第二十二話:狩人の刃とは
「やあ! とー!」
「違う違う、そうじゃない。もっとしっかりと意識を込めて打ち込むんだ。いいか? こうやって――」
早朝の≪ロッソ・グラン≫の拠点にそんな俺とレティシアの声が響き渡る。
それとともに木剣でうちあうカンカンとした音もだ。
「早いですな、アルマン様」
「なに、やるべきことは多いからな。今日からは一段と。それから昨日はいろいろと騒ぎになってすまなかった。俺の娘が……」
「いえいえ、なに実にアルマン様の子供らしいではないですか」
「……みんなそんなことを言うな」
狩人の朝は早いため、迷惑がかかるということはない。
既に先遣隊の多くは活動を始めていた。
こうやって話しかけてくる者も少なくはない。
そうやって挨拶を交わしながらレティシアと木剣をうちあっているとルキとフィオも起きたのかこちらへとやってくるのが見えた。
「おはよーございます! アルマン様、レティシアちゃん!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、ルキねえさま。フィオ皇子さま」
「ふふっ、おはよう。それにしても鍛錬かい? 精が出るね」
俺たちの様子を見てフィオが呟いた。
「≪グレイシア≫でもちょくちょくやってはいたんだがな、こうなった以上は自衛の手段は必要だからな」
「街の外だと何が起こるかわからないですからね」
「ああ、朝一番に無理をして装備の仕立ても頼んでな」
「装備の? ああ、そういえば装備が壊れた時のために予備を持ち込んでましたね」
「それだ。滅多なことがなければ一月程度で修繕不可能なまで防具にしろ、武具にしろ壊れることはないが……念のためと用意していたものだ。それをレティシア用に調整して貰っている」
「なるほど、それは大変だろうね。多少のサイズの違いならちょっとした調整でいいんだろうけど」
「さすがにレティシアちゃんぐらいの子供のサイズとなると……ねぇ? それにしてももしもの時のための予備がこんな風に役に立つなんて」
「ああ、なにが役に立つのかわからないな。まあ、そういったことで鍛錬をな」
「なるほどね。今日からはいろいろと忙しくなる、みんながみんな余裕をもって彼女をみれるわけじゃない。先遣隊としてもここは未知の場所だしね」
「そういうことだ。ここにいる以上、力をつけておくにこしたことはない」
先遣隊のメンバーは程度に差こそあれ誰も狩人としての狩猟経験を持っている。
調査のための学者や拠点建設のために呼んだ者も自分の身を最低限護れる程度には腕が立つ……というよりもそういったメンバーしか今回は入れなかった。
そんな中でレティシアだけがただの貴族のお嬢様としているといざという時、足を引っ張ってしまうだろう。
それを防ぐために俺は彼女を鍛えることに決めた。
まだ幼い彼女を鍛えるなどと真っ当な感覚があればおかしなことを言っている自覚はあるが――幸いというべきかこの世界ならそれが可能であるということを俺は誰よりも知っていた。
「いいか、レティ。自分の身体の中に流れをイメージするんだ。力の流れる川、それが頭から手の指先、足の先まで全身の隅々まで広がっているイメージだ。」
「力?」
こてんと小首をかしげながらもレティシアは俺の言葉を素直に受け取って「むむむっ」と眉間にしわを寄せながら念じ始めた。
「ああ、そうだ。お前には狩人の血が流れている。そして、狩人としての血がおまえに力を与えてくれる。イメージを維持したまま、しっかりと柄を握るんだ」
「ん!」
「そして、ただ意志を込める。体内のイメージの流れを脈打たせ、暴れさせるように力の奔流を剣先にまでのばし、吠えたてるように思いを込めて――剣を振るう!」
彼女の様子を眺めながら気力が充実した瞬間を見計らって俺が促すにいうと、それと同時にレティシアの身体は弾かれたかのように動き、そして――
「おー」
「へえ、これは……」
風切り音が響いた。
先ほどまでとは違う、一際力強い刃の一振りに見学していたルキとフィオが声をあげた。
「ちちうえ!」
「ああ、上出来だ。今の感覚を覚えておくように」
レティシア自身もなにやら掴んだのか頬を赤くしながらこちらへと振り向いた。
