第十九話:≪クィズール≫



 森の奥から現れたモンスターは黒ずんだ甲殻が特徴の二足の脚に一対の翼を持った鳥のような大型モンスターだった。



「あれは――資料で見ましたね。確か……」


「≪賊怪鳥≫の異名を持つ、≪クィズール≫だね」


「≪賊怪鳥≫……」


「山に密林、渓谷、それに森……まあ、何処にでも出てくるゲーム初期に出てくるモンスターでね。とても獰猛というか、攻撃的な性格で狩人を見つけるとすぐに喧嘩を売ってくる。だから、≪賊怪鳥≫――らしい」


「なるほど」


 フィオの言葉通り、≪クィズール≫は俺たち三人とそしてドラゴを見つけたかと思うと低く唸り声をあげた。

 明らかな威嚇の仕草であり、こちらを見過ごすつもりはないと言わんばかりだ。



 最もそれはこちらも同じことだが……。



 ≪クィズール≫の姿形を観察しつつ、俺はチラリとフィオに目をやった。

 その姿からある程度攻撃方法はこれまでの経験と知識から絞れるとはいえ、初めて相対するモンスター……警戒してし過ぎることはない。


「初期に出てくるモンスターってことは……」


「等級的に言えば≪下位≫のモンスターだよ」


「≪下位≫のモンスターなら問題なくやれそうですけど」


「初めて見るモンスターだからな、ある程度動きとかを把握しておきたいが――」



「ああ、任された」



 俺が言いきる前にフィオは進み出た。

 腰の鞘から引き抜いた≪片手剣≫、≪帝国剣ガランティーン≫の銀色の刃が鈍くきらめく。



「まず皇子に一人でやらせるなんて他の人が見たら驚いちゃいますよね」


「だけど、実際これが一番早いからな」



 何せフィオはプレイヤーとして≪ニライ・カナイ≫のモンスターとの戦闘経験が存在する。

 大型モンスター相手の狩猟は知識も大事だがそれと同じくらい動きの把握が重要になる、そこでフィオの出番というわけだ。


 先に彼女が戦うことで情報を効率的に集めることが出来る。

 要するに見本を見せてもらうようなもの。


 言葉などの情報ではどうしても差異が出てしまう。

 古い言葉に百聞は一見に如かずという言葉があるように実際に見せて貰った方が早いのだ。


 とはいえ、ルキの言っていることも確かで事情を知らなければだいぶ問題な光景なのも間違いはなかったが……。



「さて――いくよ」


「グ、リリリりぅゥ……っ!!」



 ともあれ、フィオと≪クィズール≫の戦いの火蓋は切って落とされた。


 彼女の言葉を理解しているわけではないだろうが、フィオの言葉に反応するかのように≪クィズール≫は突進を仕掛けてきた。


 二足歩行をする≪鳥獣種≫の突進。

 それは四足で大地を駆ける≪獣種≫のものと比べると鋭さこそ無いものの、大型モンスター特有の大きさもあり迫力はある。


 だが、逆を言えばそれだけだ。

 突進攻撃はモンスターが一番使う攻撃パターンの一種、当然のようにフィオはそれを余裕を以て回避した。


 ≪獣種≫ほどに大地を走ることを得意としていない≪鳥獣種≫の突進は回避された後の方向転換が出来ない。

 勢いのままに突き進み、木々をなぎ倒しようやく止まると再度彼女へと向き直ると――再度の突進。


 とんとん、と軽快にステップを踏んでそれをフィオは回避し通り過ぎていく≪クィズール≫を見送り≪帝国剣ガランティーン≫を構えた。


「ん、今……攻撃できましたよね?」


「俺たちに動きを見てもらうためだろう。それと彼女自身も経験の記憶があるとはいえ、久しぶりの戦いになるわけだからな。立ち上がりは慎重にやるだろうさ。それにしてもやはり上手いな」


