第二十五話:共生生物
木々の香りが風に運ばれ鼻をくすぐった。
「ここが……」
「うん、昨日行ったところよりも少し先のエリアになるね。≪始まりの密林≫という名称の場所だ」
「初めて来た場所なのに名前があるですか?」
「……さっきつけたんだよ。レティシア。我ら先遣隊の輝かしい歴史の第一歩にふさわしいからね」
「おー!」
ちょっとうっかりとしたフィオの言葉、それに対するレティシアの突っ込みを若干の間を開けつつも彼女は華麗に回避した。
「うまい言い逃れだな」
「いや、言い逃れじゃなくてそういう経緯でついた名称らしいですよアルマン様。設定的に」
「ああ、なるほどゲーム上ではそうなっていると。でも、さっきのどう考えてもうっかりだよな?」
「それは間違いありません。ここにレティシアちゃんがいるのも忘れてぽろっと」
「――そこ、うるさいぞ」
「「はい、皇子様ー」」
俺とルキ、そしてフィオとレティシアの四人は≪始まりの密林≫と呼ばれるエリアに来ていた。
≪ロッソ・グラン≫からほど近い場所にある密林のエリアだ。
(≪ニライ・カナイ≫においては一番最初に探索することになるエリアか。気候は安定している、足場も悪くはない。木々が視界を邪魔するが日の光が通らないほど茂っているわけではないから、そこまで悪くはないな。……うん、初心者のエリアといった感じだ)
上級者向けともなると視界が制限されたり、足場の状態がむちゃくちゃだったりと対策をつまないと戦うことすら難しい事態がよく起こる。
そのことを考えれば初心者のエリアという名称は正しいのだろう。
「さて、それでは調査を始めるとするか」
「≪環境調査
「こっちではないね。たしかいろいろなものを採取して規定のポイントに達すれば成功だったけど」
「ぽいんと?」
「ああ、環境調査だからな。今の環境についてわかる手がかりになるものなら何でもいいんだ。それをいっぱい集めて持ち帰って調べる――という流れだ」
「なるほど、です。じゃあ、こんな≪小石≫でもいいのですか? ちちうえ」
「えっ、いや≪小石≫はちょっと……ただの石だし」
「≪小石≫とかじゃなく、他の鉱石とかならほしいですけどね。ただ、密林というエリアの特徴を考えるとやっぱり植物系……木の実とか草とかがいいかもしれませんね」
「わかった!」
そう言ってレティシアはあたりを見渡した。
何かないかと探っているのだろう。
「ドラゴを連れてくるべきだったかな? 狩人以上の彼の鼻があればいろいろと便利だったと思うけど」
「判定がどうなるのかわからない以上、最大で四人一組のルールは守るべきだろうな」
俺はフィオの言葉にそう答えた。
彼女のいったとおり、ドラゴの嗅覚を利用すれば素材集めも楽にはなったかも知れないが今回は留守番で拠点で待ってもらうことにした。
その理由はこの世界のルールに関することだ。
ゲームにおける狩人のパーティーというのは特殊なイベント以外、最大で四人一組までというルールが存在していた。
設定をできるだけ忠実に現実に再現することに重きを置いたこの「楽園」において、その設定も遵守されている。
とはいえ、それはゲーム内のように単純に四人一組以上のパーティーになろうとしてもシステム的にできない――みたいなことではない。
四人一組以上でモンスターの生息域に入るとモンスターとの遭遇率が跳ね上がるという仕様が「楽園」にはあるらしい。
強制的な連続狩猟、あるいは複数同時狩猟を許容されてしまうというプログラムだ。
そのほかにもいろいろと四人一組以上で行動しようとすると不利益がすごく起こるようになっており、狩猟においては最大でも四人一組というルールが世間一般的に広まっている。
(≪ニライ・カナイ≫ではその設定が適応されていない……というのは想定としては甘いだろうしな)
というわけで拠点外での活動は最大で四人一組までと先遣隊でもルールを課している。
さすがに大型モンスターが大挙としてやってこられると今は困る。
(この仕様。使い方次第ではあるんだがな……)
まあ、ともかく。
そういったことでドラゴはお休み、今回は小さな新米狩人が加わり探索調査を行っているというわけだった。
