第二十三話:拠点工作隊
朝の会議はそれほど長くはかからなかった。
≪ニライ・カナイ≫に来る前、何度も協議を重ね方針を作っていたためだ。
よほど大きな問題が発生しない限りは上陸直後という時期に大きな方針の展開が行われることはない。
いや、まあ大きな問題という意味では確かに一つあったがそれはひとまず置いておくとして。
「さて、今日からは本格的な調査を始める必要があるな」
「そうですね」
先遣隊としてこれからやるべきことは大まかに分けて二つだ。
≪ニライ・カナイ≫を調べることと拠点の発展。
調査自体は当然としても、生活拠点の整備と拡張も並行して進めなくてはならない。
仮にも優秀な狩人ばかりの先遣隊なので一ヶ月生活を続けるぐらいなんてことはないが、今後のことを考えれば≪ロッソ・グラン≫は発展させる必要がある。
――下手をするとそれがイベントのフラグにも関わるかもしれないしな……。
俺は次々と建材として持ち込んだ木材を使って建物を建てていく工作班の姿を見ながらそう胸中で呟いた。
「ふわー」
「ん、どうしたレティシア」
「ちちうえ、凄いです。建物があんなに」
「ああ、そうか。レティシアはこういったものを見るのは初めてだったか」
「はい!」
木材を運び、組み立て釘を打ってどんどんと建物として形を成して姿にレティシアは目を奪われている様子だ。
「あれは確かに見ていて面白いからね」
「≪
「バージョンアップでマップが広くなったからね、その対処の一環として追加されたんだ」
「?? ちちうえ、よくわかないですけどつまり皆さんスキルを使っている……ということですか?」
「ああ、その通りだ。建物を建てているみんなは同じ防具をつけているだろう? それで同じスキルを発動させているんだが――その名も≪開拓者≫というスキルでな」
「≪開拓者≫?」
「そうだ。そのスキルを使っていると……あー、建物を上手に作れたり、いろいろとできるんだ」
≪開拓者≫、それは天月翔吾が死んだ後にゲームのアップデートで追加されたスキルの一つだった。
その効果は拠点を作ることができるという特殊なスキルだ。
アップデート後のゲーム内というのはフィオの言った通り、ロルツィング領周辺だけではなく活動できるマップが一気に増えたのだがそのせいで移動が面倒であるという問題を抱えた。
無論、街や村など場所はファストトラベルで一瞬で移動可能なのだが問題はそれ以外の場所だ。
『Hunters Story』の世界観において人の領域は狭く、世界の大半は広大な自然が広がっている。
そのため、街や村などファストトラベルで移動できてもかなり活動に制限がかかってしまう。
特に希少なモンスターや素材アイテムなどはエリアの深くに行く必要もあり、街や村から移動するのではかなりの手間がかかってしまう。
そこで導入されたのがキャンプ設営地というシステムだ。
≪開拓者≫のスキルを使うことで町や村以外にファストトラベルで飛べる拠点を作ることが可能というものだ。
「最初聞いた時はクラフトゲームかよ、っと思ったがな」
「そこまで大したものが作れるわけじゃない。ソロだと小屋が精々だしね。一つしか作れないし。ああ、でもパーティーで登録してつくると少し大きなサイズでもいけるんだったかな? 私はそこまで詳しくないけど、ロケーションとかに拘って延々と自分だけの「ひみつきち」をつくるキャンパーなんて人種もいたっけ」
フィオが懐かしそうな顔でそう呟いた。
彼女にとっては馴染み深いシステムらしい。
「まあ、基本的にはある程度のアイテムと装備を保管できる中継地点を作れるだけのスキルだったんだけど、まさかそれがこういった形で再現されるとはね」
「元々、意味がわからない建築技術があったからな。重機もないのにどうやって≪グレイシア≫の城壁なんて作ったのかと謎だったんだけど」
それらは結局のところ全てはナノマシンで解決できる問題だった。
