第二十四話:防具屋と武具屋




「ちちうえ、見てください!」


「ああ、よく似合っている」




 機嫌良さそうにはしゃいでいるレティシアが見せびらかしているのは、急遽子供用にサイズを調整した防具だ。


「すまないな、急にこんなことを頼んで大変だったろう?」


「いえいえ、たいした手間じゃありませんよ」


「おー、≪パルテナン≫シリーズですね。火力スキル一切なしの防御特化の上位防具……ガチガチですねー」


「まあ、もしもの時の備えだからね。上位防具としての防御力も合わせればまず下位モンスター相手なら死ぬことはない」


「あとはとりあえずこれもな」


「プレゼント? ありがとう!」


「あっ、異常耐性用の≪アミュレット≫まで渡してる。過保護だ……」


 ルキが何やら言っているが万が一を考えれば当然の備えだ。

 ここは≪グレイシア≫とは違う、優秀な先遣隊のメンバーもいるため大抵のことは問題ないとは思っているものの、それはそれとしてできる限りのことはしておきたい。


 ≪パルテナン≫シリーズの防具が発動できるスキルは単純に防具の防御力を向上させる≪守護≫、自動的に微量だがダメージを負うと回復してくれる≪聖癒≫、あとはダメージを確率で大幅に減少してくれる≪天の加護≫――防御特化といわれるだけあるスキル構成だ。

 それに加えて≪麻痺≫と≪睡眠≫の状態異常になった場合、解除ができる≪克服≫のスキルの≪アミュレット≫を所持させることで状態異常に対してもケアを入れた形だ。


「オンラインでいたら地雷プレイヤーだね」


 フィオの言った通り、ソロならともかくオンラインだとかなり問題のあるスキル構成ではあった。


「まあ、生存スキルは実質火力スキルという言説もある」


 そう彼女へと返しながら俺は≪パルテナン≫シリーズの防具を着てご機嫌のレティシアを呼び寄せた。

 ≪パルテナン≫シリーズは見た目がほぼ服のようなデザインをしていて如何にも鎧といった感じではないため新しい服を貰った感覚なのかもしれない。


「着心地はどうだ?」


「うん、すっごく軽いの!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる姿に問題はなさそうだと確かめながら俺は尋ねた。


「スキルがうまく機能しているかはわかるか?」


「さっきのと同じ感覚がする。頭の奥がピリッとする感じ」


「問題なく発動しているみたいだね」


「ああ、そのようだな。ただ後で一応確認をしておく必要もあるな。≪守護≫はともかく、他のはちゃんと実感として経験しておいた方がいざという時パニックにならないだろうし」


