第二十話:密航者



「おおっ、かなりの大物じゃないですか。流石はアルマン様ですな」


「見たことのないモンスターだ。やはり地上とは違うのだな」


「ううむっ、どういう構造になっているのか。素材はどこが使えるのか」


「おい、解体場の方の準備は済ませてるのか?」


「機材の方は持ち込んであるがほぼ更地のただの広場だぞ?」


「構わんさっさと始めてしまおう。これは≪飛空艇≫で持って帰る分だ。首を長くして待ってるグレイシア連中の土産だ。ひとまず、解体できればいい。調査は向こうでやるだろう」


「ああ、そういえばそうだったな。調べたかったが……」


「どうせ一月は帰らないんだ、明日からいくらでも時間はある。それにアルマン様と別の地点を観測にいったオルマーたちも大型モンスターと接触したらしくてな。しかも倒したらしい。それ用に慌てて回収の荷車を出したところだ」


「ああそれで……それにしてもアルマ―たちもか」


「まあ、話によると向こうは甲虫っぽかったらしいから同じモンスターではないんだろうが」


「甲虫か……。あいつら毒を持っていることが多いから解毒用のアイテムも用意しておかないと」



 ワイワイガヤガヤ。

 日も暮れ始めた≪ロッソ・グラン≫の拠点に威勢のいい声が響き渡る。


 先遣隊の一員としてやってきた狩人たちの声だ。


 ≪ロッソ・グラン≫についてからというもの、大型のキャンプ地の設営に取り掛かっていた彼らであったがまだまだ元気そのものといわんばかりの雰囲気だ。

 俺たちが討伐し持って帰ってきた≪クィズール≫の遺骸を解体場へと運ぶと手慣れた手つきで解体していく。


「ほう、なんというか慣れたものだな」


「フィオは見るのは初めてなのか?」


「身分的にこういった現場はな……。まあ、私自身忌避していたのもあるが――なんというか鮮やかだな」


「ですよね、職人技って感じがします! 見てて気持ちいいというか」


「≪グレイシア≫では毎日のように大型モンスターの遺骸が運び込まれて解体されるからな」


「そこからの人員か。なるほど、見事なものだ」


 解体用の大きな機材を使いながら見る見るうちに全身を解体し、胴体と手足、頭部に尻尾と切り分けるとそれをさらに細かく解体していく。

 近くでスケッチのようなものを取っているのは恐らく今後の資料にするためだろう、先遣隊にはいろいろな意見を聞いてエキスパートを選別して組み込んだつもりだがその成果は十分に発揮できているように思える。


「この調子なら≪天磐船アマノイワフネ≫の出航には間に合いそうだな」


 ぼそりっと俺が呟くといつの間にかそばに居たルキが口を開いた。


「そんなにすぐに出航させなくてもいいんじゃないですか? 人も物資もここで下ろして身軽になるわけですし、もっといっぱいこの≪ニライ・カナイ≫のものを積荷に載せて≪グレイシア≫へとむけて出発させた方がいいと思いますけど」


「いつの間にに……集めまくってた植物やらキノコやら虫やらカエルやらはもういいのか?」


「ええ、ちゃんと載せてもらいましたよ。それでどうしてもう出航を?」


「今のところ、大きな問題がでていないとはいえ≪ニライ・カナイ≫の危険度は未知数だ。生命線である≪天磐船アマノイワフネ≫はあまり危険にさらしたくない。つまりは置いておきたくない。効率を考えればルキの言う通りだとは思うが……」


「まあ、安全策を優先ってのはいいんじゃないかな。どうせこの辺りで採れるものとか出現するモンスターは初期のモンスターだから重要度も高くはない」


「そこら辺はあくまで≪ニライ・カナイ≫がゲームの設定に準拠していた場合――だけどな。ともかく、そういうことで≪天磐船アマノイワフネ≫は今日中に飛ばす」


「んー、わかりました。じゃあ、ご飯にしましょうよ」


「……また、唐突だな」


 ルキの言葉に俺は思わず苦笑した。

 たしかに時間帯を考えればそろそろ腹も空く頃だ、特に昼間はフィオやルキたちとフィールドワークもしていたのもある。


 フィオの方をちらりと向くと彼女も頷いた。

 そういうわけで俺は少し早めの夕食を取ることにした。


「ふぅ、やはり酒だな」


「これが狩人の飲む酒か。なんというか凄く度が強いね」


「なんだフィオは酒が飲めないのか?」


「いや、私が飲む酒というのは基本的に葡萄酒だから……。でも、いいなコレ。ははっ、懐かしい。ゲームの中でもよく飲んだなぁ。たしかこんな感じだった」


「そうなんですかアルマン様?」


「俺の時は味覚はそこまで再現されてなかったから、なんというか雰囲気を楽しむものだったんだが……」


「たしかVer.2.8あたりの大型アップデートで大幅に改善されたんだよ。それで仮想空間でも飲食を楽しめるようになったんだ。『Hunters Story』の世界観を楽しめるようにって」


