第二十一話:上陸初日の終わり
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちちうえ、ちちうえ、嫌いにならないで! レティが悪かったから嫌いにならないでぇ! もうしないから! ごめんなさい、ちちうえ! うわぁあああああん!」
わんわんと泣きわめきながらひしっと俺の足にしがみつくレティの姿に何とも言えない気分になりながら、俺は少し前までの激動の時間を思い出した。
――いろいろと濃密な時間だったな……。
レティシアが行方不明になったという連絡を受け、動揺していた俺だったが問題はすぐに解決してしまった。
≪グレイシア≫から居なくなってしまったレティシアの所在が判明したからだ。
それはどこかといえばこの≪ニライ・カナイ≫で見つかった。
そう――端的に言えばレティシアは≪
積荷の木箱の中にこっそりと入って侵入したらしい。
「積荷の中に入り込むなんて度胸があるというか逞しいというか。暗くて狭いだろうに」
「それに関してはたぶんこれですね」
「この小瓶は?」
「前に私がプレゼントしたものなんですけど、≪ホタル花≫っていう花を加工した粉末が入っているんです。あたりが暗くなると光る性質があって」
「それで平気だったと?」
「恐らく中で本でも読んで暇を潰してたんじゃないかなーっと。なんというか凄い冒険心ですね」
最初にレティシアを見つけた先遣隊の人間は驚いただろう、中の物を取り出そうと木箱を開けたら領主の娘が入っていたのだから。
それからは大騒ぎになって俺が呼ばれ、ひとまず事情は理解できたので≪グレイシア≫へと慌てて連絡を繋いで――
「うわぁああああん! ごめんなさいごめんなさい! ふっぐ、えっぐ……ごめんなさいィいい!」
今に至る。
起こされたレティシアはそれはもうこっぴどくエヴァンジェルとアンネリーゼから怒られた。
普段は穏やかで声を荒げることも稀な二人に怒られたのは彼女にとって初めての経験だったのだろう、≪天振結晶≫のエネルギー残量の観点から通信が切れた途端、レティシアは俺に向かって飛びついてきたかと思うと泣きわめいた。
本当に怖かったのだろう。
そして、それだけ怒られたということは俺も怒っているに違いないとも思ったのかしがみつくようにして謝ってきた。
――まあ、俺としてもいいたいことがないわけでもなかったけど……あれだけ怒られているのを見たらなぁ。これ以上、叱るの……それに。
落ち着いてくるとこうして無事な娘の姿を見ているだけでただ安堵で気が抜けてしまう。
「ひっぐ、ぐす……ちちうえ、ちちうえ……一緒にいたかったの……だから、だから……うぇっ、ごめんなさい」
「……はぁ」
俺のため息にびくりっと身を竦ませたレティシアを安心させるように頭を撫でた。
「もう、こんなことをするんじゃないぞ。心配し過ぎて気が気ではなかった」
「……うん」
「母さんたちもだ。とってもレティシアのことを心配したからあんなに怒っていたんだ。わかるな?」
「……うん。ごめんなさい」
「――なら、よし。ほら、もう泣くな。もっとお淑やかでないとな」
片膝をついて目線を合わせながら諭すと真っ赤になった目を潤ませながら一つ頷くと彼女は抱き着いてきた。
俺はそれを抱きとめて立ち上がった。
「嫌いにならないで……」
「ならないさ、だからもう泣くな」
「うん」
ぐずぐずとしながらもそう答えたレティシアの言葉を聞きながら、俺は辺りを見渡した。
そこにルキやフィオだけじゃなく、先遣隊の他のメンバーも集まっていた。
彼らからしても気になって仕方ない状況だ、無理もない。
俺たちの様子からいちおう一段落はしたらしいと察したのかどことなくホッとした空気が広がった。
――穏便に終わると思った上陸初日がこんなことになるとはな。もっと早くにレティシアを見つけられていたら……まあ、今更言っても仕方ないか。
そんなことを考えつつ、俺は口を開いた。
「とにかく……まあ、なんだ。うちの娘がすまなかったな」
「いえいえ、俺たちは別に……なあ?」
「ええ、そうですよ。それにしても船に忍び込むなんてなんともお転婆な」
「ああ、全くだ。いったい誰に似たのやら」
「それはアルマン様でしょう」
「俺か?」
「周囲の静止も振り切って、十にもなるの年齢で武具と防具を担いで狩猟に出かけた領主なんてアルマン様ぐらいでしょう。あの時はいろいろと騒ぎになったものですよ」
