「知っているのか?」
「ああ、≪始まりの密林≫の中にあるセーブスポットみたいな場所でね。ここにはモンスターが入ってこないんだ」
「へえ」
そこは小さな泉のある小さなエリアだった。
モンスターが入ってこないというフィオの言葉通り、モンスターの気配はなかった。
ただ小さい生物はいるようで蝶やリスのような生き物が視界の端で飛んだり行き来し、小さな花が咲き誇る花畑と透明度の高い水の下に魚の見える泉が特徴的といえば特徴ではある。
「わー、綺麗!」
「ええっ、本当ですね」
レティシアは見たこともない花の咲く花畑に意識を奪われているのか近寄って眺めている。
そのそばにはルキもいつの間にかいた。
「見たことのないお花です。ルキねえさまは知っていますか?」
「ふふーん、任せなさい! ふむふむ、これらも地上では見かけない花ですね」
「つまりは誰も知らないお花ということですか!? 大発見!」
「ふふふっ、そうなりますねー。この色合い……それに匂い、この花の名前は≪黄昏花≫と名付けましょう!」
「≪黄昏花≫ですか!?」
「うむ、この花の色合いが黄昏れのような色に似ているからそう名付けました」
「なるほど……」
「しかも、天才あるこのルキちゃんにはわかります。恐らくこれはとても珍しい採取植物――つまり希少な素材アイテムであると! 強力な武具や防具の強化に必要な素材であると」
くわっとした顔でルキはまるで自分が思いついたかのように、≪黄昏花≫の説明をレティシアへとおこなっていた。
当然だが≪黄昏花≫のことは資料に載っていた。
「なんでわかるんですか?」
「それはルキちゃんだからです!」
「おー! ルキねえさま、すごい! じゃあ、これは!?」
「これはですね――」
キャッキャと花畑に座り、花やどこから飛んできたのだろう地面に落ちていた木の実、小さな虫などを捕らえ見せるレティシアに答えるルキ。
「なんかアホなことを会話をしている……」
「まあ、他に説明のしようもないしね。それにしても≪黄昏花≫か」
「希少な素材なんだっけ?」
「ああ、手に入ったのはよかった。やはり、≪ヨミウサギ≫は――うん?」
「どうした?」
フィオの言葉が途切れ、いぶかしんだ俺だったが彼女の視線の先に目を向けるとその原因はすぐにわかった。
先ほどまで足下をうろうろしていた≪ヨミウサギ≫がいつの間にか泉の近くに行っており、のぞき込むように水の中を見ていたのだ。
「小動物だと気配がわかりづらいな……それにしても何を見ているんだろう。泳いでいる魚でも食べたくなったのか?」
思わず尋ねるが当然≪ヨミウサギ≫は答えない。
近寄って真似をするように覗き込むと泉の中には多様な魚が泳いでいるのがみてとれた。
(遠目だとわかりづらかったがこうしてみると種類が多いな。掌ぐらいの小さいサイズから大きいのだと……うん? こいつ海の魚じゃ――)
明らかに密林の奥の泉の中に泳いでいるにはおかしな魚影に困惑を覚えるも、まあそこら辺は今更だとその困惑を切って捨てた。
モンスターなんてのがいるのだから明らかにサメっぽいのが泉の中を泳いでいても別にいいだろう。
(というかどっから流れてきているんだろうかこの水……案外たどると水路とかにつながっていたり? いや、まあしないけどさ。それにしても魚かー)
俺は少し懐かしい気分になった。
天月翔吾がやっていた時期の『Hunters Story』では魚釣りというミニゲームが存在していた。
その名の通り、魚を釣るだけのゲームだ。
釣った魚は手に入るのだが、ゲーム内においてはそれほど意味のないものだった。
というのも魚は入手しても売るぐらいの価値というか用途がないのだ。
その癖、無駄に種類が多い謎仕様。
(全コンプリートはできなかったんだよな。全種類集めたらなんか特別な報酬をもらえるとかならまだモチベーションもあがったんだろうけど、特にそういうこともなかったしな)
労力の割に得られるものはない。
俺としてはそんな印象が釣りにはあるのだがそれらもいろいろと調整されたとかなんとか。