「ですね」


 ≪クィズール≫の突進攻撃を余裕をもってさばいているフィオの動きを見ながら俺とルキは感嘆の声を上げた。

 彼女が確かな実力を持っていることは知っていたし、確認のためにある程度見せて貰ったこともあるがこうして実戦のフィオの動きを見るのはこれが初めてだった。


 ――動きも柔らかいし、距離感も適切だ。


 大型モンスターの狩猟において。

 いや、それだけに限った話でもないが基本的に戦いというのは距離感、あるいは間合いをどれだけ支配できるかが重要となってくる。


「ふっ!」


 そして、それがフィオは適切だった。

 ≪クィズール≫の体格と運動能力を考慮しつつ、どんな攻撃をしてきても余裕をもって対応できる距離を維持している。


 基礎的な狩人の動きだがこれが適切に出来る人間というのはあまり多くない。


 なにせ大型モンスターとの戦いというのは命懸けなものなのだ、E・リンカーによる増強で身体的には頑強な狩人とはいえ精神的にはただの人間だ。

 対峙して戦闘を続けるだけで精神的な疲労というのは蓄積していく。


 上位の狩人になれるものはそういったストレスとうまく付き合える手段を手に入れて、安定的に大型モンスターとの戦いを続行できるようになった者だ。


 大型モンスター相手に動揺なく、自分のペースを守って戦える。

 それだけである程度、狩人としての腕の底というものは見えてくるものだ。


「あっ、アルマン様」


「ああ、そろそろ攻めるようだ」


 不意にフィオの動きが変わった。

 あくまで構えているだけだった≪帝国剣ガランティーン≫の柄を深く握り込むと≪クィズール≫の突進に合わせるように――一閃。


 回避と同時に放たれた斬撃は確かに≪クィズール≫の身体に斬り裂いた。


「おお、一撃で……」


「まあ、上位武具だからな。相手が下位のモンスターならこうもなるだろう」


 ≪帝国剣ガランティーン≫、それは≪片手剣≫の上位武具だ。

 帝国南部のある鉱山の一帯でのみ採取可能な希少鉱石を素材に製作可能な武具で≪更新アップデート≫時に追加されたもの。


 ≪無属性武具≫ではあるもののその分、素の攻撃力が高いため下位のモンスターの防御力ではつらいものがあるだろう。


「≪片手剣≫はどちらかといえば手数で勝負する武具のはずなんですけどね。やっぱり≪スキル≫の効果もですかね」


「だな。相手の防御力によるダメージ軽減を貫く≪斬術≫、それに加えて攻撃力補正の≪スキル≫に回避補正の≪スキル≫……構成としては手堅いな。≪無属性武具≫だし、どっちかというとプレイヤースキルで戦うタイプだったのか?」


 プレイヤーの狩人にも色々とスタイルがある。

 天月翔吾はどちらかといえば相手のモンスターに合わせて装備や≪スキル≫構成を調整して挑むタイプだったが……彼女は手難い安定感のある装備と≪スキル≫で腕に頼った狩猟をするタイプに見受けられた。


「あっ、アルマン様。≪クィズール≫の動きが……」


「本気になったようだな」


 ルキが言った通り、≪クィズール≫の動きのパターンが変化を始めた。

 ダメージが蓄積したためだろう。


 突進攻撃だけではなく、嘴による突きの攻撃、身体を大きく回転させて放たれる尻尾のフルスイングなどを織り交ぜてフィオに攻撃を仕掛けてくる。


「基本的な攻撃方法は変らない感じですかね?」


「まあ、下位のモンスターだからな。そこまでの特殊行動は無いようだ。……どう見る?」


「そうですね、相手が下位のモンスターである以上は上位装備で固めればごり押しで勝てるのは当然として。動きにも特筆するべきものはありません。ただ、尻尾のスイングは少し効果範囲が広いかも? 思った以上に伸びますよね」


「確かにな。細長く伸びて先端に重りのような尖った槍のような部位がある尾だが……そのせいかな?」


「それと尾自体がある程度伸び縮みするみたいですね。下手に距離を取って回避するよりも掻い潜った方が安全かな? あとはそうですね、嘴と甲殻が覆っている胴体部分は硬そうだから脚とか翼から狙うのが定石かなーっと」