この「楽園」の全てはナノマシンで調整された人工の世界、石材や植物とてそれは例外ではない。
「現実に存在する植物や鉱石とは違う。手順通りに加工するだけで変質し積み上げるだけ、組み上げるだけで接合する。建物をたてた土壌は安定するし、風雨による経年劣化も調整される……か」
「私としてはそれが当たり前の常識なんですけどねぇ」
「記憶がある人間からすると異様な光景だ。まっ、助かるんだけどね」
「つまり……どういうこと?」
俺たちの会話の内容がよくわからないのだろう、小首をかしげるレティシアの頭を撫でながら続けた。
「なに、気にするな。話を戻すと≪開拓者≫のスキルを発動できるあの装備を着ているといろいろなことが可能になる。特に建築関係は凄い。頭の中で作り上げた設計図通りに最適な行動が可能になる。例えばほら、あそこで木を切っているだろう? 建物を組み立てるために加工しているわけだが、ああやって決まった長さに切るのも特に道具を必要とせずにピタッとできる」
指さした方向では工作班の一人が材木を切りそろえていた。
本来であればいろいろと道具を使い、寸法を間違えないように注意を払って加工する必要があるのだろうが≪開拓者≫を発動している男にとってそんなものは必要ない。
とくに目印をつけることもなく完璧な寸法であっさりと切り揃えてしまった。
全てはE・リンカーによる補正の代物だ。
このスキルが解禁されたとき、いろいろと調べたのだがどうにもこの≪開拓者≫を発動していると設営地をつくるために必要な作業全てに補助が入るらしいことがわかった。
建築の知識が無くとも建物や小道具を作る手順や設計図が頭に浮かび、作業する際にはシステムからの手助けを借りられる。
その結果がこれだ。
まだ二日目だというのに既に建物のいくつかは完成し、拠点を囲うように作られた柵も一部完成している。
狩人がそのものが人型の重機のようなものとはいえ、明らかにおかしな速度で拠点は出来上がっていく光景。
「すごーい」
「ああ、凄いな。いや、本当に」
「建築という概念に喧嘩を売っているよね」
「そんなにですか?」
「別に俺も詳しいわけじゃないが建物を作るというのはとても緻密な計算とか経験が必要される高度なものはずなんだがなぁ」
「まあ、いいじゃないか今は。それよりも今はこれからのことを――」
「うん、どうしたんだ?」
フィオが不意に視線を下に落としたので何事かとその先を見るとレティシアのワクワクとした顔がそこにはあった。
「……やってみるか?」
「いいの?!」
キラキラと眼を輝かせたレティシアに苦笑しながら俺は工作班の一人に声をかけた。
「うわー、凄いよ! ちちうえ! 私、作れるよ! ほら、コップをね! 木を削ってね、それでね!」
「おお、よしよし。でも、危ないから落ち着きなさい」
子供用のサイズのものがなかったので無理矢理着ているため、袖も裾もまくり上げているとはいえ危なっかしいレティシアの姿。
全然着込めていないがシステム的には問題ないのだろう、≪開拓者≫のスキルの力によって小物の一種として木製のコップの作製に成功した彼女は俺へと駆け寄ってこようとする。
なので俺は慌ててこちらから駆け寄ることにした。
「あら、上手に出来てますねレティシアちゃん!」
「えへへー」
ルキの言葉に頬を緩めたレティシアは何かを期待するような目でこちらを見た。
「ああ、上手に出来ているな」
「うん! 次はねー、椅子を作ってあげる! ちちうえの! 可愛いのをね!」
「可愛いのは……うん、まあ、いつかな。それはそうとその装備は返してきなさい。仕事があるからね」
「はーい!」
機嫌良さそうに去っていくレティシアを眺めながら俺は口を開いた。
「とりあえず、見ての通り拠点を作るための労力に関しては問題ないな。工作班に任せれば時間さえあればどんどん作ってくれるだろうが……それも材料があればの話だ」
「持ってきた資材は限りがありますからね」
