第十八話:新たなるクエスト



 カンカンという木槌の音が響き渡る。


「おーい、それ持ってきてくれ!」


「おい、大釘はどこにやったっけ? 足りなくなっちまってよ」


「これってどこにおいて置けばいい?」


「待て、そこに置くな。あっちに場所を取ってるからそこにまとめて……」


「運ぶの手伝ってくれー! 誰かー!」


 数十人という人が行き交い、積荷が運ばれ、テントや建物が建てられ急速に何もなかった高原に人工の拠点が出来ていく。



「≪グレイシア≫で練習した甲斐があった。この調子なら仮設の拠点としては上々なものにはすぐなるだろう」


「足りないものなら色々とありますけどね」


「これでも絞ったんだ。≪ニライ・カナイ≫の状態がわからない以上、最低限食いつなげるだけの保存食は居る。装備品も当然だ。武具も防具も無いんじゃ話にならない、そしてそれらをメンテナンスするための道具やら補修するための物資。それにテントや仮設用の建物の建材。≪回復薬ポーション≫を筆頭としたアイテム類……」


「それに私用の研究機材ですね!」


「アレもいる、コレもいる。まとめるだけで大変だった」


 俺はその時の苦労を思い出し重々しくため息を吐いた。


「大規模の先遣隊を送り込んで活動拠点を作り、調査を行う。今までの誰もやってこなかった前例のない事業だ。大変だったろう?」


「まあ、苦労はしたがその甲斐はあった。こうして順調に拠点は出来ているわけだし」


 フィオにそう答えを返すと俺は真面目な顔を作って口を開いた。



「それで、だ。さっきの出来事……つまりは俺たちが降り立ってすぐに起こった案内アナウンスについてなんだが」


「まあ、あれだね。フラグがたったというやつさ」


「フラグってアルマン様が偶にいうやつですよね。的な意味でしたっけ?」


「うん、そうなるね。この場合はイベントのためのフラグ、イベントフラグというべきなんだろうけど」


「イベント・クエストって言ってましたもんね、あの



 三人で話し合っているのは≪天磐船アマノイワフネ≫から降り立った同時に行われた「ノア」から案内アナウンスのことだ。


「というかみんな慣れたものですよね。私はある程度わかっているから驚きはしたものの受け入れることは出来ましたけど」


「良くも悪くも七年前の体験が強烈過ぎたんだろう」


 ルキの言った通り、「ノア」からの脳に直接届けられる案内アナウンスというのは事情を知らなければ意味不明な現象過ぎて恐ろしさしか感じないものの、これが最初に行われたのはそれこそ帝国全土を巻き込んだ天変地異の真っ只中だったため、ある種の信仰として受け入れられてしまった。


 それこそが彼女が口にした「天の声」という単語だ。

 所謂、「神託」だとか「お告げ」的な超自然的な存在からのものだと認識され、それが広まり定着してしまった。


「まあ、≪更新アップデート≫が行われてから何回かあったからな」


「「楽園」の前提知識が無ければ何を言っているのか理解も出来ないがな」


「ですよね、さっきのもみんななんか「天の声」が何か言ってるぐらいの受け止めで、フィオ皇子が「私たちの任務の成功を祝福してくれているんだ」って言ったらなんか納得しちゃいましたもんね」


「助かるといえば助かるんだがな」


 ぼんやりと建物を立てている彼らを眺めながら俺は呟いた。



「「天の声」――まあ、あながち間違いじゃない」


「あるいは神様だからね、この世界のね」


「その神様からの試練、それを正しく意味を理解する必要がある。俺たち以外は正しく認識できないんだからな、あの案内アナウンスの意味を」



 俺たち三人が設営を手伝わずにこうして相談し合っているのはそのためだった。


「まず、第一に俺たちはイベントフラグを踏んだ。だからこそのあの案内アナウンスだ」


「それは間違いないね。そして、その切っ掛けは私たちがこの≪ニライ・カナイ≫へと降り立ったから……いや、もっと正確に言うなら≪飛空艇≫を使ってやってきたプレイヤーが≪ニライ・カナイ≫へと降り立ったから……かな?」


「その辺の細かいところは検証することも出来ないから何とも言えないが……問題はどんなイベント・クエストが発生したか、だ」


「確か「天の果てにて、未知を拓け」――でしたっけ?」


「フィオ、イベント名に覚えは?」


「いや、特にないな。ただ、天の果て、未知――これらはやはりこの≪ニライ・カナイ≫を指しているのは間違いないと思う」


「事実、未知と謎に満ちた新大陸だからな。それを拓けということはつまりは開拓しろってことか」


「やっぱり元となった設定の通りに街を作るとか? 私たちが物語上の先遣隊としての役割を果たして」


「≪ロッソ・グラン≫だけならともかく、その他の街まで作るのにどれぐらいの時間がかかるんだ。それこそ、物語のように数十年単位の事業になる」


「ここが前哨拠点として発展すれば調査隊を組織して送り込んで調べることは出来るだろうけど……」


「やっぱり無いですかね?」


「「楽園」はあくまで遊興のための施設だからね。確かに設定を大事にして再現するにしても限度というのはあると思う」


「となるとやはり」


「うん、仮説としてはあがっていたオリジナルのイベントを組まれているんじゃないかな」


 フィオがあげた可能性、それは会議の中でも何度か上がっていた内容だった。

 設定を可能な限り忠実に再現する「楽園」であったとしても全てが忠実というわけではなかった、技術的に不可能な部分などは妥協する形で作られていたし、≪ニライ・カナイ≫に至っては作中においては未来の存在だ。