(まあ、なんか妙にはまっているやつとかいたからな。需要に応えたとみるべきか……それにしても多種多様にいるもんだな)
しげしげと俺は泉の中で泳ぐ魚たちを眺めた。
これがモンスターなら不意を突いて攻撃してくるかも知れないため微妙に気を抜けないのだが、相手がただの魚ならその心配もない。
悠然と綺麗な水の中を泳ぐ魚たちの姿にどこか癒やされるものがあった。
「おっ、≪金色鯛≫だ」
「≪金色鯛≫?」
「ほら、あそこに泳いでいるじゃないか。目立つ金色の鱗をしている」
「あー、本当だ。たしかにあれは鯛だ。本物は初めて見るな」
「あれも結構発生率の低い、希少な生き物でな」
「ほう? ≪ヨミウサギ≫が注目していたのはこいつか……やはり間違いなさそうだな。それで≪金色鯛≫はどんな素材に?」
「いや、希少ではあるけど基本的には≪金色鯛≫は金策用の素材アイテムだね。換金してお金に換えるんだけどこれが結構な額になってね」
「なるほど、換金アイテムか」
俺の中で≪金色鯛≫にたいする興味が一段下がった気がした。
ゲーム内においてはたしかに重要かも知れないが現状ではあまり必要ないというか……。
「たしかに好事家には売れそうな見た目をしているな」
「≪金色鯛の魚鱗≫は下手な宝石よりも高く売れるのだとかなんとか、説明にはあった気がする」
「価値はあるんだろうけど、今の状況じゃな」
「まあ、それはそうだけど折角みつけたのに見逃すのも……」
フィオの言葉に俺は考え込んだ。
「たしかに一理あるな。なら、釣っておくか?」
そんな思いつきで俺たちは≪名もなき泉≫で釣り大会を始めることにしたのだった。
「これでいいの?」
「そうそう、そんな感じで大丈夫です。任せてください、フィールドワークで鍛えた私の釣りの腕をみせつけてやろうじゃないですか」
「おおっ、うまくつれた。これはなかなかの大物だ。見てくれ、この≪ニジイロアロワナ≫を」
「蛍光色がひどい。食べられるのか」
「珍味として重宝されたとかそんな一文があったはず。食べてみればわかるんじゃないかな?」
「わりとチャレンジャーだな、この皇子。まあ、食料の調達も兼ねているんだから食べられるかどうかの確認は必要にはなるんだけどさ。おっ、ヒットした」
釣りを行うことはそう難しくはない。
釣り竿に関して、携帯用にコンパクトにできるものが狩人の携帯必需品セットの中に含まれているためあとは餌となるものを適当にフィールドで採取すれば問題ない。
ちょうど昼も近かったため俺たちは釣り上げた魚を調理しながら昼食をとることにして過ごすことにした。
「うん、美味しいな」
「塩とハーブで味付けしただけですけどね」
「上手にできました!」
「ああ、うまく捌けたな」
「淡泊だけど……いけるな。ルキは何というか手先が器用なんだな」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。天才美少女である私に隙はありませんからね!」
ドヤッとした顔でルキは薄い胸を張った。
長年の野外活動の経験故か、その手のサバイバル技術に関しては俺よりも上の彼女は褒められて自慢げな様子だ。
内臓を取り出しなどの下処理をして焼いただけのシンプルな調理手順ではあったが、その手さばきはよどみはなく自慢げなだけのことはあると俺も感心したものだ。
それはそれとして。
「予想外に腹拵えもできたことだし、午後はもう少し奥まで行ってみるか」
俺はそういった。
途中から目的を忘れて釣りを楽しんでしまったが、一応狙いだった≪金色鯛≫も確保できた。
――味に関してはそれほど美味しくはなかったが、鱗に関してはたしかに下手な宝石類より価値はありそうだ。土産話にはちょうどいい。
≪ヨミウサギ≫と出会えたこともあり運が向いてきたな、などと考えながら俺たちは昼食を食べ終えるのであった。
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