「気が気じゃなかったですよ。でも、本人は普通に帰ってきてまた次に行くんだもんなぁ」
先遣隊の中でも狩人として古株の男たちの言葉に俺は目を泳がせた。
あの時はいろいろと精一杯の状態でやりたい放題やったわけだが、今となっては自分の中では少し恥ずかしい若気の至りの分類される過去だった。
――必要だったか不必要だったかといわれれば必要な行為ではあったが……改めて考えると我ながら無鉄砲という言葉でさえ生ぬるい行為をやっていたなと。
周囲からは英雄らしい破天荒な逸話だな、と肯定的に受け止められているのだが一人の親としては子供を注意しづらくなってしまうというか。
「レティシアちゃんはまさしくアルマン様の子供って感じですよねー」
「違いねぇ」
ドッと笑いがおこった。
◆
「それでどうするんです?」
「どうするもこうするも≪
親心としては安全な場所にレティシアを送りたいがでるための手段がないのだ、となると次に≪
「なにか別の手段を模索するとか?」
「あるかもわからない手段を探すことに労力を割くことはできない。どのみち一月後には来れる予定にはなっているんだからな」
「となると予定通りに?」
「そうするしかないだろう。このまま、予定通りに≪ニライ・カナイ≫の調査をしつつ拠点の整備をして……ってところだな」
膝の上に座り、用意された豆のスープをスプーンですくって食べているレティシアの頭を撫でながら俺はルキに返答した。
「レティシアに関しては……まあ、いちおう考えはある。美味いか?」
「うん」
ひとしきり泣いたせいかお腹が減っていたのかレティシアの食は進んでいる。
先ほどまでの泣き具合はなんだったのかといわんばかりの食べっぷりだったが、娘の泣き声ほど落ち着かなくなるものもないのでこれでいいのだろう。
俺はそのまま、ルキたちと会話を続けた。
「まあ、まずは周辺の地形やモンスター、植生などの確認だな。フィオの記憶と照合しつつ変化がないかを確認して活用できそうなものは回収していく」
「明日からはいよいよ本番って感じですね」
「だね」
「ああ、忙しくなると思うがよろしく頼む」
「なーに、予定通りですし問題ないですよ。あー、それにしてもいろいろと調べることも多くてワクワクしてきましたよ! ぐふふ、思いっきり調べるんだー」
「持ってきた積荷の量には限界があるからそこまで本格的に調べることはできないんじゃ」
「いや、あいつは一人でキャンプしながら調査を実行した女だからな。そこら辺はなんとかなるんだろう。逞しいからな」
「それはなんというか……」
実際、いろいろとどうにかなるのだろう。
大袈裟な機材など以外にもルキは個人で謎の試薬や器具などを持ち込んでいる。
彼女のお手製のものでルキ以外の誰にもその何に使えるものなのかもわからないが……自慢げにしていたので優れたものであるのは間違いない。
――たぶん、聞けば答えてはくれるんだろうけどこの七年でだいぶルキの知識はアレなことになったからな……。
功績も多大なため、甘やかしていた……という自覚はあるが健やかにロルツィング領の公金を使って研究し放題していた彼女の頭脳は誰にもわからないレベルへと昇華してしまっている。
恐るべきはアンダーマンの血族というべきか、ぶっちゃけ専門的すぎて話がついていけないときが多々ある。
よって、ルキが自作の試薬や器具などを見せびらかした時、とても聞いてほしそうな顔をしていたが俺はそれを無視して聞かないことにした。
当然、彼女はへそを曲げたがまあ今はこの通り≪ニライ・カナイ≫へと夢中なので問題はない。
「とはいえ、資材は多くあって困ることはない。拠点の増築にも必要だしな。だから資材の回収も並行して行う必要がある。さしあたって必要なのは木材だな」
「≪採取
「はははっ、それはいいね。それにしても木材か。やっぱり近くの森から得るのが早いかな?」
「場所もそうだが運ぶときの手間を考える必要がある。今日行ったところは足元の蔓が邪魔だっただろう? まあ、歩く分には問題はないと思うけど」
「あー、たしかに荷車を往復させるのは不向きですかね。資材として使うなら何度も往復する必要がありますし」
「そうだな……それなら記憶通りならこっちの森林部はたしか――」
予想外の結果になってしまったがレティシアの安否も解決したからか、俺たちはいつの間にか通信が来る前のように明日からの指針について話し合いを始めていた。