 設定通りに進めるならここから延々と開拓をして数十年後に始まる物語本編ストーリーを待つことになってしまうが、流石にそれは現実的ではない。


 となるとあり得る可能性としては「ノア」がイベント内容を構築して独自にプランニングしている可能性だ。

 「楽園」の管理と運営を任されている「ノア」には状況に応じて独自にイベントを発生させる権利と機能がある。


 とはいえ、本来ならば「ノア」よりも上の存在――「楽園」の上位管理者の意向に沿ってイベントは組まれる予定であったため、これらの機能はあくまでも小規模イベントの提供を目的としたものであったが……今の「楽園」において「ノア」より上の存在は居ない。


「「ノア」にはこの「楽園」を運営し続ける義務が存在する。可能な限り、永くこの「楽園」を存続させる義務が。そして、遊興のための施設においてその存続を阻害する最大の要因と言えば――飽きだ」


「確かにね。どれほど、素晴らしいゲームであっても惰性になってしまえばユーザーは離れて終わってしまう。だからこそ、刺激が必要だ」


「その刺激がこの≪ニライ・カナイ≫であり、そしてイベント・クエストってことなんでしょうか?」


「詳しいことは神のみぞ知る――といったところだがな。個人的にはそう外れてもいない考えだと思う。実際、ちょくちょく事件は起こっていたものの帝国全土としては安定化はしてきたところだったからな」


「諸問題こそあれど「エデン」や帝都と共同歩調も取れましたからね。実際、いろいろときつかった七年前に比べると余裕が出て来ていたのも事実です」


「それを惰性と捉えてテコ入れをしてきたとなると頭の痛い話だね」


「全くだ」


 フィオの言葉に俺は心底同意した。

 「ノア」からすればプレイヤーを飽きさせないための心遣いなのかもしれないが振り回される身にもなって欲しいものだ。


 とはいえ、そんなことを嘆いていても始まらない。


「これがテコ入れなら≪ニライ・カナイ≫の世界設定を踏襲するだけ……ということはないだろう。オリジナルに「ノア」がイベントを設定しているならそれに対応する必要があるな」


「とりあえず、イベント名の「未知を拓け」という単語から察するに調査をしていけばいいんでしょうかね?」


「恐らくはね。やれやれ、情報が少なすぎるな」


 俺たちは互いの意見を言い合ってイベント・クエストについて話し合った。

 フィオの正体――というよりも出生について知っているルキは公の場ではともかく、三人でいるときは砕けた口調で話している。


 というかフィオがそうさせたのだ。

 彼女はこれまで苦労してきた分、取り繕わなくていい相手を欲しているらしくルキはその貴重なその一人であったためそう頼み込み、ルキはあっさりとそれを受け入れた。


 冷静に考えると当人がいいといっているとはいえ皇子……しかも次期皇帝となる存在相手にどうなのかという態度だが、そこは所詮俺もルキも帝都から離れた辺境伯領育ちなのだろう、あまり頓着をしなかった。



 秘密を共有できる間柄というのも大きく影響しているのではあるだろうが。



 まあ、それはともかくとして。



「やはり、今の段階で予想は難しいか」


「降りたばかりですし、情報になりそうなのがイベント名だけじゃ考察のしようが」


「メタ的な話をすれば「ノア」はプレイヤーは当然『Hunters Story』の情報を知っていて「楽園」に参加していると仮定して動いているわけだよね」


「知名度が高いからこそ『Hunters Story』が選ばれたわけだからな。全く知らないでプレイヤーとして参加するほうのが想定していないだろう」


「なら、≪ニライ・カナイ≫のことについても知っている前提でイベントは組まれたはずだ」


「確かにそうですね」


「となるとやはりそれに沿った形で行動すれば何かが起こるんじゃなかな。他の街があった地帯、そこに赴くことでイベントが続くとか?」




「……結局のところ、当初の予定とは変わらないか。――≪ロッソ・グラン≫を拠点として≪ニライ・カナイ≫の調査を進めていく。とりあえずはそうだな……周辺の調査から」



                    ◆



「うおぉー! 見てくださいよ、アルマン様! このカエル見たこともない新種です! 少なくともロルツィング領には絶対いなかった個体ですよ! うわー、なんて生態なんだろう」