「いいな……いいなー、いいなー!」


「アルマン様、子供みたいに羨ましがらないでくださいよ。実物の再現された狩人の酒の味はアルマン様の先に体験したわけですし、そこは引き分けということで」


「それはそれ、これはこれだ」


「そうか、そうなると≪ニライ・カナイ≫でのあの味も材料さえ揃えたら作れたり……」


「待った、それを食べるときは俺も誘ってくれ」


「いや、アルマン様は≪ニライ・カナイ≫はやってないじゃないですか」


 酒も入ったことでほろ酔い加減というのもあるだろう、俺とルキとフィオの話は弾んだ。


「それにしても改めてみると一日で建てたとは思えないほどの出来栄えですよね、この拠点」


「なんだかんだ建設技術もおかしいからなこの世界」


「人員と物資、適切に用意して振り分ければこれぐらいあっさりとできるもんなんですねー」


「とはいえ、家としてしっかり建物になっているのは俺とフィオぐらいでそれ以外は仮設テント。あと大まかにできているのは調理場に鍛冶屋、あとは解体区画ぐらいか?」


「私の研究室は明後日できるって言ってました」


「まだまだ、だな。柵やらなにやらで周囲を覆う必要もあるし」


「物見櫓も必要ですよね」


「ある程度、拠点の整備ができたら小規模でもいいから農園とかも必要か」


「≪薬草≫は大事ですからね。私としても研究用の植物アイテムも育てたいですし」


「調理場や鍛冶屋とかもあくまで最低限の設備だから、拠点を発展させていくならグレードアップも必要だね」


 俺たちは飲み食いしながらそんな話で盛り上がった。


「なんというかクラフト系のシミュレーションゲームみたいだね」


「しみゅれーしょんげーむ、ですか?」


「ああ、いろいろな仮想体験をするゲームの一つのことだよ。この場合だと国を作ったり、街を作ったりするクラフトシミュレーションゲームに似ているというか……やったことない?」


「話には聞いたことがあるがやったことはないなぁ」


「私はやったことあるよ。自分だけの街を作るゲームでね、なんというか没頭し始めると時間がどれだけあったも足りなくなるんだ」


「たしかにこうやって案を言い合うだけでも楽しいですしね」


 ルキの言葉に俺も内心で同意した。


 ――正直なところ、凄く楽しい。


 未踏の地であり、危険があるかもしれない場所であるというのは十分に理解してはいるがそれはそれとして。

 一つのモノを一からみんなであれこれ言い合いながら作り上げていくというのは思ったよりも楽しいものだった。

 相手がフィオとルキという肩ひじを張る必要のない相手である、というのも要因としては大きいのだろうが。



 そうこうしている内に≪天磐船アマノイワフネ≫が出航する時間となった。



「ああ、もうそんな時間か」


「いつの間にか時間になっていましたね。見送りにでも行きます?」


「いや、いいだろう。特に問題が起きたわけではないんだろう?」


「はい、アルマン様」


 報告に来た若い先遣隊のひとり相手に俺はそう返した。

 予定されていた通りの流れでわざわざ行く必要性がないことが一点、もう一点の理由としていい感じでお腹も膨れて動くのが億劫だからというのもあった。


 ――ひとまず、≪ニライ・カナイ≫への上陸はうまくいって初日を終えることができた。細かいトラブルはあったものの、今のところ大きな問題はなく順調……。


 まだまだやるべきことは多いとはいえ、初日ぐらいは気を休めていいだろう。

 そんなことを考えていたのが悪かったのかもしれない。



「そういえば≪天振結晶≫の設置作業に関してはどうですか? もう終わっているはずですけど」


「ああ、はい。設置作業に関しては終了したとのことです。そして、その通信の方が届いておりまして……」


「なに?」


「そんな予定ありましたっけ? 上陸予定日の次の日に報告をする予定じゃなかったで知ったっけ?」


「こちらの状況をあちらは確認できないからな。心配になって通信を送って来たんじゃないかな?」


「ああ、なるほど」


「どうするべきでしょうか。こちらとしてはアルマン様や殿下の許可なく通信を開くことはできなかったので……」


「――わかった。俺が対処しよう、案内を頼む」



 上陸一日目の最後にが起きるとは俺は思ってもいなかったのだった。



                  ◆




『レティシアが居ないんだ、アリー!!』


『どうしよう、アルマン……』



 ≪天振結晶≫を介して通信を開いた先はエヴァンジェルとアンネリーゼだった。

 そんな彼女たちから伝えられた話の内容に俺は頭が真っ白になった。




「――は?」




 慌てた様子で喋る二人の様子からどうやらただ事ではなさそうだと気を引き締め、宥めながら詳しく聞くとどうにもレティシアの行方が分からなくなってしまったという話だった。