そうやってあれやこれやと話していると不意に俺は気付いた。
先ほどまでしていた膝の上のレティシアの食事をする音が聞こえない。
一瞬、夜も遅くなってきたので寝てしまったのかと思い視線を下げるも彼女は起きていた。
というよりも目を爛々と輝かせ、地図を取り出して何やら作業を始めたルキとフィオを眺めていた。
それはただ興味深げに見ている――というよりもまるで憧れた世界を見ているかのような視線だった。
その様子に俺はエヴァンジェルの言葉を思い出した。
――俺の血か、あるいはエヴァの血か……まあ、どっちもか。俺たちの娘だもんな。
「そろそろ遅いな。明日に備えて……いや、もう今日か。まあ、朝に備えてもう寝るとしよう」
「もうそんな時間か」
「時間が経つのは早いですね」
「まあ、途中でとんでもない事態があったからな。大体はそのせいだと思うが」
「あぅ……ちちうえ」
「ははは、すまんすまん」
「レティシアちゃんを揶揄うのはいかがなものかと思いますよー? それにちょっとぐらいの冒険、子供ならやってこそというか」
「変なことを教えるな。それにお前は大人になってからでもやりたい放題しているだろう。いいか、レティ。こいつだけは真似をしたらいけないぞ?」
「はい」
「レティシアちゃん!?」
「ごめんね、ルキねえさま」
「くっ、お父さん大好きっ子ですもんね。おのれ……っ、アルマン様! とまあ、そこらへんはひとまずおいておくとして」
「置いておくんだ」
「それよりもレティシアちゃん、今日どうします? 飛び入り参加のレティシアちゃんの分の寝床は当然ないわけなんですけど。あっ、私と一緒に寝ますか?」
「そうだな……どうするレティ? 確かに今から用意するのはちょっとな。ルキに任せるか、それとも父と一緒に今日は――」
「ちちうえがいい!」
「ありゃりゃ」
「ははは、あっさりと決まったな」
俺の言葉に目を輝かせて叫んだレティシアにフィオが笑った。
そして、とてもどこか暖かい視線を彼女へと向けた。
「そうか、じゃあ一緒に寝るか。じゃあな、振られ女は一人寂しく寝るがいい」
「潜り込みますよ?」
「絶対にやめろ」
そんなこんなで解散をして俺とレティシアは拠点の一画に作られた家へと向かった。
拠点化を始めたばかりのここではあらゆるものが足りないため、生活は基本的にはテントとなる。
そんな中、持ち込んだ建材で簡素ではあるものの組み立てられた家が二つほど存在している。
それが俺とフィオの家屋だ。
どちらも立場が立場なため、そしてフィオに関しては彼女の秘密にも関わる問題なため、俺たちはこうして家を持っているというわけだ。
「まあ、とはいえあくまで家屋の体を成しているだけで大したものじゃないがな。……大丈夫か? しばらくはこんな生活が続くことになるが」
とはいえ、あくまで家の形をしているだけでテントよりはマシという程度の代物だ。
贅を尽くした、とまではいわないものの辺境伯という爵位に恥ずかしくはない程度には金をかけた≪グレイシア≫の私邸とは比べ物にならない。
そのことを心配してレティシアに声をかけたのだが、当の本人はなにがそんなに楽しいのかといわんばかりに目を輝かせて室内を見まわしている。
――できたばっかりでなにもない……ベッドとテーブルとイスぐらいしかないのに。
「うん、大丈夫!」
なにが大丈夫なのかわからないが元気にそういうとレティシアはベッドへとダイブした。
「ふわー、ふかふかだ」
「寝具だけはちょっとな。≪極楽鳥の羽毛≫を使った一級品なんだが……まあ、当然一つしかない。というかそもそもベッドが一つしかない」
「じゃあ、一緒に寝る? ちちうえ」
「そうだな、一緒に寝るとしようか」
娘と一緒に寝るなんていつぶりだろうか、そんなことを考えながら俺たちは一緒のベッドに入った。
一人用ではあるがそれなりに余裕をもって作られているおかげか、レティシアが入っても十分に寝ることができた。
「えへへ、ちちうえ……」
「まったく……初日からこれじゃあな。どうなることやら」
元気いっぱいにみえたが寝床に入るとまるで電源が落ちたかのようにすやすやと眠りに入ったレティシア。
どんな夢を見ているのか、ぐりぐりと俺の胸に頭を押し付けながら眠る彼女を見ながらそんなことを呟いたのだった。
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