「ちちうえ、これ!」
しゃがみ込んでいたレティシアが何かを持ってやってきた。
俺はそれを受け取って確認する。
「ん? おおっ、≪薬草≫か」
「なんだ、≪薬草≫か……」
「いやいや、そう残念そうな顔をするな。まあ、珍しいものを見つけたかった気持ちもわかるがな」
「そうですよ、レティシアちゃん。地上にも生えてる≪薬草≫がちゃんとここでも生えているってわかったじゃないですか。おっ、≪どくけし草≫みっけ。ふむふむ……質は良さそうでね」
「そういうわけだ。別に地上にあるものでも構わない。それだけでもわかることはあるからな。もっといろいろ見つけて持ってくるんだ」
「はーい!」
「あっ、あんまり離れるなよ!」
「わかってるー!」
元気よくあたりを何やら調べ始めたレティシアに俺は苦笑した。
するとフィオがそばにやってきた。
「いやー、懐かしいなこの感じ。最初は地形を覚えるのもかねてこういった≪
「あー、フィオはそういうのをよくやってたタイプなのか? 俺はどっちかというと速攻で≪狩猟
「あったあった。地形の確認とかは戦いながらするタイプか」
「うん、そのせいで逃げた相手を追っかけて迷って制限時間内に達成できなくて未達成とかあった」
「あるある」
「落とし穴みたいになっているところもあって戦ってる最中に真っ逆さまになったこともあったな」
「地形の把握は大事だよ?」
「それはわかるんだけど戦いたくてな……」
天月翔吾は採取系、調査系の≪
見たこともないキノコを採りながら、俺はそう思い返す。
「というかこのキノコなんだ?」
「これは≪イダテンダケ≫だね。食べると少しの間、動きが速くなる」
「へえ」
「まあ、直接食べると効果は微妙すぎるんだけどね。ただ、料理の材料にすると効果はずいぶんと上がるんだ」
「ああ、そういえば食事によってバフがつくような設定も入ったんだっけ?」
「そうだね、≪
「でも、あれって調べたけどそこまでの効果でなかったんだよな。そのまま、調査は進めさせているけど」
「実装直後の時はわりと空気だって話だからね。ゲームバランスの調整でどうにも難しかったとかなんとか。でも、その後に食事関係の調整は何度も行われて食事用素材も増えて充実したんだよ」
「ふーん、なるほどな。……いや、待てよ? その話が本当だとするとこの≪ニライ・カナイ≫での食事はどうなるんだ? 地上のままなのか、それとも≪ニライ・カナイ≫仕様なのか」
「それは確かに気になるね。うん、調査対象が増えた」
そんなことを話しながらとりあえず、目についたものを回収していく俺たち。
――正直、楽しいな。こういったのは久しぶり……いや、こっちに来てからはこんな感じに穏やかに採取に勤しんだことはなかったな。来る日も来る日もモンスターを狩猟していたような……まあ、いいか。
雄大な自然のなか、ああだこうだと言い合いながら探索を進めるのはまるで冒険といった感じだ。
「ちちうえ、ちちうえ! これ! 見て、蝶々さんです!」
「おー、綺麗な翅をしているな。ふむ、これは……さすがにモンスターとかならともかく、こういった生物までの目利きはちょっと。というわけでルキー!」
「はいはーい! 呼ばれましてはどこでも参上! ルキ様です! というわけでほうほうこれは――うん、新種ですね!」
「本当!?」
「ええ、地上では見たことない蝶です。これはお手柄ですよー!」
「わーい、やったー!」
ルキのこと場にうれしそうにレティシアは飛び跳ねた。
「本当なのか?」
「私を誰だと思っているんですかアルマン様。間違いありませんよ。資料にも載ってましたし」
資料というのはスピネルたちから提供され≪ニライ・カナイ≫に関する情報をまとめたものだ。
それにゲーム設定上のモンスターやアイテムなどの情報が載っており、俺も一応目を通してはいたがさすがにこんな小動物の設定までは正確には覚えていなかった。
「たしか≪ヒガンチョウ≫という蝶ですね。ほら、青白い筋のようなものが翅に入っているでしょう? これが特徴です」
「本当だ」
「夕暮れ時になると夕日の光と合わさって幻想的に淡く輝くのだとか。今の時間帯では確認ができないですけど……あとで確認してみましょう!」