 いつから居なくなってしまったかといえば俺たち先遣隊が≪グレイシア≫を飛び立ってからで、いつの間にか消えていたらしい。


 最初はどこかで遊んでいるとばかり思っていたが夕方になっても帰って来ず、これはおかしいと探し始めたらしいが今のところ手がかりすら見つかっていない――と。


「城壁の関所は? まさか街の外に……」


『それはない。すぐに閉鎖したし、子供はまず外へと出られないから』


「なら、≪グレイシア≫の中に居るはずじゃ」


『でも、見つからないんだ!!』


 普段の穏やかなエヴァンジェルと思えない強い声に彼女がどれだけ動揺しているのかが伝わってくる。

 当たり前といえば当たり前か、自分の娘が行方不明となっているのだ。


 俺だって動揺のままに声を荒げたくなるのを抑えるので精一杯なのだから。


『ごめんなさい、アルマン……私がちゃんと見ておけば』


「落ち着いてくれ母さん。まずは冷静になって。レティシアは強い子だ、きっと大丈夫……。捜索の陣頭指揮をとっているのはシェイラだな? 彼女を呼んできてくれ、詳しく聞きたい」


『アリー、どうすれば……なんとかならない?』


「……すまない。もう、≪天磐船アマノイワフネ≫は≪グレイシア≫へ向けて飛び立ってしまって」


 移動中の≪天磐船アマノイワフネ≫に連絡を入れる手段がない以上、俺にはどうすることもできない。

 ≪ニライ・カナイ≫から≪グレイシア≫へと向かう手段がないのだ。


 俺の言葉にエヴァンジェルとアンネリーゼはともに消沈した。

 彼女たちとてわかっていて、それでも不安で連絡をしてきたのだろうというのがいたいほど伝わってくる。


 そんなときに家族の傍にいれない自分という存在が腹立たしい。

 心地よかった酔いがいつの間にかなくなっていることに今更になって気づいた。



「ともかく、あとは頼んだ。――娘を頼む」


『必ずや』



 シェイラに指示を出し、俺はぐったりと通信を切った。



「アルマン……」


「アルマン様、大丈夫ですか? 大変なことになりましたね」



 通信を終えると同時に話しかけられ、ようやく俺は二人の存在を思い出した。

 相手が誰だかわからなかったため、二人も一緒に来ていたのだったか……話の内容のせいですっかりと忘れてしまっていたが。



「……大丈夫、街の外にさえ出ていないのならそうそう危険はないはずだ」


「えっと、アルマン様」


「どのみち、今の俺にはどうすることもできない。信じるしか……」



 自らにそう言い聞かせるように俺は呟いた。

 そうしなければやっていられない。



 その様子にフィオもルキもどう声をかけたらいいかわからないようだ。

 とはいえ、こちらもそちらに気を回す余裕はない。



「……明日も早い。今日はもう寝るとしよう」


「あっ、えっと」


「…………」



 なにかを言おうとまごついているルキを無視して俺はその場から離れようとするも、



「あ、アルマン様! 大変です! 実は……その緊急事態というか」


「……トラブルか。こんな時に」


「す、すいません! ですがその大変なことがおきまして」



 思わずギロリッと睨んでしまい、怯えたように身を竦ませた相手の反応をみて俺は反省をした。


 ――なにをしているんだ俺は。あたっても仕方ないだろうに。


 息を一度吐いて意識を切り替えて問いただした。



「それでなにがあった?」


「じ、実はですね……いえ、見ていただいた方がいろいろと早いかと」



 そういって案内されたのは≪天磐船アマノイワフネ≫からおろされた積荷の集積場だった。

 大小様々な大量の木箱が並んでいる一画になにやら人だかりができておりなにやら木箱の一つの中を見ているようだった。



 促されるままに俺はその木箱のもとへといき、そして覗き込むと




「……はい?」




 思わずそんな声を漏らしてしまった。




 なぜならそこには行方不明となっていたレティシアがすやすやと寝ていたのだから。




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