「≪聖癒≫に≪天の加護≫に≪克服≫のスキルの効果を実感させるって……≪麻痺≫させてからボコりでもします?」


「えっ、殴られちゃうの?」


「言葉が悪いな……でも、重要だろう」


「まあ、いきなり体験するよりはそうですね。≪毒≫とか≪麻痺≫とかの状態異常に関しては見習いの時に一通り体験しておけってことでキノコ食わされますし」


「……そんなことをロルツィング領ではやっているの?」


「そっちでもやっているんじゃないか?」


「うーん、聞いたことはないけど」


「そこまで情報が上がってないだけでやってはいると思うがな」


「確かにそれもそうか。わざわざ状態異常にするというのは酷くもみえるが現実として考えるなら必要なことでもあるか」


 ゲーム内の記憶がある分、フィオは甘く考えているのかもしれないが状態異常は本当に危険なのだ。

 単純に身動きができなくなって大ダメージを受ける隙を作ってしまうのは勿論のこと、それ以上に精神的なダメージの負担が大きい。

 自分より遥かに大きなモンスター相手と戦っている最中に身体が動かなくなったり、眠くなってしまうなどその時の絶望感と来たら。


 本来であればそこから立て直すことができたはずの腕利きの狩人が調子を戻せずにそのまま命を落としてしまう――そんな事例は決して少なくはないのだ。

 だからこそ、今のロルツィング領内のギルドでは見習いの時期に一通り経験させておくことになっていたりする。


「他にも≪回復薬ポーション≫の効果を実感するために自分の身体で体験するとか、そういうカリキュラムもありますよ」


「自分の身体で体験って……」


「そりゃ、訓練場で怪我を負わせて使わせるんだよ。そして、自分で≪回復薬ポーション≫を使う。痛みに耐えながら≪回復薬ポーション≫を使う訓練にもなるし、≪回復薬ポーション≫の効果を自分の身体で実感できる。結構、大事なんだぞコレ。新米の狩人の死因で一番多いのはダメージを受けた痛みと混乱でうまく回復薬ポーションを使えなかった……というのだ」


「私も初めのころ、慌てて使おうとして落としたことありましたね。あの時の絶望感といったら……最後の一個だったからなおさら」


「よく無事だったな」


「足は怪我しなかったのが幸いでしたよ。もう脇目もふらずに逃げてなんとか助かったんです。いやー、よく死ななかったなー私」


「俺も何度かあったな。パーティーなら他の人間がフォローに入ってその内に……なんてこともできるだろうがソロだとなぁ。武具を手放すわけにもいかないしな」


「そうかゲーム内と違ってコンソールでいいというわけではないからか」


 ゲーム内においてはある程度のショックこそあれ、痛みなどは存在しないしコンソールを操作するだけでアイテムの使用は可能だが現実となればそういうわけにもいかない。

 そこのところ、腕こそあれどやはり実戦の経験は少ないのだろうフィオは納得するように頷いている。


「ちちうえ、レティ……痛いことされる?」


「あー、そこまではやらない。うん、さすがにな」


 俺たちの会話をすべて理解できているわけではないだろうが何かを察したのかレティシアが不安そうに尋ねてきた。


「そうですよ、さすがにわざと怪我をさせるのはちょっと……ダメージは≪毒≫で十分ですよ。ちょうどいいのも昨日捕まえましたし」


 そういってルキがどこからか取り出したのは明らかにダメな色をしたカエルのモンスターである≪バクドクガエル≫。

 森から拠点に帰る道で捕まえて飼育用のかごに放り込んだ個体だ。


「そうだぞ、だから安心しろ」


「うん、わかった!」


 二人の言葉に安心したように笑みを浮かべるレティシアを見ながら、フィオはぼそっと呟いた。




「治せるし回復もできるからって毒を盛ろうとするのはどうかと……」




 皇子という立場もあり、箱入りな彼女の言葉は誰の耳にも届かなかった。



                     ◆



 そんな話をしていると一人の男が話しかけてきた。

 先ほどの防具の加工を頼んでいた男とは別の武具を取り扱いを頼んでいる男だ。


「アルマン様、ひとまず一通り用意してみましたが」


「ああ、ありがとう。ほら、レティシア。防具を決めた後は次は武具だ」


「武具! 私の武具!」


「そうだ。いろいろと種類はあるがレティシアの体躯では扱えるものは限られるな」


「まあ、そうだね。とはいえ、補正もかかるから筋力的な意味で扱えないということはないんだろうけど」


「ちちうえ、レティは≪龍槍砲≫を使いたいです!」


「あんなものを使うのはやめなさい」


「酷い言いようですね。あんなにロマンがある武具もないでしょうに」


「ロマンはともかくあれほど扱いにくいものもないだろう」


 ぶつぶつと呟く俺に対してフィオは苦笑しながら口を開いた。


「そこはほら、偉大なる≪龍狩り≫のアルマンが最初に倒した≪ドグラ・マゴラ≫戦の印象が強いんだろうさ。というかまともにアレを使うの狩人も少ないし」


「アルマン様の影響で一度は試すけど使い辛すぎて諦めるという誰もが一度は通る道……」


「なんか俺が悪いみたいになってる? まあ、それはともかく≪龍槍砲≫はダメだ。今のレティシアじゃ使いこなせないからな」


「……はーい」


「それ以外から選ぼう。とはいえ、今の状況であまり使ったことのない武具にチャレンジするのもリスクがあり過ぎるからな」


 ズラリと並べられたのはこちらも予備として持ち込まれた武具の数々。

 武具種は≪片手剣≫、≪大剣≫、≪長刀≫、≪双剣≫、≪重装槍≫、≪軽装槍≫、≪大斧≫、≪ハンマー≫、≪弓≫、≪ボウガン≫の基礎十種に≪更新アップデート≫後に追加された≪龍槍砲≫のように増えた武具種枠が二つ……。