そういって手慣れた手つきで籠の中に≪ヒガンチョウ≫を放り込むルキ、とてもご満悦な顔をしている。
「それにしてもなかなかレティシアちゃんもやりますね。では、私も負けてはいません。ここは私の成果を見せてあげましょう」
「本当!? わくわく」
「ええ、もちろん。私が捕まえたのは――これです!」
自慢げな様子でルキが取り出したのは――一匹のウサギだった。
「うわー、ウサギさんだ!」
「おっ、これはもしかして≪ヨミウサギ≫か?」
「≪ヨミウサギ≫?」
「ああ、とても珍しい生物でな。≪ヨミウサギ≫は希少なアイテム、生物の存在を狩人に教えてくれるというとてもありがたい生態をしている」
「へー、お詳しいんですね」
「まあ、皇子だからね」
フィオの言葉に俺は思い出した、たしか資料にも載っていた名前の一つだ。
本来、大型モンスターとの戦いが楽しみのメインである『Hunters Story』だがその世界を構成する存在がすべてがすべて大きなモンスターだらけというわけではない。
小型モンスターよりもさらに小さな動物や昆虫などさまざまな生物が存在することで、弱肉強食の食物連鎖による生態系――という世界観が完成している。
要するに名のあるモンスター以外にも何千、何万という種類の生物がこの「楽園」には存在するのだが、その中でも狩人にとって有用な働きを見せる生物というものも存在する。
その一種がこの≪ヨミウサギ≫という存在だ。
レティシアの手前、フィオはぼかして説明したが≪ヨミウサギ≫はゲーム上においては希少なアイテムがポップした場合、その周辺に現れるという特性がある。
ゲームにおいて鉱石や植物系の素材アイテムは採取することによって入手する訳なのだが、そのポップ率というのはレア度によって変わっている。
レア度が低いものほどポップ率が高く入手しやすく、高ければ高いほどポップ率は低く入手がしづらいというわけだ。
(新しい武具を作るための素材が一個だけ足らなくてフィールド中を駆け回ったんだっけ……)
固定の場所に必ずリポップするタイプならばまだマシなのだが、大まかなエリアで設定された希少素材系というのは大変だ。
ポップしているかもわからないのにとりあえず採取ポイントをひたすらに回るしか手段がないのだから。
だが、この≪ヨミウサギ≫がいれば違う。
≪ヨミウサギ≫がポップしているということはそのエリアで希少素材がポップしているという証、さらに≪ヨミウサギ≫は狩人を見つけるとそこに案内してくれるため大変助かるお助け生物――というわけだ。
こういった狩人――プレイヤーにとって助けになる生物たちは共生生物と呼ばれる。
(俺がやってたときも一応、そういった感じの生き物はいたんだっけか? いてもいなくても変わらない程度の存在だったけど)
ただ、それもシリーズを経るごとに種類や能力なども増え、有用な共生生物も登場するようになったらしい。
≪バクマヒガエル≫らなどの大型モンスターすら状態異常にする共生生物や≪ヨミウサギ≫のようにアイテム集めの助けになる生物などなど。
(いろいろと変わったんだなぁ……)
しみじみと思いながら俺はふと口を開いた。
≪ヨミウサギ≫は大人しい性格なのか特に逃げようともせずにルキに捕まったままで、その愛らしさに魅了されたレティシアのおもちゃになっていた。
「それにしても立派な大きさの≪ヨミウサギ≫だな。よく捕まえたものだ」
「いやー、≪ニライ・カナイ≫特有のなにかがないかと探してたらたまたま見つけちゃって。ふふっ、さすが私って感じですよね。この豪運!」
「≪ヨミウサギ≫自体、とても見つけるのが難しいはずだからね。たしかに運がいい」
「でしょう? それにこうして捕まえたんですから次にやることは一つです」
「なるほど……解体して食べちゃうと」
「食べちゃダメです!」
「違いますよ! ――≪ヨミウサギ≫の生態がどうなっているのか気になりません? この子は私たちに教えてくれるんでしょうか」
そんなルキの言葉にオレとフィオは顔を見合わせ、そして頷いたのだった。
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