そんな彼女に諭すように俺は言葉を続ける。
「いいか、レティ。それこそが狩人の刃だ。狩人は意志を込めて刃を振るう。魂で吠え立てるように振るう刃こそがモンスターと戦うために真の力だ。よく覚えているんだ」
「はい、ちちうえ!」
◆
「いやー、それにしてもうまくいくもんですねー。っていうかアレで成功するのって初めて見ました」
「うんうん、素晴らしい教えだったよ。教導として帝都で一度教えを広めて欲しいくらいだ」
「わかってて言ってるだろう、二人とも……」
今日の方針を決めるための会議があるということでいったんレティシアと別れた後、ルキがそんな言葉で口火を切るとフィオもそれにのって揶揄うような口調で続いた。
俺はそれに辟易とした態度でこたえた。
胡乱気な視線を二人に飛ばしつつ、まあそれもしょうがないかと思い直した。
真実を知っている者からすればレティシアへと告げた教えが滑稽に見えるのも仕方がない。
なにせあんなのは嘘、出鱈目なのだから。
――いや、嘘というわけじゃないか。正確にいえば言い換えなんだけど。
この世界の住人は一部を除けばすべてプレイヤーの子孫としてE・リンカーというナノマシンを保有している。
「楽園」という仮想の世界を再現し、モンスターと戦うことができる遊興施設として成り立たせるためにプレイヤーに投与された代物でその効果は端的にいえば超人的な身体能力を手に入れることができるというものだ。
当然、レティシアもそれを保有している。
先ほどの言葉、「力の流れ」やら「狩人としての血」というのはE・リンカーのことを意識させるための言葉だ。
「元来、この世界の住人はすべて狩人になれるだけの性能をE・リンカーによって担保されている。大人であろうと子供であろうとモンスターを狩れるように。でないと遊びとしては公平ではないからね」
「ああ、とはいえじゃあみんながみんな狩人としての身体能力や頑丈さを持っているかといえばそうじゃない。まあ、それでも記憶の中にいる人間よりは丈夫で力もあるんだけど……狩人として働いているものほどじゃない」
「それがE・リンカーの不活性化。「楽園」ではどうやら狩人として生活するだけではなく、鍛冶屋を営んだり料理人になったり……なんて言いましたっけ? ろーるぷれいんぐ? みたいな要素を構成に組み込んでいたらしいですね。狩人ではない、だけど確かにその世界の一部の人間になりきれるように。そのための能力制限みたいなのがあるとか」
「普通に生活する分にはE・リンカーによる強化は過剰なものだからね」
フィオの言った通り、だからこそ一般のモンスターと戦わない人間のE・リンカーによる強化は一定値を超えないように制限がかかっているらしい。
狩人としてモンスターと戦うとその制限は解除されていくのだが……今回やったのはちょっとした裏技だ。
「それにしてもE・リンカーの不活性化をああも解除できるなんて……。普通は小型モンスター相手に何戦かして徐々に目覚めて感覚を掴んでいくものなんですけどね」
「経験則というやつかな。結局のところ、E・リンカーの活性条件というのは多分に曖昧だ。ゲームの中じゃないんだから狩人とそうではない人間の差別化というのは難しい、モンスターとの戦闘経験というのも曖昧な基準だ。本当に厳密にモンスターとの戦闘経験回数が基準なら――俺は最初に死んでる」
「たしかアルマン様って初めて狩猟に外に出たその日に大型モンスターを狩って帰って来たんでしたっけ?」
「あの時のことは正直ろくに記憶に残ってない。ただ、とても必死に戦ったことだけは覚えているしその時に枷が外れたような感覚があったのだけは覚えている」
「だから、意志が重要だと?」
「E・リンカーの存在を知る前は火事場のなんとやらとでも思って気にしていなかったんだけどな」
「楽園」の真実を知り、狩人としての力の源泉であるE・リンカーの存在を知った後そんな推論をたてた。
実際、戦闘中にスキルなどを使用する際も思考などを読み取っている節もあるので完全な的外れというわけではないだろう。
狩人としての力を発揮するためには狩人としての意志――モンスター狩猟するという意識こそが重要なのかもしれない。
それがE・リンカーを活性化させる切っ掛けとなる、と。