「……まあ、そんなところか」


 ルキの考察を聞き俺は同意するように頷いた。


 ――見て取れるのはこれくらいかな……。


 下位モンスターだけあって動き自体はシンプルで速度も遅い。

 実際に対面して戦えば身体の大きさもあり体感としてはかなり違うとは思われるが……こうして傍から落ち着いて観察してパターンを掴んでしまえばどうってことはない。


 ――警戒するべきは伸び縮みする尾によるスイングの攻撃範囲の誤認くらいか。それ以外は特に危なそうな攻撃も無いな。


 最も仮に攻撃を受けたとしても上位防具に身を包んでいる今の俺相手では、下位モンスターの攻撃は必殺にはなり得ないのだが。


「あっ、行くんですか?」


「ああ、感覚は掴んでおきたいからな。そっちはどうする?」


「私はもうちょっと見てますよ」


 ルキの返答を聞きながら俺は前に進んだ。

 ドラゴも一緒に戦いたそうにこちらを見ていたが彼の援護が居るほどの相手ではない。


「おや、参加かい? 一人でも十分だけど」


「ええ、連携の感覚も掴んでおきたいところですし」


「なるほど……それもそうか。アルマンの方が実戦は玄人だからね、キミの判断に従うとしよう」


 そう言って≪クィズール≫と戯れるように斬り合っていたフィオは一歩下がった。

 先ほどまで維持していた距離感よりも少しだけ開けた空間に俺はするりと入り込むと――



「よっ、と」



 彼女目掛けて振るわれた≪クィズール≫の尾の攻撃を左手に持った



「おみごと」


「これぐらいで褒められても……ね!」



 ズシンっと身体の芯にまで響くような衝撃。

 当然と言えば当然だ、大の大人よりも巨大なモンスターの勢いのついた尾の振り回し攻撃、並の人間ならひき肉になってもおかしくない一撃だ。


 だが、俺はそれを真正面から受け止めるとあろうことか――ガンっと勢いをつけて盾で弾き飛ばした。


 僅かに後退する≪クィズール≫の様子を眺めながら、俺は淡々と右手の槍と左手の盾を構え直した。


「なかなか手慣れた動きだね」


「参加型のイベントに参加するときはこれだったからな」


 ≪重装槍≫、それが俺が今装備している武具の種類だ。

 ≪片手剣≫と同じく、武器と防具である盾がセットになった武具種だ。


 ≪重装槍≫が≪大盾≫で≪片手剣≫が≪小盾≫という違いはあるものの、これらの武具種は盾による防御が行えるのが特徴の一つとなっている。


 そして、盾を利用した技で≪パリィ≫という技がある。

 攻撃をジャストのタイミングで防御することで相手を弾くことが出来るというものだ。


 ――こっちではどういう処理になってるかは知らないけど。


 「楽園」においてもその技は有効でああやって弾くこと出来る。

 明らかに狩人と大型モンスターとの体格差的におかしいはずなのだが、何故だか弾くことが出来るのだ。


 ――まあ、大型モンスターの攻撃を受け止められる時点でおかしな話か。


 ≪スキル≫による影響は確かにあるだろう。

 俺が今装備している防具で発動できる≪スキル≫に≪重盾の守り≫というものがある、それは攻撃を受けた際にこちら側に発生する≪ひるみ≫を緩和することが出来る――というものがゲーム内の説明で、恐らくそれが影響しているのではないかと考えているのだが……。


 ――それはそれとして、やっぱり狩人っておかしいな。いや、E・リンカーが凄いのか。衝撃は来たけど吹っ飛ぶこともなく大型モンスターの攻撃を受けきれるとか……。


 何というか物理的に色々とおかしい気もする。

 まあ、そこら辺はともかくとして――



「では、俺が前に出る。だからフィオは……」


「わかってるって。だから敵意ヘイトは任せたよ」



 武具名は≪蒼銀の尖槍≫。

 その蒼銀色の意匠の槍と盾を構えながら、俺は徐に盾を槍で叩いた。


 金属のぶつかりあったくすんだ音が響き渡り、回り込む形でポジショニングを変えようとしているフィオを目で追っていた≪クィズール≫が……ぐるりっとこちらに頭を向けた。


 ――よし、引けているな。


 この行動は≪デコイ≫という技で周囲のモンスターの敵意ヘイトを自身に集中させるものだ。

 ≪クィズール≫はそれに面白いほどに引っかかった。


「グ、ぁああル、るるぅああっ!!」


 こちらに目掛けて攻撃を仕掛けてきた≪クィズール≫。

 それを俺は余裕をもって対処していく。


 無理をせず、回避できる者は回避。

 しっかりと防御で来そうな攻撃を選んで防御――そこらの≪パリィ≫。


 盾によって弾き飛ばされ、たたらを踏むように後ろに下がってひるんだ≪クィズール≫を、フィオは後ろから斬りかかった。

 ≪ひるみ≫によって動きが鈍った≪クィズール≫はどうするも出来ずに彼女の攻撃を受け、深々とした傷跡を背の甲殻に刻み込んだ。


 当然、攻撃を加えてきたフィオに対し反撃を行おうとする≪クィズール≫だったが、俺はもう一度盾を槍で叩き≪デコイ≫を行った。


 またもや、引っかかって俺に向かってくる≪クィズール≫。

 その攻撃をいなしながら、俺は回避、防御からの≪パリィ≫を組み合わせ、偶に攻撃も加えていく。


「≪挑発≫の≪スキル≫効いてますねー」


 というルキの声が聞こえた。

 こうして≪クィズール≫が何度も引っかかるのは、≪挑発≫の≪スキル≫の力も大きかった。


 ≪挑発≫の≪スキル≫は相手に攻撃を与えた場合、相手の中で上昇するヘイト値に補正をかける≪スキル≫だ。

 本来、攻撃されるほどにその狩人へのヘイト値は上昇するのだが、それを強める≪スキル≫――それが≪挑発≫。


 俺はそれと≪デコイ≫を併用し、敵モンスターのヘイトを稼ぎ続けるのが仕事だ。


 正確に言えば≪重装槍≫使いのオーソドックスな戦い方、とでも言えばいいのだろうか。

 太古の言葉で言えばタンク役というやつだ、敵の攻撃をタンク役が引き受け――



「はあっ!!」



 アタッカーが相手を心置きなく攻撃する。

 チームプレイで輝く武具種であると俺は考えている。


「面白いように引っかかるな。上位モンスターだとそうもいかないんだが……」


「ヘイト値上昇が難しくなってくるからね。とはいえ、このままいけそうだね」


「そうみたいですね。それじゃあこのまま一気に――」




 俺が≪クィズール≫の攻撃を受けとめ、そしてフィオが≪クィズール≫に攻撃を行う。



 二人はその調子で攻撃を与え続け――そして、≪クィズール≫は討たれた。


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