「いくら≪開拓者≫のスキルと言えども材料がなければ作ることはできない」
「となればやはり資材集めだね」
「ああ、そうなるな。今のところ必要なのは木材だ」
「建築にも使うし、火を使うための燃料にもな。とはいえ、そこら辺は別の班に任せてある。資材の確保は一回や二回で終わる話じゃないからな。専属の班に任せるのが効率的だ。食料の調達についてもそうだ」
「まあ、それが無難ですよね」
「無論、手が足りなくなったり必要な時には手を貸すが拠点の活動の維持に必要な作業は任せるつもりだ。俺たちはやはり調査を優先する」
俺とフィオ、そしてルキは≪ニライ・カナイ≫に関して大きな知識を持っているそれを有効活用しない手はないし、検証するべきことも多い。
だからこそ、そちらに注力するべきだった。
「最終的な目標はともかくとして、中期目標については≪
「うん、それがいいと思う」
「たしかそこなら≪風雲石≫も採掘できるんですよね?」
「私の記憶通りならね。そして、記憶通りに採掘できるなら優先順位としてはかなり高くなる」
「≪飛空艇≫が使いやすくなるからな。それを考えるとやはり……採掘できるかどうかを確認はかなり重要だ」
≪ニライ・カナイ≫で≪風雲石≫の供給ができるようになれば今後の行動方針にかなりの影響を与える。
現状では≪グレイシア≫と≪ニライ・カナイ≫間の往復しか想定していない≪飛空艇≫の運用も、≪風雲石≫に余裕ができるのであれば……。
≪ニライ・カナイ≫の調査に≪飛空艇≫を使うという手段も選択肢に入ってくる。
先ほどのフィオの言葉ではないが広大なエリア地上をを歩いて調べるというのはなかなかに効率が悪い。
だが、≪飛空艇≫が使えるなら話は別だ。
人の移動だけでなく、物資の移動も人力で行うよりも当然効率よく運搬することができる。
――無いということはないはずだ。フィオたちの情報もそうだが、ゲームとして考えるならこの≪ニライ・カナイ≫でも≪飛空艇≫の燃料である≪風雲石≫が手に入らないと、≪飛空艇≫は本当に≪ニライ・カナイ≫と地上を結ぶだけの存在になってしまう。
恐らくそれはない、俺は考えていた。
どう考えても要素として勿体ない。
――なら、必ず≪飛空艇≫を使いやするため……自由度をあげるための手段は必ずあるはず。そしてその手段で一番簡単な方法が≪風雲石≫の鉱脈を見つけること。
「あると思うんだよな……」
かなりメタ的な視点での考察だが外れてはいないはずだ。
ぽつりと呟いた言葉にいつの間にか戻って来ていたレティシアが尋ねてきた。
「ちちうえ、なにがですか?」
「うん? ああ、≪風雲石≫――船の燃料のことだ。あれがいっぱいあればもっと≪飛空艇≫を動かせて便利だろう?」
「はい! ……レティシアは貨物室の中にいたので飛んでいる時、お外を眺めることができませんでした」
しょぼんとした彼女の様子に微かに笑いながら頭を撫でた。
「帰りにちゃんと見ればいいさ」
「あい」
「それでまあ、あれだ。≪風雲石≫がたくさんあればとても助かる。下でも採れるがここ≪ニライ・カナイ≫でも手に入ればそれにこしたことはないだろう? それで≪
「≪
「ここから東に行った先にある山々のあるエリアのことだ。七色の山々が連なっていていろんな鉱石が採れる場所でな。ここならば≪風雲石≫も見つかるんじゃないかと――」
「へー、さすがちちうえです! 物知りですね。何故、そんなことを知っているのですか?」
「「「…………」」」
レティシアの無邪気な言葉に俺だけではなく、近くで聞いていたフィオやルキも一瞬押し黙ったのだった。
「……秘密だ」
「えー、秘密なの?」
「ああ、秘密だ。だが、何時か教える時が来るその時まで――な? ほら、防具の調整が終わったらしい。行くとしようか」
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