「でも、うまくいかなかったんですよね」
「まあ、な。E・リンカーのことを知っているなら説明は早いんだけど、知らない相手に説明するのはいろいろと難しくてな」
「それであの比喩表現か。――魂の刃か。私はいいと思うんだけどね」
「やめてくれ」
結局、俺の教えというのは教えというほどではなく偉そうなことをいっているようで実際はただE・リンカーのことを意識させているだけというもの。
比喩的に試行錯誤した結果の言葉を褒められるとなんだかとても恥ずかしい。
それにこの手法、ルキが言っていたようにうまく感覚を掴めた人間はまずいなかった。
E・リンカーのことを知らない相手に伝えるために説明が比喩的すぎたというのもあるのだろうが、感覚的なもの過ぎるというのが大きいのだろう。
「しかし、わからないか? 体内のE・リンカーを操るというか干渉する感覚」
「いや、わかりませんって。アルマン様、おかしくなってないですか」
「時々、戦いのときに鋭敏になるっていうか。意識するとなんかスキルを使った時のような感覚になってクリアになるというか……その感覚を言語化しているだけなんだがな」
「……もしかしてE・リンカーに干渉してスキルを使ってないか?」
「ええぇ……いくらなんでも。いや、理屈上は不可能じゃないですけど……だとするとシステムのバグか、アルマン様がバグってるのか」
「酷い言われようじゃないか、それ」
「アルマン様ってだいぶおかしい時がありますから。というかシステム的なバグだったら問題ですので多用しない方がいいですよ。というか私には「楽園」のシステムにバグを生み出しかねないってことでいろいろと制限させるのに自分は使うとかズルじゃないですか」
「いや、ズルって……まあ、たしかに正論か。そんなに何回もおこる現象でもないんだがな。大抵は大型モンスターと戦っている最中に集中している時ぐらいで……とはいえ、変なことが起きないとも限らないし控えるとするか。それに頼らなきゃ勝てないとかでもない限り」
「キミがそこまでやられるなんて想像もつかないけど、まあ仕様上ないものを使うのはやめておいた方が無難だね。……待てよ、そうなるとさっきのも?」
「んー、あれは完全なバグってほどでもないですけどね。結局はE・リンカーを活性化させただけのことですし。あくまで狩人としての性能を発揮できるようにしただけでその過程を短縮しただけというか」
「理論通りならあくまで仕様通りのルートを利用しただけの近道のようなものだからな」
結局のところ「楽園」がどういった処理をしているのかが不明なため、安全を考慮すれば多用するのはたしかにやめた方がいいかもしれない。
まあ、そもそもレティシアがとても素直で感覚を掴むのがうまかったから思いの外成功しただけというのはおいておくとして。
「実際、手順通りにチュートリアルの≪
身体能力の向上はあくまでモンスターと戦うための最低条件であり、それだけでなんとかなるほど狩猟というのは甘くはない。
なので本来なら段階を踏んで行う方がいいに決まっているのだが――
「この状況じゃな」
「まあ、そうですね。それにしても装備も用意するということはレティシアちゃんにモンスターとの狩猟を?」
「装備に関してはあくまで身を護るためだ。昨日の狩猟この≪ニライ・カナイ≫も想定通り「楽園」のシステムのうちであることは確かめることができた。スキルの発動も出来たからな。なら、防具の防御力も問題なく機能するはずだ。なら、普通の服よりはマシだからな」
「それは確かにそうだね」
「ただ……そうだな。将来のことを考えるとレティは俺の娘、ロルツィングの名の者としてモンスターとの向き合い方を求められることは避けられない。そういう身の上だ、できるだけ教えてやりたいと思っている。こういった機会もなかなかないだろうからな、これからは」
「今回の一件、どんな風に落ち着くにせよアルマン様が忙しくなるのは間違いなさそうですからねー」
「まあ、そういうことだ。……まっ、とにかくは≪ニライ・カナイ≫の調査が先決だ。それをやりながら考えることにしようと思っている」
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