 ――まあ、あれらはまだ検証も進んでないからな。やはり基礎十種から選ぶべきだろうな。俺以外から教えを受けることも可能だろうし。


 そんなことを考えているとルキが口を開いた。


「やっぱりレティシアちゃんは剣ぐらいしか?」


「ああ、そうだ。いくらなんでも色々と早いと思っていたからな。軽い訓練で木の剣を振るぐらいの経験しかない」


「となるとやっぱり≪弓≫と≪ボウガン≫は難しそうですね。距離を取って戦えるから比較的に安全なんですけど」


「訓練する時間があればそれもいいとは思うんだが先遣隊もやるべきことは多いからな、ならやはり多少なりとも慣れている経験を活かすべきだと思う」


「となると≪弓≫と≪ボウガン≫以外……両手が塞がる≪重装槍≫や≪大斧≫、≪ハンマー≫もやめた方がいいかな?」


「≪長刀≫もやめておいた方がいいか」


「≪長刀≫のサイズは大人でもなかなか難しいですからねぇ。今のレティシアちゃんだと」


「となるとやはり≪片手剣≫か≪双剣≫が無難なところか。≪軽装槍≫も……悪くはないか?」


「そうだね、そこら辺が初心者としては扱いやすいと――」



 などとルキとフィオと三人で会話をしていたところ、話題の中心であるレティシアはどうしていたのかというと並べられた武具をペタペタと触ったり、持ち上げて構えたりしていた。

 狩人の都市と呼ばれる≪グレイシア≫の領主である俺の娘とはいえ、まだ幼すぎるということで武具などに触れる機会などほとんどない、それ故に物珍しく楽しいだろう。


 とても興味深そうに眺めたり、触ったりしていた彼女であったがどうやら気に入った武具が見つかったのかそれを持ちあげると俺に向かって声をかけてきた。



「ちちうえ、私これがいい!」



 そういってレティシアが見せてきたのは彼女の身体よりも大きな剣――≪大剣≫の≪霊剣ミストワール≫という上位武具だ。


「……≪大剣≫かぁ、≪片手剣≫とかの方が扱いやすいとは思うが」


「というかああやって持ち上げているの見るとE・リンカーの力がわかりますよね。あの身体であんな大きな剣を軽く持ちあげてる」


「どうするんだい?」


「うーん、≪大剣≫は……まあ、扱いとしてはかなりシンプルだから悪くはないと思うんだが流石にレティシアの体格だと……だけど、やる気を出しているところに水を差すのもなぁ。――あれって少し刃先を調整することはできるか?」


「それは可能です。延ばすのは無理ですけど、縮める分には……」


「そうか――それならそれで調整してくれ」


「いいんですか?」


「≪片手剣≫も≪双剣≫もそれぞれデメリットはある。≪大剣≫なら最悪、剣を盾にする方法もある。一概に悪いとまでは言えない」


「整備する側としては劣化が早くなるのでやめて欲しいんですけどね」


「命あっての物種だ。まあ、一番の要因は本人のやる気だ。気に入ったというのならそれを使わせた方がやる気も上がるだろうしな」


 武具担当の男も交えそう結論を出すと、俺はレティシアのもとへと向かった。



「これが気に入ったのか?」


「うん!」


「じゃあ、それの扱い方を教えるついでの外での勉強をするとしよう」


「あい!」


「とはいえ、状況が状況だからレティシアの鍛錬だけに時間は割けないから。一緒に≪依頼クエスト≫を熟すことになる。それでいいか?」




 俺の言葉にレティシアは目をキラキラと輝かせてとびっきりの笑顔で頷いたのだった。




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