「あっ、それは――」


 嬉々としてルキはその小さな黄色のカエルを掴み上げながらこちらに向かってそう叫んだ。

 残念ながら大型モンスターとかならばともかく、流石にああいった小型の生物まで全て知っているわけではないので俺は曖昧な反応しか出来なかったのだが、隣にいるフィオは違った。



 彼女が何かに気付き、咄嗟に声を上げるよりも早く。



「はへ?」



 火花がはじけるような音がしたかと思うとルキが掴んでいた破裂したかと思うと、毒々しい黄色い煙がたちこめり彼女の姿を呑み込んでしまい――




「げふっ、げほっ……! あ、アルマン様……く、≪クダの実≫を……っ!」


「あれは≪バクマヒガエル≫だね。ああやって刺激を受けると爆発して体内で生成した麻痺毒ガスをばら撒く性質がある」


「恐ろしい性質だな。というか爆死するのか」


「いや、正確に言えば爆発したように毒ガスを一気にばら撒いて外敵が驚いている間に逃げるのが生態だね。ほら、あそこ……」


 そう言ってフィオが指さしたところにはどこか萎んで小さくなった≪バクマヒガエル≫の姿があった。


「なるほど、毒ガスをばら撒き自身は出し切ることで萎んで小さくなって逃れる、と。面白い生態をしているな」


「だよね、私も最初設定を知った時は面白く思ってね。因みに彼らの毒ガスの効力は大型モンスターにすら通用する。他にも猛毒ガスを出す≪バクドクガエル≫や眠り毒ガスを≪バクスイガエル≫とかも居たりする」


「上手く狩猟に利用することも可能というわけか、なるほど――」




「いや、いいから≪クダの実≫! 私の≪麻痺≫状態解除してくださいよ!」


「勝手に先走って状態異常になった馬鹿には良い薬だ。≪麻痺≫ならしばらくすれば治るんだし、ちょっと反省していろ」


「そんなー……あっ、慰めてくれるんだねドラゴ! やっぱりドラゴはいい子――あっ、ちょっ、やめっ?! か、顔がベトベトにぃ!?」




 ≪ロッソ・グラン≫の拠点の設営も大まかに終わったため、俺はルキとフィオ、そしてドラゴと共に簡単な周辺調査に乗り出した。

 これから一ヶ月はここら一帯をベースとして活動することになるのだ、それならば周辺の調査は出来るだけ早めに済ませておいた方がいい。


 そう考えての行動だ。

 それ自体には賛同は得られたが皇子であるフィオも行くことに関しては渋られたものだ、当然といえば当然の反応ではあるが――彼女に関しては全て俺が責任を持つ、と言い放つことで納得させた。



「英雄としてのネームバリューのお陰というやつか、助かったよ」


「他にもついてくるとなると俺としても色々面倒だからな」



 そして、俺たち三人と一匹は周辺の調査へと赴くことになったのだ。

 先導するフィオに連れられて一帯の探索を行い、色々と説明を聞きながら新種の≪採取アイテム≫などを回収しながらまわっていた。

 見たこともないものばかりで小型モンスターなども何体か見たことが、記憶に無いものばかりでルキほどでは何にしろ俺も楽しんでいた。



 その最中にこの騒ぎである。

 未知なものが多すぎてルキの精神のリミッターも興奮で緩んでいたのだろう。



「迂闊だな」


「うー、面目ありません……私としたことがこんなミスを……あっ、ようやく動けるようになりました!」


 ギャアギャアと叫んでいたルキはそう言うとあっさりと立ち上がった。

 身体全体が動かせなくなる麻痺毒、大型モンスターすら動きを止める麻痺毒、それらを食らってもあっさりと数分も経てば動けるのが狩人という存在なのだ。



「いやー、それにしてもここら辺は未知が一杯で楽しいですねぇ。いや、ここが≪ニライ・カナイ≫だからか」


「≪採取アイテム≫だけでも結構集まったな。≪薬草≫とか地上と同じものもあるがそれ以外に見たことのないものもたくさん」


「うー、詳しく調べたい。ですが、一から調べていったら制限がなくなりますからね。これらは≪グレイシア≫に送って部下たちに調査させておくとしましょう」


「そうだな、積荷降しも終わったしそろそろ≪天磐船アマノイワフネ≫も出航させないとな」


「そうだね。軽くなった分、色々と持って帰って欲しいところだけど」


「さっき見かけた小型モンスターでも何匹狩っておくか? 素材とかの研究にもあるだろうし」


「いいですね、それ」


「あとは――」



 そんなことを言っていると不意にドラゴが低い唸りの声を出し始めた。

 俺はその声の出し方の意味を知っている。



 それはつまり――警戒。



 が迫ってきている音。



 それを察した俺とフィオとルキは顔を見合わせると無言で武具を取り出し、そして構えた。




「やっぱり土産に大型モンスターの一体や二体、丸ごと持って帰って貰わないとな」



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